sid.なな子
はい、なな子です。階段から落ちた私たち、私と愛李姉ちゃんは怪我は無かったけど、裕奈は頭を打っちゃったみたい。ってか、ロボットのアーム壊れたっ3日もかけたのに。じゃなくて、裕奈が緊急事態。私たちの言葉に反応がないから、多分意識がない。今日はちょっと遅めに家を出たから、周りには誰も人がいなかった。愛李姉ちゃんは携帯で救急車を呼ぶ。私は裕奈の名前を呼び続ける。やはり応答はない。どうしよう。こんなの初めてで、私は軽くパニックになっていた。もし裕奈がこのまま目を開けなかったら、そんなマイナスな言葉が私の頭の中をぐるぐる回っていく。私は知らない間に涙を流して裕奈を揺さぶっていた。しばらくすると、サイレンの音が聞こえ、裕奈は大人の人にストレッチャーに乗せられて救急車に運ばれた。私は愛李姉ちゃんと一緒に救急車に乗った。病院についてからすぐに裕奈の検査が始まった。私たちは静かな病院の待合室で2人並んで座った。
「裕奈、大丈夫かな? このまま目が覚めなかったら、どうする?」
私は愛李姉ちゃんの手を強く握った。愛李姉ちゃんは黙ったままで、私の手を握り返した。私たちが落ちた歩道橋は町で一番高い。ちょうどそこの下は大型トラックが通るので、普通より高めになっているらしかった。お年寄りが時折足を踏み外して落ちて大怪我をしたり、昔は亡くなった方もいるらしかった。だから、裕奈のことが気がかりでならなかった。もし、裕奈も同じようになってしまったら。そう思っていると、私たちの目の前に若くて、背が高くて、白衣を着た先生が立っていた。
「裕奈ちゃんのお姉さん方ですか?」
「はい。で、裕奈は? 大丈夫ですよね?」
愛李姉ちゃんが立ち上がって言った。その先生は私たちの前でニコッと笑うと、
「裕奈ちゃんは大丈夫ですよ。少しお話があるので、こちらの部屋に来てもらえますか?」
私たちはその先生に連れられて、近くの個室に入った。その部屋の中は診察室だった。黒い大きないすに少し年をとった先生が腰をかけていた。
「うーん。あ、松井君、2人にいすを」
「はい。須田先生。ただいま」
なるほど、若い方が松井先生で、ちょっと年寄りが須田先生か。松井先生が良く保健室にありそうないすを2つ並べた。私たちはちょっと頭を下げて、いすに腰掛けた。
「うーん。でね、江籠さんね、裕奈ちゃんのことなんだけど、一週間入院ね」
え?入院?裕奈そんなに悪いの?
「あの、裕奈は」
愛李姉ちゃんが申し訳なさそうに聞く。すると先生がごほんと咳払いをした。
「うーん。記憶喪失だね。ひどくもないけど、軽くもない」
先生がそう言ったとき私の頭の中が一瞬にして真っ白になった。
「じゃあ、私たちのことも忘れてるんですか? 治るんですか?裕奈はどうなるんですか」
私は無意識に先生の肩を揺らしていた。
「なな子。やめなさい。先生、どうなんですか。裕奈は治りますか?」
愛李姉ちゃんは私を先生からはがすと、改めて先生に聞いた。先生は少し気難しい顔になると、腕を組みながら、
「うーん。でもね、記憶って言うのは脳だけの問題じゃないからね。こう、体で覚えてたりするからさ、うーん。過去のデータで、確実にもどらないはずだった記憶が戻っちゃった症例もあるからね。治せないこともないね。うーん。でもね、裕奈ちゃんを治すとしても、僕たちは正直裕奈ちゃんのこと何も知らないから医学的なことしか出来ないんだよね。2人には裕奈ちゃんの記憶を取り戻すために、努力はしてもらわないとね」
先生の言葉に私たちは顔を合わせて、同時に頷いた。私たちの気持ちは同じだった。
「大丈夫です。裕奈のためだから。ね、なな子?」
愛李姉ちゃんが私の手を握る。愛李姉ちゃんの手は震えていて、とても冷たかった。私は愛李姉ちゃんの顔をゆっくり見あげると、大きく頷いた。裕奈を助けたい。その気持ちは絶対に変わらなかった。そんな私たちの姿を見て、須田先生がにこりと笑う。
「よかった。僕たちも裕奈ちゃんが少しでも良くなるように手は尽くしますから。みんなで一緒に頑張りましょう。まあ最終的には本人の自覚なんですがね。さあ、裕奈ちゃんの部屋に行きましょう。きっと1人で寂しいはずですから」
須田先生が黒いいすから腰を上げる。私たちも続いて立ち上がり、須田先生と松井先生の後ろをついていった。エレベーターで3階に上がり右に曲がって4番目の部屋が裕奈の部屋だった。3階は小児病棟らしく、小さな子供やその親たちがロビーで遊んでいた。「江籠裕奈」と書かれた部屋の引き戸を須田先生がゆっくりと開けた。
「裕奈ちゃんご機嫌いかがですか? お姉ちゃんたちが来てますよ」
須田先生は低い声で言いながら裕奈に近づいた。
「さっきの先生ですか? ありがとうございました」
裕奈はベッドに寝ていたらしく、上半身をゆっくり上げるといつものおっとりしているけどはっきりした声でそういい、一礼をした。ほんとに何も変わってない。いつものやさしそうな裕奈だった。それから裕奈は私たちの方をじっと見た。何かに詰まった顔をしている。
「江籠さん。話しかけてあげてください」
松井先生が私たちの肩をたたく。愛李姉ちゃんは私を見ると裕奈のベッドへむかった。私も後ろに続く。
「裕奈。覚えてる? 愛李だよ。」
裕奈は愛李姉ちゃんをじっと見る。何か言いそうないわなさそうな顔をした。
「なな子だよ。覚えてる?」
私は裕奈の手を握った。やっぱり愛李姉ちゃんと同じ反応だ。裕奈はポカンとしていた。裕奈、本当に私たちのこと覚えてないの?あの裕奈には戻らないの?愛李姉ちゃんは裕奈の肩を揺さぶる。
「裕奈? 裕奈!」
すると裕奈は我に戻ったような顔になる。
「あ、愛李姉ちゃん?なな子姉ちゃん?」
裕奈はいつもの声でそう言った。裕奈は私たちを覚えていた。嬉しくて嬉しくて言葉に出来なかった。
「裕奈ー」
私たちは裕奈力強く抱きしめた。裕奈も嬉しそうな表情を見せて抱きしめ返してくれた。
「よかった。少し記憶はあるみたいだね。希望が見えてきたぞ。でも、入院している間は芸能活動はお休みしてね」
須田先生が裕奈と同じ目線までしゃがみこんで言う。
「はい。分かったね、裕奈」
愛李姉ちゃんが裕奈に言う。でも裕奈はきょとんとした顔をして、
「ん? 芸能活動? 裕奈そんなことしてたっけ?」
と、不思議そうに聞いた。え?裕奈?覚えてないの?私のことを覚えていたから、きっともっといっぱい覚えてると思ったのに。私は一気に肩を落とした。愛李姉ちゃんも残念そうな顔をしていた。
「なな子、ちょっといったん帰ろう。整理したい」
愛李姉ちゃんが震えた声でそう言った。今まで聞いたことのない声だった。私はただ小さくうなずくことしか出来なかった。
「裕奈また来るね」
愛李姉ちゃんが必死に笑顔をつくりながら裕奈に微笑んだ。
「うん。じゃあ、またね」
私たちは先生に頭を下げて、裕奈に手を振って病室を出ていった。裕奈はいつもの太陽のような笑顔で私たちに手を振った。まるで、何事もなかったように。裕奈の顔を見ていると、裕奈に記憶がないなんて……思えるはずがなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます