-RECEPTION- 過去世界 2

ほむらの言葉が終わってもなお、継士けいじは彼女の言葉の意味を受け止められずにいた。


 ATSは未来の世界における兵器の一種だと彼女から説明を受けたばかりだ。それが、次元跳躍をした先の時代、しかもセラフの目と鼻の先で蠢いている――。


 ひょっとして、跳躍した先は過去ではなく、昊のいない、未来なのだろうか――継士の心がざわついた。


「間もなく駆動系及びメインカメラ復旧」


ほむらの言葉通り前面のメイン・ディスプレイが光を取り戻し、手元のホログラム・ディスプレイと同じ、見渡す限りの草原と岩場、そしてオレンジ色の夕焼けがコクピットに映り込み、彩りを与えた。


 視点を動かした継士は夕焼けと岩場、草原を背景に、六機の巨人――ATSが岩場の向こうを横切ろうとしているのを確認し、戦慄した。


「やっぱり、この世界にも、PWCSが……?」


「あんたの時代よりも過去に、ATSが登場する筈がないわ」ほむらにとってもこれは想定外の事態だったらしい。「本当に、そんな筈はない。間違いなく飛んだのは過去方向。未来に飛んだという線はあり得ない……」


ぶつぶつと呟きながら、彼女は手元のホログラム・ディスプレイを操作しながらカメラを拡大し、横切るATSのうち一機を継士に注視させた。


 肩幅はセラフの五割増ぐらいだろうか。全体的に重量感のある作りになっており、白色の装甲は錆び、汚れ、そして所々にヒビすら入っている。手には巨大な剣と思しきものを握っているが、それは剣というよりも鈍器と言った方が良い代物だーー切っ先は大きく摩耗し、太陽の光を浴びて輝く筈の刀身は錆びで茶色く染まっている。


 背部は大きく隆起し、その頂点に目を向けた継士は目を細めた。


「人だ。人が乗っている……」


「おかしいわね。ATSは背中に人が乗る様には出来ていないのだけれども」そう言った上で、ほむらは続ける。「念の為確認してみたけれども、キャッシュに残っていたPWCSのデータベースには載っていない種類の機体ね。まあ、あんたの時代よりもさらに昔なんだから、当然ではあるけれど――」


「しかもあの人間、やけに服装が奇抜じゃあないか?」


奇抜という感覚がほむらに理解出来るか少し不安だったが、ほむらは「うん、確かに」と頷くと、「PWCSのATSの操縦士は専用のスーツを着用するわ。少なくとも肌が露出するような物を着ることはない」と付け加えた。


 ATSの後部から上半身を覗かせている男は赤と白の衣服に身を包み、手に持った何かを頻りに周囲へと向けていた。継士はその何か――恐らくは武器と思われるものに、見覚えがあった。


「あれ、クロスボウじゃないか?」


半月状に曲がった弓、木製の台座、そして既に矢が装填され、弦はぴんと張られている。



「PWCSの制式採用火器に、あの様な形状の物は登録されていないわ」

ほむらはそう言うと、「ところでクロスボウって何?」と訊ね返してきた。


「知らないのか?」

「ええ。私が分かるのは、セラフに残っている二〇五〇年前後の時代の一部と、あなたの時代に関する一部のみ。ネット上にあったデータをキャッシュとして読み込んだに過ぎないから、まだまだ知らないことが沢山ある」


「ネットにアクセスしたことがあるのか?」


「解放されてから、少しだけ」と、ほむら。「成人向けのコンテンツがお盛んのようね?」


「……そうだな」


何と返して良いのか分からず、継士はとりあえず相槌を打つ。


「まぁそれは置いておいて」ほむらも会話が止まったことに違和感を感じたのか、神妙な表情を浮かべながら続ける。「一応電波の届く範囲で無線のアクセスポイントを探してはみたけれども、全く見当たらない。地形的にここは高山みたいだから、通信網が確立されていない、あるいはそもそも――」


「無線通信技術のない時代に辿り着いたか」継士はほむらの言葉を引き継いだ。「クロスボウは現代でも一部、競技や狩猟で使われる場合もある、が、弓が流行った時代に平行して使われていたような代物だったはず」


「つまり、あんたはこの時代が、無線技術が確立されていないような大昔だと言いたい訳?」


「いや、そこまでは分からないけど――でも無線なんていう技術ができたのはここ数十年の筈。けど、仮に大昔だったとすると、あのATSは一体何だという話にもなる」


「でしょうね」ほむらが溜め息を吐いた。「あの六機からはATS特有の駆動音が発せられているわ。セラフが製造された時代と同じ技術が使われていることは間違いない」


「いずれにせよ、ここでやり過ごした方が良さそうだ」


「そうね……あ」ほむらが何かに気付き、ホログラム・ディスプレイに映ったレーダーに触れた。レーダーは間もなく赤と青を基調とした、グラデーション豊かな一枚絵へと変わる。


「これは、周囲の温度変化を表したサーモグラフィ。そして」ほむらの指がその中の、青く塗られた箇所の中に染みの様に広がった赤い点を指す。「この点が、あのATS。背部に搭乗する人間の熱を感知し、赤くなっているの。そして、見て貰いたいのはこっち」


ほむらは指を右の方へと移動させる。


 まばらな赤い染みが蠢いていた。それほど大きくない熱源が幾つか、ランダムに動いている。


「大きさと形状から、間違いなく人間よ。そして、周囲には微弱な熱を纏った障害物。これは恐らく住居でしょう」


「集落?」


「多分ね――ちょっと待って」


ほむらが手を翳した所にホログラム・ディスプレイが浮かび上がった。間もなくディスプレイには岩場に寄り掛かるセラフが鳥瞰視点で表示される。


「偵察用ドローンを出したわ。バッテリーの関係上あまり遠くへは飛ばせないけれども、これで村の様子を探ってみる」


映像は岩場とセラフから草原へと代わり、やがてまばらな針葉樹と共に藁葺きの住居の群れが表示された。何軒かはレンガ造だが、殆どの住居は藁と材木で作られた、質素な作りだ。


 そして、規則正しく並ぶ家々の間を数人の人間が右往左往している。皆水簿らしい服装に身を包み、だがしかし所々には数人の男女が集まり、音こそ聞こえないものの、歓談に勤しんでいる様子が見て取れる。


 不意に偵察用ドローンから送られる映像の倍率が切り替わった。


「あ――」


先程のATSが集落の端に姿を現し――そして、町の外れの家屋が一軒、砂埃と共に吹き飛んだ。


 ATSのうち一機が、自身の背丈の半分程もある大剣を家屋の壁に思い切り打ち付けたようだ。


 それを合図にしたのだろうか、他のATSも各々が大剣を握り、集落の中心へと踏み込み始めた。


「おい、これって、まさか……」


継士が絶句している間に、ほむらが偵察用ドローンの倍率を拡大する。


 女性が一人、映し出された。年齢的には継士と同じか、あるいはもう少し上だろうか。青い瞳、金髪の髪――北欧系の美しい出で立ちだ。


 その背後から、同じように数人の男達がゆったりとした足取りで近付いていた。女性は逃げようと通りを走り抜けるが、ある所でぴたりと止まると、その場に尻餅をついた。


 ATSが一機、通りを塞いでいた。女性はその場から動くことができず、そうしている間にも背後から男達がじりじりと迫る。


 近くの家屋から村人と思われる一人の男が鍬を持ち、女性を庇うように彼女の前へと躍り出ようとした。だが、女性の元へと辿り着く前に、彼は大きく転び、地面にうつ伏せに倒れてしまった。


 ATSの背中に乗っていた男の弩から放たれた矢が、村人の足を貫いたのだ。


「ほむら、これは……」


「駄目!」


略奪だーー継士が言おうとした言葉は、ほむらの一喝により掻き消された。


「セラフの復旧はまだ不完全よ。少なくとも出力は半分以上ダウンしているし、火器管制システムの一部にも障害が発生しているわ。使える武器もさっき言った通り、腕部内蔵の格闘機構しかない。何よりも、あたしが今セラフの操縦系、火器管制系、両システムに全くアクセスができない」


「……全て俺が担当しなければならない」


先程までのPWCSとの戦闘はほむらの助力があり、互角以上の戦いに持ち込むことができた。だが、移動、あるいは射撃だけでも骨の折れる操作を両方同時に行うというのは想像以上の負担がかかるーーいきなり同時にこなすのは不可能に近い。


「でも手を出したとして、あんたの操縦であのATS六機に勝てる保証はない。それに、そもそもこの時代、そして今目の前で起きている事象の背景も分からないのに、新参者の私達が手をだすべきじゃあない」


「……」


ほむらの言うことは正論だ。だがこうしている間にも、ホログラム・ディスプレイに映る女性、あるいはその他の集落の住民達が、略奪の被害を受けようとしている。


「まず何よりも確保すべきは、私達の身の安全よ」遂に偵察用ドローンの映像が途切れた。ほむらが必要ない、もう見せるべきではないと判断したのだろう。「ATSがあの集落に注意を向けている間に逃げましょう。正常稼働まで余計なトラブルをやり過ごす必要があるの、分かった?」


切れる寸前のドローンの映像には、乱暴に男達によって押さえつけられ、胸を掴まれた女性が映っていた。


 継士はどうするかを決め、溜まっていた唾を飲み込んだ。

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