-MERCENARY- 傭兵部隊 2

中世/オルレアン郊外/ヴィンセント


夜が明けて間もないにも関わらず、ヴィンセントの天幕には数名の人間が集まり、仰々しい表情で円卓を囲んでいた。


「お頭!」顔を赤くしたホランが机を叩き、ヴィンセントを睨みつける。「あんな奴、はやく斬り捨てるか、奴隷として売っぱらっちまいましょう! 捕虜は昨日のメルケルス家の奴だけで十分な金になりますし、何よりあいつは得体が知れねえ!」


「ええいホラン、酒臭え息を吹きかけるな」ヴィンセントは手で払う仕草をしながら、もう片方の手で目を擦る。目の下に出来た隈が、昨晩から一睡もしていないことを示している。


「ホラン、そろそろ気を落ち着かせなさいよ」メルが口を出した。「フレアデリスが三機も手に入ったんだから、バクスターに頼めば一機位組み直してくれるわよ」


「分かってねえなあメル。あのドライグを乗りこなす為に俺がどれだけの調整をしたことか!」ホランのぎらついた瞳が、今度はメルへと向けられる。「やられたのは右腕と、胴体に続く関節部分なんだよ。一番調整をかけた箇所が奴の一撃でおじゃんになっちまったんだ!」ホランはそこで一区切りおくと、「フレアデリスは重過ぎて使い物にならねえ」と呟き、手にした木のジョッキを飲み干す。「整備の連中はお頭のヴォルールは直ぐに腕の修理に取り掛かったのに、俺のドライグには見向きもしねえんだ、くそっ」


「壊れたのは右手首から先だけだから、替えが腐るほどあるんだよ。あとはお前は切り込み役だから、それだけ損耗率が高くて整備の連中の心象が悪いんだろう。分かったら一度外に出て頭を冷やしてこい」


 冷静に本音を言いながらヴィンセントは、自分が殴って気絶させた搭乗者を思い出した。見たこともない生地の服を纏い、その肌は腐ったチーズの様な色に染まっていた。彼を天からの使いと言う兵もいれば、悪魔だと罵る兵もいた。


「ヴィンセント、そういえば例の魔道兵とは話したの?」オードリーに尋ねられたヴィンセントは即座に首を横に振った。


「まだだ。戦利品を売っ払う為に商人に伝令を出したり、捕虜にした連中の身元確認や村長との会議で時間を取られたり——何よりも今日はてめえらに支払う給料の清算日で、つまり昨日からそもそも油売る暇がねえ!」


隣で眠そうに目を擦るマクダネルが頷くと、「昨日は二連戦だった上、こちらの戦争機械に被害が出たので、被害額の計上に手間が掛かってしまってな。そういう訳でお頭と私は非常に疲れているのだ」と呟いた。


 確かに望みの戦争機械を手に入れ、動かす鍵を握ると考えられる魔道兵も捕虜にできた。だが、それ以上に傭兵団の運営と、ヴィンセントに率いられるおよそ百名の傭兵達に支払う給料には気を配らなければならない。


「だってさ、ホラン。あんたが仕留めたフレアデリスは給料の足しになるんだし、あんたのドライグも無償で直って戻ってくるのよ。フランスの部隊には、自分の戦争機械は自腹で修理させるところだってあるんだから」


メルの言葉に、ホランは何も返さなかった。既に机に伏して、浅い鼾をかいている。


「……まぁこの馬鹿は置いておいて」立ち上がったヴィンセントは、羽織っていたクロークをホランに被せた。「マクダネル、貴様の意見は?」


「戦争機械とその搭乗者を速やかに売り飛ばす。これが、うちの懐事情を考えた上で取るべき最善の行動でしょう。戦争機械は物好きの商人、搭乗者は奴隷とすれば、男色趣味の貴族が喜んで欲しがると思いますから——ただ、売る先はイングランド王国に限定した方が良い。搭乗者についての経歴を隠し、戦争機械は道中で拾ったことにして、早いうちに売れば、我々の利益にもなりますし、彼らとの関係も強化される」


マクダネルは商人の出だ。他の兵達と違って、真っ先に自分の意見を言おうとはしない——剣より先に筆記具を武器にした人間は、例に漏れず考えてから物事を言う。


「昨日も申し上げた通り、火球となって戦争機械が降ってくること自体、普通じゃあない。フランスの新型兵器の線は、フランス軍があの戦争機械と戦った痕跡を見る限り、可能性としては低いでしょう。我々が傭兵として食い繫いで行く為には、厄介事には手を出さず、ただ戦いと支払いを求めれば良いかと——」


マクダネルの言葉が止まり、その表情が硬直した。


 天幕にジャンが飛び込んできたのだ。


「ヴィンセント隊長、イングランドの戦争機械が四!」ジャンは早朝の偵察に出ていた筈だ。全速力で戻ってきたのだろう、息を切らし、衣服は汗に塗れている。


「ジャン、本当にイングランドの連中か?」


「ああ。契約部隊の紋章を付けているから、間違いない」


契約部隊——イングランド王国は傭兵への連絡手段として、彼らとの取り決めや伝令を専門に行う部隊を独自に有していた。


 恐らく昨日の戦いがイングランド側にも知れてしまい、位置を絞られたのだろう。その二日前に付近の砦で『夜明けの鹿』はイングランド王国からの支払いを受けたので、どっちみちある程度位置の目星は付けられていたのだが。


「ここに到着するまで二〇分と掛からないと思う。今までは馬での参上だったのに、豪快なこった」


ヴィンセントは暫く沈黙すると、どう対処すべきかを考えた。


 マクダネルの案が一番無難であることは明らかだ。だが一方、一目見た時からヴィンセントの中にはある種の独占欲が沸き起こり、あの戦争機械をお前の物にしろ、と絶えず囁き掛けていたのもまた事実だ。


「マクダネル」ヴィンセントは意を決したのか、髭面の副隊長に話し掛けた。「流石は俺の部下だ。貴様の案で行こう」


「ありがとうございます、お頭。つきましては早速引き渡しの手筈に取りかかります」


ヴィンセントは頷くと、「メル、その酔っぱらいを叩き起こして追い出した後、この場所の整理もしておいてくれ」と指図した。


「はいはい。やりゃいいんでしょ」メルは呟くと、ヴィンセントが掛けたクロークを既に取っ払い、床に転がり落ちてもなお鼾をかくホランを蹴飛ばした。


 その光景を尻目にヴィンセントは伸びをすると、床に落ちているクロークを拾い上げる。


「マクダネル、契約部隊が馬ではなく戦争機械である必要性は?」


「ありません」マクダネルはそう断言すると、「戦争機械は名誉、権威の象徴なのです。隠密性に富む馬を選ばず、敢えて戦争機械を使うとは——そういうことなのでしょう」と呟いた。


「あるいは、戦闘があると踏んでの行動か」ヴィンセントはそう付け加えると、マクダネルを従えて天幕を出た。


外に出てみると、既に兵達が忙しなく動き回り、イングランドの契約部隊を迎え入れる準備を行っていた。


「ヴィンセント。ドライグに乗ったままの方が良い?」既に戦争機械に搭乗し、重物の片付けを行っていたオードリーが足元を通ったヴィンセントに声を掛ける。


「そうしてくれ! 万が一にも契約部隊を騙った山賊だと洒落にならんからな!」


ヴィンセントはそう返すと、「マクダネル」と、背後を振り返った。「メルケルスと奴の手下は幾らで売るつもりだ?」


「イングランドからの依頼を見て、決めようかと。というのもこの周辺は事実上の最前線である為、都市や農村に流通する貨幣はペニー、トゥルネ、パリシスが混在しているんですよ。イングランド領に戻るのであればペニーのみで良いと思うんですが——恐らくさらに前線に下るとすると、ペニーの価値が弱まるので、その分割り増しで貰えるように交渉してみようかと」


「分かった。で、例の戦争機械は今日すぐに引き渡すかというと、多分そうはなんねえんじゃないかと思っている」


「そうですね。奴らからすると我々がこんなものを保有していることは想定外の筈ですから。契約部隊の権限で決められる話でもないでしょうし——」


マクダネルが口を噤んだ。彼の視線を追ったヴィンセントは、「何だ、あれは」と呟くと、「おい、貴様!」と付近の手近な兵に声を掛ける。


「何故狼煙が上がっている? 誰が許可した!」


数メートル先、テントの向こう側から一本の黒煙が空に向けて上がっていた。


 別働隊との連携等を想定し用意していた数発の狼煙のうち一つだ。しかし、ヴィンセント自身は使用を許可した覚えはない。


「私も許可した覚えは」マクダネルは肩をすくめると、「狼煙も安くねえんだ。すぐ消してくれないか」と兵に伝えた。


 兵は緊張した様子で一礼すると、狼煙の元へと走ってゆく。


「……恐らく契約部隊に位置を伝える為と思い、兵が自分の判断で行ったのでしょう」


「なら良いがな」どこか腑に落ちない表情で、ヴィンセントはそう呟いた。「で、契約部隊とやらは、あれか」


 炊き上がる狼煙の遥か向こう、此方へと一直線に向かってくる四機の戦争機械を睨みつけたヴィンセントの歩調が早くなる。


 それらの戦争機械は黒、白、赤の三色に塗装され、ヴォルールの物よりも倍以上の大きさの盾を装備していた。重厚な外部装甲は騎士の装備をそのまま巨大化させたかの様な印象を見るものに抱かせる。


 ドライグだ。ホラン、オードリーが乗る戦争機械は、イングランド王国主力の戦争機械でもあった。


 しかし、彼らの乗るドライグとイングランド王国のそれとは、外見や武器がほぼ別の機体とも言える程に違っていた。


 戦場で撃破された、或いは被害を負った戦争機械は地方の工廠で外部装甲と内部フレームを切り離され、壊れた箇所が外部装甲であれば予備の装甲と換装、内部フレームであれば本国へと送られ、代わりの内部フレームを充てがわれる。


 つまり、戦争機械は規格品として扱われ、その運用に関しても国家レベルの技術力、輸送能力を必要としていた。


 結果として、イングランド、フランス両国の戦争機械の大部分は、殆どが前述の様な規格品となっていた。


 だが、一部の我が儘か、或いは資金力の無い騎士や貴族、そして大国のインフラにあやかることの出来ないヴィンセントの様な傭兵は、自ら魔導技師を抱え、戦場で鹵獲した戦争機械やその装備を予備の部材として使用する。そのため、彼らの使う戦争機械は元となる機体こそあるもの、次第に原型からはかけ離れた外見、そして原型の機体には無い独自の能力を獲得するに至っていた。


「来やがったか」


中央の機体が旗を振りながら近付いてきた。旗には赤と白の二色で、イングランド王国の国旗が描かれている。


 旗を持ったドライグは野営地から一〇フィート辺りの所で止まると、バイザーを開く。その頃にはヴィンセントとマクダネルも馬に乗り、彼らのドライグの足元へと赴いていた。


 中から全身を銀色の鎧に包んだ短髪の男が出てきたのを見て、ヴィンセントは思わず「あんた、そんな格好で暑くねえのか?」と訊ねてしまった。


「口の聞き方に気をつけろ、傭兵」と男はぶっきらぼうに返した。「俺はボルドー・フォンシュテイン。称号は準男爵だ。卑しい傭兵風情など、この場で斬り捨ててしまっても構わんのだぞ」


準男爵——聞こえは良いが、実際は男爵のさらに下級となる、実質的には平民の位だ。


「傭兵を長くやっているせいで、戦い以外のことは良く分からなくてね」嘲笑を堪えながら、ヴィンセントは話し始めた。「ただ、あんたがその卑しい傭兵風情への伝令役という仕事にしか収まらない器だというのは、何となく分かるがな」


瞬く間にボルドーの顔が赤らみ始め、彼の右手が腰の剣へと伸びる。


「貴様、私に対してそれ以上の無礼は許さんぞ……!」


「逆だ、おっさん」馬の鬣を撫でながらそう言うと、ヴィンセントは肩をすくめた。「そもそもこの場所では、あんたの戦力は戦争機械四機。対してこっちは傭兵隊の全戦力が揃っている。イングランドへの忠誠という意味だと俺はあんたに頭を下げなきゃならんが、この場からあんたが無事に帰れるかという意味だと、逆に礼儀正しくしなきゃならんのはあんたじゃねえのか、ボルドー準男爵」


正確には、今動ける戦争機械はオードリーのドライグのみ——だが、どちらにせよ『夜明けの鹿』の内情を契約部隊が知る由もない。


「何だと……!」


いよいよボルドーの右手が——戦争機械の胸部から、どのようにして斬り掛かるのかは分からないが——腰の鞘から剣を引き抜こうとした、その時。


「ボルドー卿。そこまでにしましょう。時間があまり無い……」


低い声と共に、背後のドライグの頭部から長髪の男が顔を覗かせた。


 針金細工の様な細身の身体、幽霊のように生気の無い顔。同じように銀色の鎧を装着しているものの、何回か斬りつけたとしても平気で立っていそうなボルドーと比べて、突風が吹いただけで真二つに折れてしまいそうな華奢な出で立ちは、暗室に篭って怪しげな呪術を研究する呪術師の様な印象を抱かせる。


「……カーネル」


ボルドーは振り返り、男の名前を呼んだ。その時の苦虫を噛み潰した様な顔から、ヴィンセントは彼らの仲を何となく把握した。


「ヴィンセント殿、で間違いないですな」この場におけるイングランド側の主導者は、既にボルドーからカーネルへと交代していた。「静養中に押し掛けて申し訳ない。だが、火急の依頼があり、その為に議論の場を設ける必要がある……」カーネルはそう言うと、「そちらの野営地に、お邪魔してもよろしいですかな」と告げた。


「お頭。面倒なことになりましたな」隣でマクダネルが囁く。


 正規軍の野営地に合流後、遊撃部隊としてオルレアン近辺を巡回——監視役さえ付かなければ、『夜明けの鹿』は領地の端で息を潜め、フランス軍を可能な限り避ける方向でイングランドから金を分捕る算段だった。


「ちっ」ヴィンセントは舌打ちをすると、「了解した。戦争機械から降りて、ついてこい」と返した。

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