-INTERVENTION- 介入行動 3
中世/オルレアン郊外/継士
「射撃する必要はないわ、そのまま下がって。ポイント・アルファ経由で暫定退避地点ベータまで移動。敵ATSの簡単なシミュレーション・モデルを作成中――完了次第ルートを変更する」
「ああ」
自分達を襲ったATSの集団が、別の一団に襲われ壊滅した――突然の展開にほむらとの会話は中断された。
「あの集団も、結局はセラフのことをーー」
「色眼鏡で見られているのよ、あたしたち」ほむらが継士の言葉を代弁する。「逃げることだけを考えてーー分かったでしょ? まだこの時代の概要すら知らないのに、一時の感情で動くと穴に嵌るってことが」
操縦桿を握る手の力が強くなった。しかし言葉には何も出さないまま、平静を保とうと意識する。
「……システム復旧率は七六パーセント。一応裏で破損箇所の復旧を行っていたの。次元跳躍の際にスナップショットを自動で撮る設定になっていたのが幸いしたわ」
勿論、継士には言葉の意味は殆ど分からなかった。正面に位置する鶏冠頭のATSが盾を突き出しながら回り込むように移動を開始したことで、ほむらの言葉を理解する暇も無くなった。
意外なことに、敵の方が、足が速いーーレーダーに映る敵の座標が、少しずつセラフとの距離を縮めている。
「相変わらず操縦、武器、どちらも任せられないか?」
「ごめん、駄目。どうも内燃機関が次元跳躍のせいで一部故障していて、壊れた箇所がたまたまあたしとセラフの連携部分だったみたい。さすがに内部構造までをドローンで直すのは難しいからそれなりの技術者に当たる必要があるわ。もっともこの時代に居るかは知らないけれど」
ほむらが喋る間に、敵のATSは移動を開始していた。二機がセラフの足跡を辿り直進してくる。そのうちの一機は弩を構え、頭部にナイフの様に鋭い角を生やしていた。もう一機は片手に棍棒の様な打撃武器を構えており、それの先端には無数の棘が生えている。
「武器まで中世仕様か」継士は呟きつつ、セラフに持たせた弩の状態を、展開されたホログラム・ディスプレイから確認する。
使用方法については想像通り、引いて撃つだけで問題なさそうだ。装填された矢が狙い通りに放たれるかどうかは一発撃ってみて、それを元にセラフ側で微調整を行う形となるが、持ち出したのは弩のみーーつまり、替えの矢は持ち合わせていない。
「ほむら、セラフは弩から発射される矢の直撃に、どのくらい耐える?」
「数発当たれば外部装甲を凹ませるぐらいの威力を、この矢は持っているわ」ほむらは即答した。「質量兵器だからシステムが容易に敵弾として検知はするものの、大質量過ぎて防ぎ切れない可能性が高い。おまけに検知はするけれども、システムと連携して防ぐのは……あたしの役目だったみたいね」
PWCSとの戦闘時におけるほむらの働きを継士は思い出した。彼女の反応速度が音速で迫る敵弾を食い止め、または回避していたが、あれはAIであるほむらだからこその為せる技だ。
「ホログラム・シールドによる防御システムは停止してしまっているから、基本は避ける方針でお願い」
ほむらが言い終わると同時に、鈍器を持ったATSが片手に握りしめた弩を此方に向けた。どうやら速度では、向こうのATSに若干だが、分があるようだーー刹那、コクピットに敵弾を示すアラートが響く。
「止まって!」
ほむらの指示通り、セラフに急停止を命じる――ホログラム・ディスプレイ上に表示された敵弾の軌道は自機ぎりぎりを逸れた。サブカメラには背後の大木の胴が巨大な矢に強引に貫徹され、真二つに折れる様子が映し出される。
弩の威力に目を見張る中、次弾が斜め左ーー角を生やした機体から放たれた。
「避けきれない――」
咄嗟の判断で継士はセラフの左腕を宙に翳した。間もなく飛来した矢は、セラフの左腕に薙ぎ払われる形となり、直角に軌道を反らすと、遥か向こうの岩地に突き刺さる。
コクピットに凄まじい衝撃が伝わり、継士の意識が一瞬途切れてしまった。顔を歪めながらも操縦桿を握りしめ、体制を崩したセラフを持ちこたえさせようとする。
「ほむら、ダメージは?」
「表面の塗装が剥がれただけ。内部アーマーへの損傷はゼロ。全く気にしなくていいわ」
ほむらがホログラム・ディスプレイを操作しながら答えた。彼女の言う通り、セラフの装甲は相当頑丈に作られているようだ。
右からもう一機が躍り出ると、一直線に向かってくる。後退しようとしたセラフだったが、既に左手に周り、弧を描く形で背後に回っていた敵の鶏冠頭により進路を阻まれてしまう。
「まずい、あの二機――上手くタイミングを合わせている」
「タイミング?」
「セラフに接触するタイミングよ!」
ほむらの言葉通り、間もなく前方から迫る一機が打撃武器を構え直すと、セラフに躍りかかった。
サブカメラには、速度を落としながら接近する後方の鶏冠頭が映る――モーニングスターによる打撃を回避した所で、この鶏冠頭が握る大剣が確実にセラフに突き刺さるだろう。慣性に加え、ATS自体の出力も加味された大剣での一閃は、脳震盪で敗退するボクサーの様に、セラフ自体へのダメージは少なくとも、中のパイロットには致命的な打撃を与えかねない。
だが、継士には見えていた――敵の一挙一動が、まるで録画した映像をコマ送りで観るかのように。
というよりも、敵の挙動は些か緩慢だった。遠距離の時に感じていた脅威は接近し、肉弾戦になった途端に瓦解し、それが継士に冷静さを取り戻すきっかけを作った。
振り下ろされたモーニングスターが装甲に接触するかしないかの所で、セラフの左腕から伸びた格闘機構――トンファーが敵の右腕部、つまりモーニングスターを握る腕の肘に突き当たった。
岩が砕ける音と共に、敵ATSの右腕部が粉々に瓦解する――一瞬だけメインカメラがその光景を映し出すも、すぐに映像は切り替わった。セラフの頭部は背後へと向き直り、右腕に握られた弩が迫る角持ちのATSの胴体を捉えた。弩の先端と相手の装甲とが衝突し、歪な金属音を放つ。
「撃って!」
ほむらが吠え、迷わず継士はトリガーを引いた。しかし、装填された矢が放たれることはなかった――敵ATSの右手に握られた剣が弩の弦に食い込み、矢の射出を妨げていた。
一瞬の焦燥が、相手に付け入る隙を与えてしまった。弩を手放さなかった結果、敵はセラフの懐に入り込むと、剣を放した右手を胸部に向けた。
「あ――」
右手が強烈な一撃と化して、セラフのコクピットに襲いかかった。五指は滅茶苦茶な方向に曲がりながらも幾度となく胸部の装甲を突き、その度に継士は意識が途切れそうになった。
「パワーではセラフの方が圧倒的に上! 何でもいいから反撃して!」
ほむらの言葉を受け、継士は両手の握力を強めた――セラフの左手が連動して動くと、馬乗りになって連打を続ける敵ATSの右腕を掴み、まるで獲物を咀嚼する肉食獣のようにそれを捻り潰した。
やった――継士はセラフに後退を命じた。距離を取ろうとするセラフに対し、敵ATSは大地に刺さった剣を片手で重々しく引き抜くと、再び全速力でセラフへと迫る。
「近付いて仕留める」
継士は短く言うと、セラフに内蔵トンファーを展開させた。
「そう! あいつら見かけはごついけど、力も装甲もセラフの比じゃないわ! こいつさえ倒せば、他はーー」
ほむらの映像に突如としてノイズが入ると、ぶつんと音を立てて消えた。
「ほむら?」
冗談かと思って彼女の名を呼ぶ。応答はない。
「おい、ほむら! 一体何があった!」
ホログラム・レストリクターを部分解除し、ほむらの移動端末に触れ、叩いてみる。それでも何の反応もない。
「くそっ、こんな時に――!」
継士は落ち着こうと深呼吸をした。ほむらは消えてしまったが、セラフの操作が出来なくなった訳ではない。
眼前に迫るATSを倒しさえすれば、当面の脅威はなくなる筈だーーまもなく操縦桿とペダルが継士の意志を反映し、セラフを敵の懐へと飛び込ませる。
しかし、継士の目は偶然にも一枚のホログラム・ディスプレイを捉えてしまった。
「基幹バッテリー不足……十秒後にシャットダウン……」
書かれた文字を継士は言葉に出して読み、そして絶望を噛み締める。
表記が何を意味するのかは分かりきっていた。十秒後、コクピットから一切の光が消え、セラフは完全にその動作を停止した。
間もなく胸部のコクピットドアが勝手に開くと、継士を外の世界へと押し出した。起き上がろうとした継士の視界が飛び、自分が頭部を殴打されたことに気付く。
薄れゆく意識の中、相手の姿を捉えるーー夕日を浴びる草原を背景に、こちらを睨みつける金髪の青年。
「くそっ……」
身体が言うことを聞かなくなり、やがて地面に膝をつきーーそこで継士の意識は完全に途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます