sid.愛李
私たちが階段から落ちて裕奈は記憶喪失になっちゃって。とにかく頭が大変なことになっています。こんな時こそ、長女としてしっかりしなきゃいけないのに、私はただ戸惑っていた。だってこんなこと初めてだし、そもそも、記憶ってどうやったら元に戻るんだろう。とにかく不安でいっぱいだった。仕事もあるし、裕奈の仕事や学校も、そういえば近いうちになな子の1回目の三者面談があった気が。するとなな子が私の様子を悟ったらしく、
「愛李姉ちゃん大丈夫? 仕事もあるでしょ。でも、裕奈の学校も事務所もこれから大変になるだろうし、私の三者面談来なくてもいいよ」
さすが、ずっと一緒に住んでただけあるけど、今は悟られちゃいけないのに。私はじっと黙ったまま病院を出た。私たちはまず、裕奈の学校に向かうことにした。すると、真っ赤なワンピースを着たあの時の女の子が私たちの目の前に現れた。
「にゃはーん……ふふふ」
「あ、あの時の! ホントあなた誰なの?」
少女はあの時と同じ感じの事を言う。
「にゃはーん、わくわくーみんきらめくーみんきっと明日もんにゃハッピー矢神久美です」
自己紹介によると、彼女は矢神久美という名前らしかった。年齢は推定8歳前後。ちょうど裕奈も8歳の頃そのくらいの身長だったはずだ。久美ちゃんは奇妙な笑いを浮かべながらこちらをじっと見ていた。するとなな子は久美ちゃんと同じ目線になるようにしゃがみこみ、膝をついてちょうどなな子と久美ちゃんの身長が同じくらいになった。
「久美ちゃんって何か裕奈と関わりがあるの? 教えてくれないかな?」
なな子はなるべく久美ちゃんが警戒しないような言葉遣いで話しかける。
「ふふふ……にゃは、にゃはーん」
久美ちゃんはぱっと後ろを振り返ると、私たちを気にすることもなく、何処かへ走り去ってしまった。
「久美ちゃーん」
「何だったんだろう」
久美ちゃんねぇ。裕奈と何か関わりがあるのだろうか?私は久美ちゃんのことが気になって仕方なかった。それから、私たちはなるべく急ぎ足で学校へむかった。とりあえずあては裕奈の親友であるなるちゃんって子。会ったことがないから当然顔も知らないし、正直どんな子なのかも知らない。でも、会うだけの価値はあると思った。学校につくと私たちはすぐに6年1組のクラスを探した。裕奈の教室は最上階に上がってすぐの所にあった。
「ここだ、裕奈の教室」
私がドアの上に設置してある6年1組のプレートを指差す。するとなな子が入り口付近に立って話している女の子に声をかけた。
「ねぇ、なるちゃんって子ここにいる?」
女の子たちはびっくりした様子で、ひそひそと話し始める。知らない人から声をかけられてるんだもんな。まあしょうがないでしょう。少し間が空いてから1人の女の子がなるちゃんを大声で呼んだ。
「なるちゃーん! 誰か来てるよー!」
するといすに座って本を読んでいる子がこっちを振り向いた。その子は私たちのほうを見て首をかしげるとゆっくりと私たちのほうに近づいてきた。
「あの、どちら様ですか?」
ほう、この子がなるちゃん。ちょっとおとなしめな雰囲気の顔で、顔が小さくて身長も小さくて、ツインテールが良く似合っている。
「私たちは裕奈のお姉ちゃんです。裕奈のことで話しがあるんだけどいいかな?」
私がなるちゃんの目線に合わせて少し中腰になった状態で言った。なるちゃんがうなずくと私たちはなるべく人のいないところに移動した。
「私は江籠愛李。25歳。で、この子がなな子。中3」
とりあえず自己紹介。私がなな子を紹介するとなな子は軽く会釈をした。
「市野成美です。裕奈と仲良くさせてもらってます。大親友です。で、私に何のようですか?裕奈は何で今日来てないの?」
ちょっとあどけない敬語でなるちゃんは話した。こんな子に裕奈のことを話さないといけないと思うと少し心が痛んだ。正直裕奈はなるちゃんのことを忘れてしまったかも知れないからな。
「ちょっと悲しいけど聞ける?」
私が聞くとなるちゃんは少し心配そうな表情になって下を向いた。しばらくするとゆっくりと顔を上げ下唇をかんだままうなづいた。
「裕奈、ちょっと色々あってね、階段から落ちて」
「落ちて?」
なるちゃんが何かを察知したようになな子の顔を覗き込む。
「記憶喪失になったの。もしかしたら、なるちゃんのことも忘れちゃってるかもしれない」
「記憶喪失?うそ。なるのことも覚えてないの?」
なるちゃんがなな子の肩をつかむ。なるちゃんの目には涙が溜まっていた。
「分からない。私たちの名前は覚えてたから名前は覚えてるかもしれないんだけど、事務所に入ってたことも忘れちゃってるから、確実とはいえない」
するとなるちゃんは唇をかみしめて服の袖で涙をぬぐうと私たちに一礼して後ろを向き、何も言わずに走っていった。小学生の子にはとてもつらい現実だよね。私たちもそのまま学校をあとにした。
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