-INTERVENTION- 介入行動 2

中世/オルレアン郊外/ヴィンセント


 ヴォルールの放った矢は街の外れで円陣を組むフレアデリスのうち一機に命中し、その頭部を大きく凹ませた。恐らく中の魔導兵はバイザーの内壁に圧迫され、骸となった筈だ――残るはあと三機。


「命中! 敵フレアデリス、一機沈黙!」


少し遅れてメルの報告が入る。


「メル、後続に攻撃開始の合図!」


ヴィンセントはそう指図すると、望遠鏡を手放し、バイザーを閉じた。操縦室に闇が訪れ、スリットから差す僅かな光がヴィンセントの瞳を照らす。


 間も無く木々の合間からヴォルールが躍り出た。その後方から二機のドライグと、ドーンスターの歩兵、騎兵戦力が追従する。


「しかし、あの火球の墜落した方向に来てみたらフランスの別働隊を見つけるなんて、思いもしなかったな」


「だから言ったじゃない。火球は不吉の前兆なんだってば」手旗を振り、後続へと合図しながらメルが答える。


「不吉? まるで俺達が負けるみたいな言い方じゃねえか」ヴィンセントは鼻で笑った。「見ていろ、メル」


 矢の再装填を終えたヴォルールが、再び弩を掲げた。メルが座席に座ったのを確認してから、ヴィンセントは操縦桿を操作――間もなく第二射が空を切り、ようやく立ち上がり弩の装填を始めたフレアデリスのうち、最前列に居た一機の胸部に突き刺さる。


 ヴォルールの脇から一機のドライグが躍り出ると、同機を抜かし、前面へと駆けてゆく――ホランだ。接近戦を好むホランはドライグの背部装甲を極限まで削り、弩を小型の物に変更することで、同機の機動力を底上げしている。


 二機のフレアデリスが弩を構えた。だが、そのうち一機はホランのドライグが放った矢が右肩部に命中したことで――致命傷にはならなかったものの――矢を明後日の方向へと放ってしまう。


 もう一機は矢を放ち、それはホランのドライグに真っ直ぐ向かったものの、同機が膝をつく形で停止して掲げられた盾によって弾かれ、空しく地面に落ちた。


 ホランのドライグは既に立ち上がり、手にした弩を捨て、モーニングスターを構えていた。そして全速で体勢を崩したままのフレアデリスに駆け込み、胸部に渾身の一撃を叩き込むと同機を転倒させた。


 その頃にはヴォルールも村の外れまで到着し、数秒で敵フレアデリスの所まで到達出来る距離まで達していた。しかし、後方のドライグ――オードリーの機体から放たれた一筋の矢が最後に残ったフレアデリスの装甲を貫いたことで、ヴォルールの仕事はなくなった。


「敵戦争機械、全て沈黙!」メルが叫ぶと、後方に合図を飛ばす。「残りの歩兵はどうすんの?」


「普段通り、歩兵の掃討はマクダネルに任せる」


ヴォルールの側を、歩兵と騎兵が追い抜いていった。沈黙するフレアデリスの周囲に蠢く人影が、まだ抵抗勢力がいることを示している。


「で、俺達は――」


ヴィンセントはそこでようやく、自分達が倒した四機のフレアデリスの中央で頭を垂れたまま沈黙する、目当ての品――異形の戦争機械に気付いた。


「お頭! こいつが例の、戦争機械ですかね?」


ホランがドライグのバイザーを開くと、疑問を口にした。


「答えの分かる質問をすんなーーそうだ」


 バイザーを開いたヴィンセントはホランのドライグの横に並ぶと、その戦争機械を望遠鏡で覗き見た。


 白銀の装甲は夕日を受けて艶光りしている。現存する戦争機械――イングランド、フランス、どちらの国の意匠も見受けられない。


 改めて見ると、恐ろしい程華奢だ。そして角張った外見により、初見では宗教的な意味合いを含む像かと勘違いしてしまいそうだ。


 いや、そもそも本当にこれは戦争機械だろうか? 空から降ってきたのは見たが、そもそも空から火球として降ってきたのはただの像で、ヴィンセントを始めとして、皆が戦争機械と錯覚しているのではないだろうか?


 同機の最大の外見的特徴――下半身から突き出した四本の脚部を改めて確認し、ヴィンセントはその疑いをますます強めてしまった。


 蜘蛛の様だ、と改めてヴィンセントは思った。四方に飛び出した脚部は人間と同じ、膝と思われる関節部分はあるものの、それらが蜘蛛の脚の様な形で四方へと伸び、屈折し、鳥類のそれを思わせる足部を地面へと接地させている。


 胴体部分も剣の一振りで簡単に折れるのではないかと思うほど華奢だ。しかしその針金細工のような胴体が、奇跡的に上部に紐付く盛り上がった両肩と両腕、そして頭部を支えている。


 美しい――これまで目にしたどんな宝石よりも、どんな武具よりも、どんな戦争機械よりも――その像は淡い光沢を放ち、村と森とを隔てる空間に佇んでいる。まるで神聖な場所を静かに守る、聖なる天使のように。


ーーこれほどまでに美しい戦争機械がこの世に存在するだろうか?


 名前の通り、戦争機械が主に用いられるのは宮廷行事でもなく、農作業でもない。戦争だ。戦争で敵兵の命を消し飛ばす為にこの武具は用いられる。


 敵を殺す武具に凝った意匠は不必要だ。もっとも貴族や騎士は権力を誇示する為に戦争機械に装飾を加える傾向にはあるが、それらは実戦では何の意味もないか、あるいは命取りとなる直接の原因となるかのどちらかだ。


「所属を示す明確な紋章は描かれていないようです、お頭」ホランのドライグは近寄ると、そうヴィンセントに伝えた。「そもそもこれ、本当に戦争機械ですかい? 俺はこんな形のを見たことがねえもんで」


 ヴィンセントの中ではほぼ結論付いていたーーこんなに美しく、かつ実戦的とは思えない形状のものが、戦争機械である筈はない、と。


「あれを見て」


脇から身を乗り出したメルが一点を指差す。その方角には、自分達が倒した四機とは別の、一機のフレアデリスが倒れていた。


「――俺達が倒した奴じゃねえな」


腹部に剣を突き刺されており、もう動くことはないだろう。頭部のバイザーが開かれているので、搭乗していた魔導兵は脱出したようだ。


「まさか、こいつが?」


視線が再び眼前の異形へと向けられた。


 よく見ると、肩部に幾つかの真新しい傷が見受けられる。


 単なる経年劣化や摩耗では、これほどの傷は付かないーー戦闘でついた傷であることは間違いない。


「この機体は寸前までフレアデリスと戦っていたというのか?」


「そうだと思う。傷や倒れ方を見る限りね」ヴィンセントの問いに、メルが答えた。


「私が知る限り、既存の戦争機械とは明らかに一線を画しているわーー特に、この脚部。多分蜘蛛みたいに四本の脚を動かして、這う様に移動するんだろうけど。脚が増えるってことは、それだけ複雑な動きが要求されるということ――内部構造に合わせて魔導技師が装甲と武器を作成するのでさえ骨が折れるというのに、こんな手の折れる物を作るなんて」


戦場に戦争機械が現れ始めたのはそう昔の話ではない――ここ一、二年の話だ。尤も、ヴィンセントが目撃するよりも数ヶ月前から、既にイングランド側が鋼鉄の巨人を戦場に持ち込み、フランスが占領していた砦や城の奪取に一役買っているという噂こそ聞いてはいたが。


 戦争機械は外部装甲こそ各勢力の意匠をふんだんに盛り込み、プレートアーマーのような鋼鉄の鎧を纏う。だが、戦争機械が実際どういった仕組みで動いているかについては、全くと言って良いほど情報が出ていなかった――破壊された戦争機械の残骸に目を通しても、内部の構造についてはどの部品がどのような働きをするかについては各国の魔導技師でさえほぼ理解できていない。


 結果として現在ヨーロッパ地方における全ての戦争機械は、イングランド、フランス、両国の生産拠点で生産された物であり、それ以外の場所で新たにこれらの巨人が産声を上げることは有り得ないそうだ。


 魔導技師の仕事は、内部フレームのみの状態で生産拠点から送られてきた手足のない、骸骨のように貧相な状態の胴体部分に外部装甲を圧着し、武装を加えることだ。噂によれば製造工程を専門に扱う騎士団をどちらの国も保有しているらしいが――内部フレームの開発、そしてそのさらに内部の駆動部分に関しては、どこの生産拠点で一体誰が、どのような作業を行い製作しているのかさえ分からない。


「……で、どうすんの、これ」


 メルの問いに対し、ヴィンセントは無言で背後を振り返ると、目線で答えを告げた。


目線の先にあるオードリーのドライグは、巨大な滑車を引き摺っていた――滑車の上には先程の戦闘で回収したフレアデリスの残骸が収まっている。


 ドーンスターの資金源は傭兵稼業としての報酬と、戦利品を売り払うことによる収入、この二点にあった。そして戦利品の中には、当然として戦争機械というジャンルが存在する。


 戦争機械を倒せるのは戦争機械のみ――一機を戦力に加え、運用するだけでも多大な費用が掛かってしまうものの、その一機で戦争機械を何機も仕留め、市場で売り払う。


 売る先に不自由することはなかった。国からの支援に乏しく、自費で戦争機械を賄おうとする地方貴族、観賞用に購入する豪商、そして自分達と同じように、戦力の足しにしようとする傭兵団――かく言うヴィンセントも元々は他の傭兵団から戦争機械を購入したのが始まりだ。


「どうすんのって――鹵獲するしかねえだろ。戦力になるかもしれねえし、そうでなかったとしても珍品だ。欲しがる貴族は五万といるさ」


言った後で、ヴィンセントは自身の言葉に若干の嘘が含まれていることに気付く。


 仮にこの異形が先程までのヴィンセントの予想通り単なる像だったとしてもーー売ることは全く考えていなかった。この芸術品を隊の資産として加え、戦争機械であれば、あわよくば戦力としても使う――操縦する魔導兵は? そもそも動くのだろうか? それらの問いが浮かんでは消え、また浮かんでは消えたが、それらさえどうでもいいことのようにすら思えてしまった。


「お頭、積み荷はもう一杯ですぜ。そもそも荷物運搬用の戦争機械がオードリーのドライグしかないっていう話です」


会話を聞いていたホランがバイザーを開き、ヴィンセントに言った。しかし、彼の耳にはその言葉は殆ど聞こえていないか、あるいは届いてすらいなかった。同じ言葉を何度もホランが繰り返し、ようやくヴィンセントは我に返る。


「……うちの魔導技師に調整させれば良いだろう」


ヴィンセントの声にいらつきが見え始める。それは話し相手であるホランにも伝播してしまったようだ。


「荷台を引くとなると、負荷のかかる箇所の調整が必要なのはご存知でしょう。お頭のヴォルールは弩を出来るだけ遠くから標的に命中させるように、俺のドライグは白兵戦に耐えうるように連中に調整して貰った結果、戦場で一人前に活躍出来るのです」


 ヴォルールの改装を命じた時のことを、ヴィンセントは思い出した。隊の魔導技師はヴォルールの脚部、右腕部、そして頭部――様々な箇所に追加装甲を取り付け、彼らしか触ることの出来ない珍妙な機械――操作端末、と彼らは呼んでいた――から戦争機械の設定を弄くっていた。


 剣を握る、弩を撃つ、荷台を引く――それぞれの動作内容は違い、各部位に与える負担にもばらつきがある。よって、それぞれの分野に特化した調整が必要なのだろう。


 だが、とヴィンセントは考える。直前の戦闘における損害は微々たる物だった。マクダネルは荷馬車や柵を上手く使うことで本隊との戦闘時間を極力短く、そして損害を減らすことに成功している。戦闘であるからこそには死傷者が出ることは避けられないが、その数は思っていたよりもずっと低い。


「マクダネル! 歩兵の掃討は?」ヴィンセントは彼の名を呼んだ。


「大体終わりました!」付近の民家の影から、馬に乗ったマクダネルが現れる。「こいつらはフランス軍に雇われていた傭兵部隊ですな。先程の部隊と連携し、我々を挟み撃ちにする算段だったのかも知れません。戦争機械はフランス軍からの支給品のようですが、どうもフレアデリスの型落ち品である可能性が高い、と。乗り手のいない旧式を有効利用させたかったのでしょう」


「ふむ」ヴィンセントは呟くと、爪を噛んだ。先程の戦闘をもう少し後方で行うか、あるいは回避する――その選択をした場合は文字通り挟み撃ちになっていた可能性がある。


「フレアデリスの足の遅さと、この村の存在に救われましたな!」マクダネルも同様のことを思っていたのだろう、そう叫んだ。「して、これからどうします?」


「この近くの街まではどの位かかる?」


「ここじゃなくて、ですかい?」マクダネルが答えた。「村の人間に聞いてみます。恐らく近いのはブールジュになると思いますが」


「それで良い――あと、戦争機械を乗せる荷台を新しく作りたい。俺達がこの村を助けてやったんだ、村長に掛け合って協力を仰いでくれ」


「戦争機械? もしかして、その色物も持っていくんですかい?」


「当たり前だろう。何か不満でもあるのか?」


マクダネルは当惑の表情を浮かべた。疑問を口にしただけなのに、何故かヴィンセントの声色が不機嫌だったからだろう、少しの間の後、彼は「不満はありません」と返す。


「ただ、お頭――我々はしがない一傭兵団です。今は何とかイングランドの金で食い繫いではおりますが、それはイングランドから金を貰っているのと、フランスの攻撃対象がイングランドという国単位に向けられているからに過ぎません」


「何が言いたい、マクダネル。俺の采配に文句でもあんのか」


ヴィンセントの声色が冷めた物へと変わる。


「その……我々ドーンスターが攻撃対象となったことは一度も――いや、一度しかないのです」


そして、その一度をつい先程経験した――メルケルス家の名誉回復という茶番に付き合わされる形となって。


「これはあくまで私の勘なので、参考意見として耳に留めるだけでも構いませんが」そう言うと、マクダネルは一息置いた。


「その戦争機械は、何か不吉な物を感じさせるのです――ドーンスターの未来を、そいつが運命付けてしまうような、そんな何かを」


自身がその戦争機械を美しい、持ち帰ろうと思ったのと同じように、マクダネルはそれとは別の、むしろ全く逆の感情を胸に抱いていた。


「ふむ……」


確かに、とヴィンセントの中の理知的な一面が言葉を紡ぎ始める。この戦争機械が現れ、そして今ここでフランス王国軍に鹵獲されかけていたという背景――事態が、一傭兵団が首を突っ込むべきではない何かに発展する懸念も考えられた。


 各国の政治的な問題に首を突っ込み過ぎて粛正された傭兵団をヴィンセントは幾つも知っている。ヴィンセントだけではない、ドーンスターの誰もが傭兵団の暗部を知り、了承した上でこの稼業を続けているからこそ、必要以上に慎重になる傾向があった。


「マクダネル、お前の意見が正しいかどうかは別にして」


ヴィンセントは決断を下した。無根拠な苛立ちを取り除き、冷静な自分を取り戻す。


「まずは村の奴らに聞き込みを行え。この戦争機械が村でフランス王国軍と戦闘を始めた件について、聞けることを全て聞いてくれ。どんな小さいことも聞き逃さず、だ――その上で、この戦争機械に関する一通りの情報が揃い、再度話し合った上で、どうするかを決めよう」


「分かりました」マクダネルの顔から緊張が消えた。「村長含め、村の人間は既に保護しております。まずは私の方から交渉して――」


マクダネルの言葉が途中で止まり、今度は彼の顔が驚愕へと変わった。


「ヴィンセント! 前!」


忙しく表情を変える奴だ――そう思ったヴィンセントだったが、すぐ隣に座っていたメルまでもが声を上げ、素早く立ち上がると、後部座席へと飛び退いた。


 事情を察したヴィンセントは開いたままのバイザーを閉めると、左手の盾を正面へと構えさせ、ヴォルールを数歩後退させる――危険を察知した自身の手足が素早く動作し、ヴォルールに防御、回避運動を取らせた。


 四脚の戦争機械の頭部が此方を向いていた。目と思しき箇所が不気味に発光し、手には地面に落ちていたフレアデリスの弩が握られ、手動で装填の動作を行っている。


「お頭、気をつけて!」同じ様に危険を察知し民家の影に隠れたドライグから、拡声器に乗ったホランの声が響く。「こいつ、装填速度が異様に速い――!」


戦争機械の所持する弩は人間が所持するそれと同じく、弦の張力を利用して矢を打ち出す方式だ。勿論弦の太さ、強度は比べるまでもなく、それは戦争機械の腕力を持ってしても時間が掛かり、最悪腕部が千切れてしまう程の負荷も掛かってしまう。


 ホランの言葉が終わるや否や、四脚が此方に弩を向けた。


 器用に四本の足を動かし、一瞬で旋回。そして、手動による装填から完了までーーおよそ二秒。


「……はやいな」


ヴィンセントは呟いた。

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