-RECEPTION- 過去世界 1

中世/オルレアン郊外/継士


 意識が戻り瞼を開けた継士けいじは、周囲を見渡し、自分がセラフの操縦室で意識を失っていたこと――つまり目を覚ましたのではなく、気絶していたことに気付いた。


 操縦室の周囲に展開していたホログラム・ディスプレイは殆どが消えており、僅かに残った物も砂嵐の映像を流しているのみだった。しかし、身体保護、そして動きを即座にセラフに反映する為の橋渡しを担うホログラム・レストリクターだけは依然として身体に巻き付き、今や継士の身動きを封じる枷として機能している。


「……ほむら?」


自分で解除できないことに驚きつつ、この場で唯一頼れる相手の名前を呼んだが、返答はない。一抹の不安が頭をよぎる。


 手元の操縦桿を動かしてみるが、反応は返ってこない。セラフの操縦系一式そのものが停止してしまっているようだ。


「くそっ、動けよ……!」


呪詛のように悪態を吐きながらばたついているうちに、背中に不快感を抱いた――操縦席のシートが濡れている。


 自分の汗がびっしりと座席に染み通っていた。もちろん焦りによるものも多分に含まれるが――そこでようやく操縦室内の異常な暑さに気付いた。搭乗時には少し涼しい位の気温を保っていた内部は嘘のように蒸し暑く、サウナに入っているかのような有様だ。


 意識は戻ったものの、今度は高熱で再び気を失いそうだ。何とか外に出られないかと周囲を再度くまなく見渡すものの、人間が弄くることが出来そうなのは操縦桿と、砂嵐の映った、あるいは文字化けしたホログラム・ディスプレイのみだった。もっとも肝心の継士が操縦室に拘束されている時点で、脱出することは不可能に近いが。


 次元跳躍とやらは成功したのだろうか? あるいは失敗? だが、どちらにせよこのままではそれを確かめる前に脱水症状を起こし、事切れてしまうだろう。


 どうして操縦室の気温が上昇しているのかは分からない。空調のシステムが誤作動しているだけかもしれないし、次元跳躍した先の過去が灼熱地獄のような場所で、装甲を突き破って外気が侵入してきているのかもしれない。

(昊がこの世界の、もしかしたらすぐ傍に居るかもしれないのに――!)


焦りが心の中の大部分を占めていたが、自分の力で解決出来ないことは分かっていた。

 一時間程度なら大丈夫だろうが、それを超えてしまうと一体自分はどうなるのか? 淡い恐怖が心の片隅で燻りながら、隙を伺っていることを継士は重々認識していた。


 電子音と共に幾つかのホログラム・ディスプレイが起動し、同時にほむらの立体が構築されたのは、それから三〇分程度が経過した後だった。


 彼女は立体化するや否や、汗を吹き出して喘ぐ継士を見下ろし、何が起こっているかを悟ったようだ。


「空調システムがダウンしていたわ。今復旧させた」


彼女の言葉を裏付けるかのように、座席後部から涼しい風が室内に流れ込み、沸騰しかけた空気を端の方へと追いやっていく。と同時に継士を拘束していたホログラム・レストリクターが解除された。


「ありがとう。もう戻ってこないかと……」自身を取り巻く熱気が取り払われてゆくのを肌で感じながら、継士は滴り落ちる汗を拭った。


「次元跳躍はそもそもセラフの全システムに凄まじい負荷をかける関係で、跳躍後の数十分はクールダウン状態になって、一切の操作が出来なくなるみたい。無論、その間、パイロットも外に出られない」


「……みたいって、お前」


「あたしだって数時間前に自由になってから、手探り状態なのよ。もちろんこの機体に関しても」


「自分の所為ではない、何も言ってくれるな、ってことか?」無言の圧力を理解し、継士はそう言うと溜息を吐く。「……死ぬところだったよ。次からはもうちょっと早く沸いてくれ」


「温度が上がった位で何弱音吐いてんの」ほむらはそう言うと、「さっきまでセラフが所持していた副兵装が全て見当たらないわ。多分次元跳躍の段階で、あんたの時代に忘れてきたか、あるいはどこか別の場所、時代に飛んで行ったのかも。何れにせよ行方知れず」と続けた。


「武器がない?」


「ええと、ないことはない……けど。両腕に内蔵されている格闘機構と……あと一つは……いや、今の時点だと、それだけよ。要するに、接近戦しかできないっていうこと」


 言い終えたほむらは、一つのホログラム・ディスプレイを新しく展開し、継士の前へと持ってきた。


 小さなモニタの枠内に表示されたのは一面の草原と、所々に生える歪な形の岩。その光景を取り巻くように、木々が横数列に並ぶ。


「……これは?」


「背部サブカメラからの映像よ。見ての通り、今私達は岩場のど真ん中にいるみたい。外気の成分は二〇一二年時点とほぼ変わらないというか、むしろ綺麗な位だわ」


遥か向こうには青々とした木々が連なっている。その手前に展開する草原の両端はホログラム・ディスプレイには表示されておらず、相当開けた土地であることが想像できる。


「昊は? 昊はいないのか?」


「何、次元跳躍した先の座標でご丁寧に待っていてくれると思ったの?」ほむらの表情が嘲笑に変わる。「いるわけないでしょ、あれから三年も経ってるのよ、三年も! たかが一時の恋愛感情に何を期待しているのかしら」


「だが、現に昊は俺をここまで呼び寄せた!」継士は声を荒げた。「ここにいないのなら、どこかで助けを待っているのかもしれないだろう!」


「さあ、果たしてどうなんでしょうかねえ」ほむらは付き合いきれないといった風に肩をすくめた。「まぁ、とりあえず彼女を見つけないことには何も始まらないのは事実だから、あたしも協力してはあげるけど」


懲りずに言い返そうと思った継士を理性が押し止めた。


「……セラフでまず周囲の様子を調べたい。動かせるか?」


「今障害箇所の復旧を行っていて、それが終わるまでは難しいわ。そんなことをしなくてもセンサーと指向性物理スキャン機能で――」


ほむらの言葉はそこで止まった。彼女の表情が今までとは打って変わって真剣な物に代わり、同時に一つのホログラム・ディスプレイが背部サブカメラの映像を押しのけ、継士の前面に展開する。


 セラフに搭載されたセンサーが、何かの接近を図で表していた。黄色の点が六つ。距離は百メートル程――。


「何よ、これ……」珍しく狼狽するほむらを見て、継士も不安を抱かずにはいられなかった。


「ほむら、何があった。レーダーに映っている点は?」


「まず、黄色の点は所属不明のユニットを指すの。そして、こいつらの大きさはおおよそ一〇メートル程度、形は人型に近い。……ATSよ」

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