-INTERVENTION- 介入行動 1

中世/オルレアン郊外/継士


セラフの右腕から伸びた内蔵型トンファーが、村を襲っていたATSの胸元に捩じ込まれた。胸部を中心として、外装を粉々に撒き散らしながら仰向けに倒れる敵機を確認した継士けいじは、腕から離れ、地面に転がった大剣をセラフに拾わせる。


 右手を使って持ち上げさせた瞬間、予想以上の大剣の重さがセラフを一瞬驚かせたのだろうかーー機体が上下に揺れ、衝撃が操縦桿を通して継士の体に襲いかかった。


 間もなく一枚のホログラム・ディスプレイに瞬時に『副兵装登録』の文字が現れると、映像が切り替わり、今握っている剣の大まかな映像が表示された。途端に機体の揺れと身体への衝撃は嘘のように静まり、メイン・ディスプレイには大剣を軽々と握るセラフの右腕が映り込む。


「後方より敵ATSが三機、前方より二機。挟まれたわ――何てことをしてくれたのよ!」


安堵したものの、今度はほむらの甲高い罵声が操縦室に響き渡った。


 言い返そうと思った矢先にアラートが鳴り、同時にセラフの脚部センサーが同箇所の異常をホログラム・ディスプレイのうち一つに表示させる。


 カメラを向けると、先程女性に迫っていた男達が手にした槍や剣を持ち、セラフの装甲を小突いていた。


 敵性対象:六人。脅威度:極少。ホログラム・ディスプレイには男達の情報と同時に最適な攻撃方法までもが表示されている。


 セラフの脚部が跳ね上がり、男達が風に散らされる木の葉のように宙を舞うと、石畳で作られた通りの向こうまで吹っ飛んだ。


「死んだ……のか?」


六人のうち半数は身体を振るわせて痛みを訴えているが、残りは不自然な姿勢で倒れたまま、動こうともしていない。


「死んだわね」ほむらが継士の質問に即答した。「何、今更人殺しが怖くなったの?」


「いや、そういう訳じゃあ……」


嘘を吐いたーーそう自覚した後、半歩遅れて殺人者のレッテルが継士に襲いかかる。


「うぐっ……」


目を見開き、歯を食いしばって吐き気をやり過ごす。


 詳細な死体を見たとか、流れる血液から連想してしまったとか、そういうことではなくーー人を殺したという事実が三段論法でもなく、直接的にーー継士の精神を蝕み、追い詰めていた。


「お、俺は好き好んで人殺しなんて……人殺しなんて……」


自分を落ち着かせる為、呪詛のように言葉を繰り返す。


「ちょっと、勘弁してよ」視界の端に人形サイズの少女が写り込むーーほむらが微笑を浮かべ、俯いた継士の顔を覗き込んでいた。「あの女の人を助ける為に割り込んだんでしょ? どっちにしろ、この荒くれ達は村を略奪する過程で何人か、あるいは全員を殺していたでしょうね――だから、助ける側のあんたもそれぐらいの覚悟は勿論持ち合わせていなきゃいけないと思うけど? というか、そうじゃいないと困るわ」


女に群がった荒くれ達を見た継士は咄嗟の判断――いや、激情に任せて動いた。彼らを攻撃対象とし、手始めに道を塞いでいたATSに攻撃を加えたのだ。


 そうだ、俺の取った行動は間違っていない――セラフに大剣を構えさせ、前後から迫る五機のATSとの位置を確認しながら、継士はそう自身に言い聞かせる。


「で、どう収集付けるのよ、これ。こいつらを全部倒して終わり? それともとりあえず陵辱の危機から救ったことに満足して逃げる?」


「……ここで逃げても、あいつらの残党が引き続き村を襲うだろう。戦う」


自分に考える暇を与えてはいけないーー操縦桿を握る手に無理矢理力を込め、メイン・ディスプレイを見据えた。


 敵のATSのうち、二機が同じく手にした剣を構え、こちらへと歩み寄ってくる。その背後からもう一機が巨大な弩をセラフへと向け、狙いを定めようとしていた。


 操縦桿とペダルを操作――セラフが大きく跳躍した。同時に放たれた矢が、セラフが存在していた空間を貫き、後方の民家に刺さると、石の壁を粉々に崩す。


 一階建ての民家を跳び越え着地した瞬間、突如としてホログラム・ディスプレイに『熱処理システムに異常 自動冷却装置作動』の文字が表れ、続けてほむらが「しまった!」と呟いた。


「……ほむら?」


継士はすぐに異変に気付いたーー機体が重いのだ。


「ジャンプの時は脚部推進装置を使って空中での機動制御を行うの」ほむらは一転して、冷静な説明口調で語り始めた。「着地の際にその出力は最大となり、生じる熱量も半端じゃないわ。普段なら問題なく処理出来るんだけど、発せられた熱量を処理し切れなかった所為で緊急用の冷却システムが作動してしまった。これが作動すると、熱が規定まで下がらない限り、推進装置を使った行動が大幅に制限される」


後方から回り込んできた二機のATSが迫る。セラフを後退させようとペダルを引くが、機体が重く、思うように操作ができない。


「推進装置を使った一切の行動って――」


「ジャンプは勿論、移動、攻撃。推進装置のエネルギー源は搭載された推内燃機関が供給するエネルギーで、それが熱トラブルで使えないか、大幅に機能制限を食らっているってわけ」


此方に駆けて来る二機の両手には巨大な金槌の様な武器が握られている。戦いに負け、操縦室から引き摺り出された自分があの金槌に押し潰されて薄っぺらい肉の皮になることを想像し、継士は顔を引き攣らせた。


「じゃあ一体、どうすればーー」


「知らないわよ! 元はと言えば、あんたが――」


ほむらが言い終わらないうちに、継士の足は先程までとは逆方向、つまり前へと押し出された。


 後退を止めたセラフが一転して前進し、金槌を振り上げる二機のうち一機の胸部に、手にした大剣を突き立てる。


 金属と金属が擦れ合う嫌な音と共に剣が装甲に食い込み、中の部品を粉々に砕き、背部装甲を突き破る――その感触を継士は手元の操縦桿越しに感じ取った。


 何だ、問題なく倒せるじゃないかーー一瞬安堵した継士だったが、直後に大きな衝撃が操縦室を襲ったことで、思わず息を飲む。


「ああっ……!」


ほむらの悲痛な声と共にアラートが鳴り響いた。


 飛びかけた思考を立て直し、継士は懸命に操縦桿とペダルを動かした。絶命した一機を押し退け、数歩進んだ所で振り向く――続いて大きな衝撃。鈍い音がこだまの様に装甲を伝播し、操縦室を揺るがす。


 もう一機の握る金槌がセラフの左肩に直撃していた――メインカメラには敵のATSがさらに金槌に圧力を掛けようと気張る様、そしてその背後から弩を構えて近付いてくる三機のATSが見える。


 ホログラム・ディスプレイに『被弾 ダメージ測定中』の文字が目に入った。同時に別のホログラム・ディスプレイに『機体機能一時停止』のメッセージが表示され、継士の目にその四文字を焼き付かせる。


 心に生じていた焦りが瞬く間に全身へと広がる感触に、継士は思わず嗚咽を漏らしそうになった。


 操縦桿とペダルは継士の指示をまるで無視するかの様に固まり、びくともしない。やがて倒壊する棺桶へと変わった操縦室の中で、金槌の打撃音と継士の喘ぎ声だけが終焉を告げる鐘の様に鳴り響く。


「……終わりね」ほむらが呟く。「原因は奴の攻撃じゃないわ。内燃機関の冷却中に変更の効かない攻撃行動を取った所為で、操縦系、火器管制系システムの大部分が一時停止した」


ホログラム・ディスプレイに表示されたメッセージとほむらの声色が、継士を煽る。


「……復旧はいつになるんだ」


「今算出中、ただしセラフが使えない分、あたしの筐体で演算をする必要があるから、時間が掛かるわ」


 色々と制約の多いセラフの仕組みについてほむらに説明を求める気は起きなかった。敵のATS二機を倒し、力尽きたセラフは間もなく金槌と大剣によって解体され、引き摺り出された自分も同じ運命を辿るのだ――継士は片手で頭を押さえ、押し寄せる負の感触と必死で戦いながら、何か出来ることはないかと考えを巡らせる。


「……相手が人間だけなら私の移動端末で対処出来ないこともないけれど。流石にATSまでをあたしの筐体だけで相手にするのは、無理」


果たして男数人を相手に、神経接続を可能とする針を持つのみの、ほむらの移動端末がどれだけの活躍を見せるだろうか。一人の意識を乗っ取り、数秒の間、そいつに他の人間を攻撃させる――駄目だ。銃でも持っていない限り勝てる見込みがない。


「こんな状況で言うことかどうか微妙だけど、この時代の大まかな年代が判明したわ」ほむらは暫く黙った後、そう告げると、ホログラム・ディスプレイを一つ生成し、継士へとよこす。


 表面には複雑なグラフやら数字が浮かび上がっている。しかしそれらは主に四隅に小さな文字で羅列されているに過ぎず、中央部分にはより大きな文字で、三桁の数字が幾つか刻まれている。


「それが、あんたの時代から起算してこの時代が何年前かの値になる」


五八三、五八六、五七九、五七六……数字はどれも五八〇前後を指している。日本で言うと室町か、戦国時代が当てはまるのだろうか?


 少なくともこの地は日本ではない。人々の顔立ち、生活様式、どれも一般常識として持ち合わせている日本の姿には合致しなかった。


 不意に前方から迫るATSの頭部が上向きに開いた。中から男が上体を乗り出し、此方を指差し、何かを叫んでいる。


 あの男がATSを操縦しているに違いないがーーそれよりも継士は男の風体に釘付けになっていた。


 男の上半身は夕日を受け、光り輝いていた。銀色の甲冑が揺れ、兜の内側からは肌色の強面が顔を覗かせている。


「中世」継士の中で、疑問が徐々に確信へと変わりつつあった。


「ひょっとして、ここは、中世のヨーロッパ……」


何故ATSに甲冑の騎士が搭乗しているのかーー疑問に思うだけの余裕は継士には残されていなかった。頭の片隅には絶えず死の恐怖が渦巻き、たった今思いついた思考を有耶無耶にしようと働きかけてくるのだ。


「中世のヨーロッパ?」ほむらが復唱した。「確か、ネットで見たことがある――封建制、騎士道、ルネサンス、十字軍――駄目だ、単語だけは出てくるけれど、それが何を示すかまでは調べてない」ほむらはそう言うと、ATSが拡大表示されたメイン・ディスプレイへと視線を移す。「ATSは二〇五〇時点における軍事兵器の花形よ。それが時代を遡って一四〇〇年代にまで普及しているというのは、普通じゃあ考えられない……」


ほむらの言葉が止まったーー敵のATSの持つ金槌が、セラフに向けて振り下ろされた。再びアラートと衝撃が操縦室を襲い、継士は顔を顰める。


「……ダメージは大したことないわ。けれど、残りの三機が加勢してくると、もう負けは確実ね」


「不具合は直りそうにない?」


「最短でも一〇分間、この状態が続くわ。奴らの攻撃は見掛け倒しだけれど、それまでにセラフの外部装甲が持つかどうか」


「くそっ」継士は悪態をつき、ペダルを蹴った。「こんな所で……」


例えセラフが破壊されず、継士が一命を取り止めたとしても、いつかは操縦室の外にーー自分が攻撃した相手の前に降り立ち、彼らに今後の処遇を委ねる時が来るだろう。


「うーん。直接攻撃のダメージから奴らの機体スペックを想定してみたけど、見た目とは違ってこいつら、出力はそこまで高くないみたい」ほむらがホログラム・ディスプレイを操作しながらそう告げた。「内燃機関が止まっているから身動きが取れないけれども、平時に力比べをすれば、こいつら一〇機と綱引きをしても勝てると思う」


「……綱引きか」ほむらの絶妙な語彙に継士は思わず顔を緩めた。「本当にお前って、AIらしくないな。時々大雑把な所とか、変に人間っぽいし」


「……ごめん」


「いや、責めている訳じゃあないんだ。元はと言えば俺の独断だし。ただ可笑しいなと思っただけ」


「……ずっと昔にも、そんな言葉を言われた気がする」


ほむらはそう呟くと、神妙な顔を浮かべた。


「お前、三年間ずっと独りだったんじゃないのか?」


昊と喋ったとされる言葉を、継士は思い出していた。彼女とのやり取りが他にもあったというのだろうか。あるいは他の人間とーー?


「分からない。このセラフだってそう――あたしの筐体が収まる本体が、こんなロボットだったなんて、今日の今日まで知らなかった……筈なのに、どこか懐かしい匂いがするのよ」


「……懐かしい匂い、か」


「そう、匂い。ーー人間風に表現してみたけど」彼女の声が、不意に上ずった。


「――記憶喪失みたいな?」


「記憶喪失というか、あたし自身が今日アップデートされたと解釈するほうが正しいのかも。あたしはコンピュータベースだけど、自分を構成する一つ一つのプログラムまで理解する事はできないわ。ましてやいつ、どこが修正されたりしたかなんて――」


「ほむらは、人間になりたいのか?」


継士が会話を遮って質問したことで、独白していたほむらは一瞬表情を硬直させたまま、視線を継士へと送る。


「え? そ、そんなことーー」


 凄まじい音と共に機体が揺れ、そこで会話は中断された。


 先程までの敵ATSによる打撃とは比べものにならない衝撃により、操縦室は大きく傾いていた。


「ほむら、一体ーー」


ほむらは何も言わずにホログラム・ディスプレイの一つを拡大し、継士の前に展開して見せた。


 近づいてきていた三機も加勢したことで、計四機の敵ATSがセラフを囲んでいた。そして、うち一機が機体を大きく傾け、セラフに凭れ掛かっている。


 その頭部は大きく窪み、地面には先程敵が撃ってきた物と同じ、巨大な矢が転がっていた。

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