-ISOLATION- 物理遮断
現代/アプラ港米軍基地/スチュアート
「レイノルド艦隊より通信が入りました。映像入ります!」
オペレーターの声により、グアムのアプラ港米軍基地司令室に緊張が走る。
つい三時間程前にもたらされた横須賀基地からの定時連絡を最後に、日本に展開する在日米軍からの連絡が途絶えていた。
それだけではない。日本政府と連絡を取り合うこともできず、日本発の情報、例えば同国内におけるSNSの民間アカウントの更新などが、正午以降から全く見られない。ネットワークレベルで大規模な通信障害が発生しているのだろうか?
また、日本の監視用に配備されている米軍の人工衛星も、正午過ぎから全く応答しなくなった。というよりも日本の上空を通りかかった瞬間、応答が途絶えてしまったのだ。
これを受け、アメリカ合衆国は早々に非常事態宣言を発令し、同盟国に向けて、偵察を兼ねてグアムの艦隊に日本へと向かうよう指令を出していた。
間もなく司令室前方の巨大ディスプレイにニミッツ級航空母艦の戦闘指揮所が映し出された。青色を基調とした暗い光が漂う中、蛍光色の設備が背後で妖しく輝き、それらの前面で口髭を蓄え、海軍正装に身を包んだ白髪の男性が此方に視線を向けている。
「こちら第七一任務部隊旗艦オロネルよりレイノルド大将。司令室、聞こえるか」白髪の男性が口を開いた。齢六〇に達しつつも熟練の海兵、レイノルド・アーティレは未だ現役の船乗りである。
「レイノルド大将、問題ありません」上官の生存を確認した基地司令のスチュアート大佐はほっと胸を撫で下ろした。周囲で黙々と作業をこなす数人のオペレーターもこの時ばかりは皆一様に顔を輝かせ、艦隊司令官の無事を喜ぶ。
「すまないスチュアート。日本近海で大規模なジャミングを受けたようだ。どうやら場所単位で作動するものだったらしく、南下した現在は既に影響下にはない。艦隊も物理的な攻撃を受けてはいない」
「よかった。……それで、大将、一体日本に何が?」
「侵略だ」その一言で、司令室内の緊張は極限に達した。「日本は現在、正体不明の勢力からの大規模な侵略行為を受けているーー我々だけではとても対応が難しい」
間もなく、司令室の一部で燻っていたどよめきが、至る所に伝播した。
「艦隊の潜水艇に至近距離からその証拠となる写真を撮らせた。これから送る写真を確認した後、直ちに政府に回してくれ」
「侵略……? ひとまずは了解、大将」若干の動揺を覚えながらもスチュアートは敬礼すると、艦隊との通信用端末に届いていたファイルを解凍し、展開された画像データを大型ディスプレイに表示させた。
「こ、これは……?」
映し出された東京の港湾地区から幾つもの煙柱が上がっており、その上空に覆いかぶさるように展開する見たことのない飛行兵器が展開していた。それらの下部には落下傘のように同地へと降下する、両手両足を備えた、人型の兵器が映し出されている。
「こんなものが……東京に?」
「そうだ。どこの勢力かは分からん。北朝鮮のトンデモ兵器だろうか? あるいは中国か? いずれにせよ、すぐに本国に映像を送る必要がある」
普段なら冗談で通る話だろうが、レイノルドの顔はちっとも笑っていなかった。
「了解です。すぐに政府に転送し、指示を仰ぎます」
そこでスチュアートは言葉を切ると、近くのオペレーターに写真の転送を指示した。
「各方面軍との連携は?」
「予想以上にペンタゴンの対応が遅れています。第三、第七艦隊の幾つかには日本付近への移動が発令されましたが、同国の現状が分からない以上、迂闊に手を出せないというのがあるのでは」
人工衛星による映像も期待できず、さらには通信すら閉ざされている状況だ。敵対対象を隅々まで徹底的に調べ上げた後、先制攻撃を行い反撃される前に倒すというアメリカ合衆国のお家芸は使えない。
「ペンタゴンより緊急入電! こちらも繋ぎます!」
間もなくオペレーターがそう言うや否や、巨大ディスプレイに映し出されていたレイノルドの映像が右半分に移動し、左半分に砂嵐が映し出された。その中央には緑色で『SOUND ONLY』の文字が見て取れる。
「各方面軍へ、繰り返す各方面軍へ。こちらペンタゴン」低く押しどもった声からスチュアートは声の主が現職の海軍長官であるウィリアム・テムズレイであることをすぐに察した。
「数分前より、日本を起点としてペンタゴンのシステムが大規模な組織的ハッキング攻撃を受けている。現在仮想ゲートウェイの再構築により侵攻を食い止めつつあるが、あくまで一時的な措置であり突破されるまでは時間の問題と踏んでいる」
ペンタゴンのシステムにハッキング? 確かにアメリカの中央省庁にハッキングしようとし、自身の腕を証明したがる輩は少なくないが、ウィリアムの口調は事態が只事ではないことを示していた。
「どういうことですか長官!」レイノルドが右画面から迫り出さん勢いで噛み付いたが、ペンタゴンからの通信は一方向となっていた。向こうには聞こえていない。
「ペンタゴンの中枢が乗っ取られた場合、この正体不明の敵に対する地球規模での反抗は間違いなく失敗に終わるだろう。よって、これより米軍は、日本に通じる通信を全て物理ベースで遮断するーーつまり」ウィリアムの言葉は司令室内に静かな動揺を与えた。「可及的速やかに日本との海底ケーブルを切断、及び日本との中継手段となる可能性のある我が国の通信衛星を全て自爆させる」
レイノルドを含むアプラ港基地の人間は何も言わなかった。皆一様に驚愕したまま、しかしウィリアムの言葉を一心に聞いている。
「たった今、各方面軍に緊急指令を送信した。健闘を祈る」
砂嵐と『SOUND ONLY』の表記が消え、レイノルドの顔が画面全体に拡大されたことにより、ようやくスチュアートはウィリアムからの通信が終わったのだと気付いた。
日本が謎の勢力による侵略を受けており、加えてアメリカのシステムまでもが同時に攻撃されている?
馬鹿げた話だ。大体この時代に、ろくに協議もせず戦争により意見を通そうとする野蛮な国家が存在するのだろうか? 少なくとも攻撃をするならするで、その前兆があって然るべきだし、それを世界の警察、アメリカ合衆国が察知できない筈がないーー。
「レイノルド大将、スチュアート大佐」前方に座るオペレーターが手を挙げた。「海軍省から指令文書が届きました。現在解凍中ーー完了。読み上げます。第七一任務部隊はグアムと日本を繋ぐ海底ケーブルを速やかに破壊せよ。以上」
「……それだけか?」
スチュアートの問いに、オペレーターは「はい」と短く答えた。
「方法は問わんようだな。スチュアート、基地から攻撃は可能か?」
「はい、停泊中のスプルーアンス級、ラスコーからASROCで」
「すぐに掛かってくれ。敵の索敵能力は不明だが、我々はこの近辺で待機しておき、有事の際に速やかに行動できるよう準備しておく」
「了解ーー司令室よりラスコー、通信の通りだ。グアムと日本間の海底ケーブルに向けASROCで攻撃。座標は今送った」
「こちらラスコーより司令室、了解」駆逐艦ラスコーから応答が入った。「合計六座標ですね。これより発射準備に入ります」
ここまでのやり取りを終えたスチュアートは、大きく溜息を吐いた。
ペンタゴンに送った写真は彼らにとってどう映るだろうか。倒すべき敵か、それとも日本を見捨てる判断材料となるのだろうか?
どちらにせよ、スチュアートの内心は穏やかではなかった。グアムという島について、情報部は第二次世界大戦の時からこの島がアジア方面の要衝であると認識しているのだ。この地がこれから発令される諸作戦の本拠地になった場合、当然スチュアートに求められる仕事の物量も多くなることは想像に難くない。
カリフォルニアに残してきた妻子が心配だーースチュアートは唐突に家族のことを思い浮かべてしまった。特に娘は最近、ハイスクールでの生活が上手くいっていないと彼に漏らしている。次の休暇を取った際、娘の相談に乗ると決めていたのだが、そもそも北アメリカ大陸の地を再び踏めるのは何時になるのだろうか?
「スチュアート大佐、レーダーに複数の機影」オペレーターの一人の報告により、スチュアートは強引に現実へと引き上げられた。
司令室の一角に固定表示されている広域レーダーに、三つの緑色の点が浮かび上がっていた。それらは北マリアナ諸島の側を通過すると、真っ直ぐに基地方面へと南下してくる。
「機体と所属は?」
「……IFF応答及び機体識別完了。空自のCX中型戦術輸送機が三機」
「日本の空自だと?」スチュアートの代わりにレイノルドが声を荒げた。「日本から逃げてきたということか?」
「そうなりますが……」オペレーターの困惑したような顔を見つめながら、スチュアートは手元の無線を取り、件の輸送機のうち、先頭を飛ぶ一機に対し、通信回線を開いた。
「こちらアプラ港米軍基地。貴官らの所属は? 繰り返す、貴官らの所属は?
少し待ってみたものの、応答はない。スチュアートの声だけが機械に埋め尽くされた司令室に虚しく響き渡る。
「……おかしい。アプラ基地のレーダーがこの距離まで接近しないと探知できないことはあり得ない……」
レイノルドの呟きは、スチュアートの心の不安を瞬く間に大きくした。
「大佐、映像入ります!」
島に設置された軍の望遠設備が、編隊を組みこちらへと向かってくる三機の輸送機を映し出した。
咄嗟に抱いた違和感の理由をスチュアートはすぐにつきとめた。グアム島を目前に、着陸するにしては高度が高過ぎるのだ。
「おい、あれ……ハッチが開いていないか?」
オペレーターの一人の呟きに、スチュアートは嫌な予感を覚えた。恐る恐る映像を確認すると、彼の言う通り輸送機の後部ハッチは開かれており、機体も心なしか斜め上を向く姿勢になっているように感じられる。
と、輸送機の後部ハッチから何かが放り出された。
それは空中で四肢のようなものを広げ、それらから航空用エンジンと思われる光を焚きながらーーやがては人が直立するような姿勢を維持すると、輸送機を追い越した。
「敵襲! 敵襲ーッ!」
気付いた時には、スチュアートはありったけの声で叫んでいた。
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