sid.なな子
次に、愛李姉ちゃんと私は裕奈の所属事務所に向かった。裕奈の事務所は「スマイルクローバー」って云う子役大手事務所。その上に有名俳優達が多く所属する「夢希笑劇団」につながっているらしい。だから結構ハイレベルなところだ。それから裕奈をいじめてるつうちゃんって子もここの事務所らしかった。私たちはそこに来てすぐ裕奈と一緒の番組をやっているみずき君を探した。
「みずき君は……あ、いたいた! みずきくーん」
愛李姉ちゃんがレッスンルームにいたみずき君に声をかける。今はちょうど午前11時。色々やっていたら時はいつの間にか過ぎていた。本当ならば裕奈も学校を早退してレッスンに行く頃だ。みずき君は私たちに気付くと大きく手を振り近づいてくる。
「こんにちは。愛李さん、あとなな子も久しぶり」
みずき君は私たちに軽く会釈をした。みずき君はスマイルクローバーのクローバー組でその中でもトップの人気を誇る高校生のモデルさん。外国のファッションショーからオファーが来たこともあったそう。余談ですがスマイルクローバーは上級のクローバー組と下級のスマイル組に分かれている。いうなれば某アイドルグループの正規メンバーと研究生みたいな関係。クローバーに昇格すればメディアやテレビ番組に積極的にしてもらえるんだそう。そして裕奈は事務所で最短昇格をした子らしい。スマイル期間はなんと2週間!素人が聞いても早いと感じる。話を戻します。それでみずき君は不思議そうにあたりを見回した。
「あれ? 今日裕奈は? もしかして休み? しまったなー」
みずき君は髪の毛を上にかきあげながら言う。すると横から可奈ちゃんが入ってきた。
「裕奈ちゃん今日休みなの?」
可奈ちゃんはみずき君の足にぴったりとくっつく。可奈ちゃんは今話題の人気子役。あるドラマに主演したことがきっかけに大ブレイク!可奈ちゃんから子役ブームが起こったと言っても過言ではない。
「ちょっと色々あって。みずき君、落ち着いて聞いてね」
私がそういうと、何かを感じたのか可奈ちゃんまで固唾をのんで小さくうなずいた。私は深呼吸をしてから話し出す。
「裕奈、記憶喪失になっちゃったの」
緊張から私は早口になりながら言った。みずき君は目をまん丸にして驚いている一方で可奈ちゃんはきょとんとした顔になった。みずき君は「え? うそだろ」と小さな声で言いながら、さらに髪の毛をかきあげた。
「ねえ、記憶喪失ってなーに?」
可奈ちゃんがみずき君のズボンを引っ張る。するとみずき君は可奈ちゃん目線まで腰を下げると可奈ちゃんの頭を撫でた。
「記憶喪失ってのはなぁ、今まで覚えてたことを全部忘れちゃうってことだよ」
みずき君は悔しそうに可奈ちゃんにそう言った。声が震えていた。私たちはそっと見ることしか出来なかった。可奈ちゃんは事態に気付いたらしく顔に対して大きな目に涙をためていた。
「じゃあ、可奈のことも忘れちゃったの?」
可奈ちゃんは私たちの方を向き心配そうに聞いてくる。愛李姉ちゃんは可奈ちゃんに近寄って同じ目線になると、可奈ちゃんをそっと抱きしめた。
「分からない。あー、こんなときに解決してくれる人がいたらな。お姉ちゃんたちとっても嬉しいのにな」
うん?解決?可奈ちゃんのあれを使う訳ね。すると可奈ちゃんは愛李姉ちゃんから抜けると、虫眼鏡を持つポーズをした。キター子供探偵!すると可奈ちゃん主演ドラマの「東雲 ゆりあ」になりきってあの台詞を言った。
「うーーーん、もきゅっと来た!」
子供探偵ゆりあの事件解決ポーズを可奈ちゃんはする。みずき君も笑ってくれた。良かった。暗い雰囲気にならなくて。
「そんなのこの名探偵ゆりあ様がもきゅっと解決しますぞよ!」
すっかり「ゆりあ」になってしまった可奈ちゃんは自信満々に腰に手を当てそう言った。さっきまでの涙はどこへやら。
「ゆりあ、頼んだよ! 頼りにするからね」
「がってん!」
私が可奈ちゃんにそう言うと可奈ちゃんは敬礼をして笑って見せた。これもドラマの定番台詞である。と、ふと私はドアの方に気配を感じた。ドアの方を見ると、茶髪で髪が長いハーフツインをしている子がこっちを見ていた。私と目が合うとその子は腕を組んで
「へぇ。裕奈ちゃん記憶喪失なんだ。良い事聞いた」
と、笑いながら私たちに言ってきた。何この子、生意気!でも顔は悪くないどっちかっていうと可愛いほう。ていうか可愛い。裕奈と仲悪いのかな。するとみずき君がその子に近づいた。
「亞美! 何言ってんだよ! そもそも下級のスマイルが偉そうにするな」
「あのね、私の立場分かってる? 私は裕奈ちゃんがここに来たせいで降格したんだから! 裕奈ちゃんが入って来てから何もかも変わった。ラジオは裕奈ちゃんの番組に変わるし、四葉のクローバー通信だって、私がオーディションで始めて合格したレギュラーだったのに、降格したせいで裕奈ちゃんに全部持っていかれた。私がこうなったのも全部裕奈ちゃんのせいなんだから!」
亞美ちゃんって言う子はそう叫んだ。つぐみちゃん。あ、もしかしてこの子が?
「亞美、裕奈のせいじゃないだろ。お前にも重々責任はあるだろ。ゆっくり考えろ」
「あのさ君、つうちゃん?」
「まあ、みんなにはそう呼ばれてるけど。何? なんか文句でもあるの?」
あ、やっぱり。この子がつうちゃん。聞いててよかった。でもなんか亞美ちゃんは怒ったような口調で私たちをにらみつけると、ドアを勢いよく閉めてスタジオを飛び出した。
「ごめんねなな子。あいつちょっと色々あって、心の整理がついてないんだよ」
「うん」
私はみずき君の言葉に適当に返事をした。芸能界は弱肉強食、裕奈が1人の少女の未来を潰したなんて。やっぱ芸能界って恐ろしい。そんな言葉が私の頭の中を駆け巡っていた。
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