-AFRAID- 不穏分子 1

現代/渋谷・アンビエント艦内/キリー


「日本の政府機能、及び情報中枢システムをほぼ掌握しました。現在第四小隊が専用攻性型アプライアンス『ファロン』を占拠したデータセンターに移行・構築中。また第五小隊が先行して米国の主要サーバに陽動侵入を試みています。第六小隊はアメリカ以外の各国への、第七小隊は日本地方拠点へのサイバー攻撃を準備中。いずれもファロンの展開後行動予定」


電子偵察巡洋艦『アンビエント』の格納庫で部下であるレインからの報告を聞いたキリーは頷くと、帰還したブラックハウンドのうち、脚部を損傷した一機に目を向けた。


「セラフ……」

キリーが呟いた言葉を拾った人型作業用ドローンがこちらにメインカメラを向けたが、すぐにそれが自分達に対して意味を成さない単語だと悟ったようだ。そのまま整備機材を背負い直すと、足早に格納庫の奥へと消えていった。


 セラフを発見出来たのは全くの偶然だったが、それの撃破あるいは捕獲はファントムフェイスの任務には含まれていない。逆に正規部隊の助太刀をしたばかりにブラックハウンドが一機中破するという余計な事態を引き起こしてしまい、アドバイザーから厳重な注意を受けている。


「キリー、セラフを逃したのはあなたの責任ではありません」レインも彼の心情を察したつもりなのだろうか、そう呟いた。


「むしろセラフが消えるまで、正規軍の被害を最小限に抑えることに貢献できた。アドバイザーへの報告はそうしようと思っております」


「迷惑掛けてすまない、レイン」


「いえ……お気にならさらず」レインは一瞬言葉を詰まらせ、表情を強張らせるが、それは一瞬のことだった。


「レイン、私の権限で統合司令部からセラフの全情報を引き出せ。旗艦に設置してあるキャッシュに情報が幾らか残っている筈だ。セラフとの戦闘データを収集した功績を加味すれば、申請は半日程度で通るだろう」


「了解。消失の原因を探るのですか?」


「そうだ。大方予測はついているが……あれは次元跳躍だ」


 次元間の移動は基本的に超大型の位相デバイスによって対象の四次元座標を変化させるーーつまり外部要因によって行われるものであり、ATSが機体単位で行えうるものではない。少なくとも今まではその認識を抱いていた。


「単機で次元跳躍を行える機体……」レインはそう呟くと、「そんなものを我々はとっくの昔に開発していたということですか」と続けた。


「今のところ、物理的にその場から消え失せる技術と聞けば、私はそれしか思い当たらない。電子迷彩の線も考えたが、ブラックハウンドに囲まれる中、あれ程大袈裟に消えることが出来る筈がない」


「そうですね」相槌を打ったレインは「……非公開の記録では、セラフは中に搭載されたAIが謀反し、どこかに姿をくらましたとの記述がありますが、これについても?」と話題を変えた。


「AIが自分の意思で行動する、か」キリーはそう呟くと、口元を歪ませる。


「考えたくもないな。私が話した相手はAIだと名乗ったが、受け答えを聞く限りでは人間にしか思えなかった」


「……セラフの存在がPWCS内に開示されたのはつい先程であり、我々ファントムフェイスがアクセスできる情報も限られています。参りましたね」


「こちらからすれば、探す対象を伝えられないまま探し物を強制されるようなものだな」キリーはそう言うと暫く口を閉じ、物思いに耽る。


 セラフを逃したことが、今後の趨勢にどう繋がるだろうか? 会話したAIについても調べる必要があるが、問題はその背後に控える人間、あるいは組織の存在だ。


「……レイン、『奴ら』の居場所についてはまだ未確定か」


「はい。現在第三小隊が現地で米軍と交戦中、殲滅後調査に入るようです。また日本の官公庁・主要企業のデータベースからは同組織に関する情報は全く出てきませんでした」


「この時代でも全く尻尾を見せないか。大したものだ」


 セラフのパイロットが既に『奴ら』と関係を築いており、意向に従い動いていたとしたらーーPWCSの使命はさらに複雑かつ困難なものとなるだろう。


 キリーは「さて」と呟くと、ようやく視線を鋼鉄の機械から生身の女性兵へと移す。


「整備が終了次第再出撃する。ドローンの作業効率をもう少しだけ上げてくれ」


「了解ですーーまた行かれるのですか」


「ああ。気になる報告が上がっている」


「……気になる報告ですか」


「正規軍側の戦術リンクに上がっている仕様上、君の目には止まっていないだろうがーー地上に降下した部隊に死傷者が出ている」


「死傷者が出ている」レインがキリーの末文を無感情に復唱する。「当然でしょう。旧時代とはいえ、マクロ視点での我々との

戦力交換比がゼロになることはありません。損害は出ます」


「だが、今回正規軍におけるこの地区に放たれた地上降下部隊は四名の特殊部隊員のみだ。一般市民の威圧はATSで事足りると考え、戦闘ドローンすら送り込んでいない」


「……つまり、その四名の中に死傷者が出ているということですか」


キリーは頷くと、「正確には、四名全員が死んだ」と付け加えた。「そのうち三名はセラフ確保の為に地下施設への突入を行い、そこで死亡しているーー正規軍内にもセラフの存在を知っている部隊があり、その確保を行おうとしていたことにも驚きだが」


「……話の筋が見えませんが」


「レイン、現在彼らの行動ログの閲覧を申請中だがーー今言った三名はセラフにやられたとみてまず間違いない。三名とも地下の同一地点で死亡判定が出ている」キリーはそこで一旦言葉を切ると、薄笑いを浮かべた。「問題は残りの一名だ」


「その一名の任務及び死亡理由は?」


「彼の任務はセラフの隠蔽地点周囲の偵察。事前調査から同地点には教育機関が建設されており、民間人が多数居るとの判断からアドバイザーは融通の利かないドローンの派遣ではなく、人間一名による対処を命じている。偵察内容の詳細までは不明。死亡理由も不明」


キリーは淡々と述べると、「問題はそこではない」と付け加えた。


「……彼が死亡したのは、セラフが起動し、他三名が死亡したのと同時期、さらに言えばようやく自衛隊が到着し、正規軍と戦闘を開始し始めた頃だ」


「つまり、その一名は、この時代の民間人によって殺されたと?」


「……民間人なら良いが。重装備の侵略者を民間人が殺害する場面がそう作られることはないと踏んでいる」


「……何をおっしゃっているのか、ようやく分かりました」レインはそう言うと、「第四小隊に伝えておきます」と言い残し、その場を立ち去ろうとした。


「……キリー。MOAMとは、一体?」振り返ったレインから質問が発せられた。顔を下ろし、思索に耽ろうとしていたキリーは再び彼女に目を向ける。


「それも、アドバイザーからのたちの悪い探し物の依頼と思ってもらって構わない」ポケットから情報端末を取り出しながら、キリーはそう答えた。「MOAMに関しては、我々ファントムフェイスですら、名前以外何一つ情報を与えられていないのだから」


レインの去ってゆく足音を聞きながら、キリーは情報端末に表示された、PWCSに与えられた主目標を確認する。


「MOAMの破壊」これ以上ないほど簡潔な主目標を、キリーは声に出して読んだ。


だが、MOAMという略語の正式名称は何か、そもそもこれが何を指し、どうやって破壊するのか——それらの情報を知り得ている人間は、PWCSの内部には現時点では一人もいないかった。


 彼らを指揮・統制するアドバイザーと、そのさらに上に位置する意思のみが、その全容を知り得ていた。

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