第4話 構造遺伝界

(九州民報6月21日付掲載のコラムより)


 先週宮崎で起きた避難民と地元住民との衝突をきっかけに、JR九州の「四国避難民全面受け入れ」政策についての議論が再燃している。筆者はこの問題について十年以上取り組んできた立場から、本記事では横浜駅の伝搬原理と住民避難の実態について解説したい。

 まず多くの人が誤解している点について触れておこう。四国の横浜駅化が深刻化しているにも関わらず住民の避難が進まないのは、多くのメディアで言及される市民団体の運動によるものではない。単純に、四国から九州への輸送能力の物理的限界によるものである。

 このことについて理解するために、横浜駅の拡張原理について判明していることを改めて概説しよう。

 瀬戸大橋への横浜駅の侵入を許したことはJR四国の最大の失態として語られるが、筆者はそうは思わない。歴史上のあの時点では、まだ横浜駅のその恐るべき生態が正確にわかっていなかった。このため、大阪まで横浜駅が到達した時点で大鳴門橋・瀬戸大橋を落として横浜駅を食い止めるという計画は、当時の社会事情に鑑みて妥当なものであった。現代の知識で当時の意思決定を裁くのは愚かなことだ。

 当初、横浜駅は単に線路沿いに増殖する建築物にすぎないと思われていた。駅がその建築としての増殖に先行し、横浜駅構造遺伝界と呼ばれる情報担体を伝搬させていくことが判明したのは、歴史上において瀬戸大橋爆破のまさにその時であった。爆破された瀬戸大橋が、まるで意思を持つかのように再生していく様は悪夢のようだった、と当時の記録ドキュメンタリーで証言されている(参考リンク1)。

 横浜駅構造遺伝界(以下、単に構造遺伝界と記す)の伝搬速度は物質により異なるが、金属において最も速い。横浜駅拡大がまず線路沿いに行われるのはこのためであろう。それ以外にもコンクリート等、およそ固体物質であれば何にでも「感染」することが可能である。一方で電解質を含む水には弱く、物質を海水に長時間浸しておけば構造遺伝界が散逸することが知られている。また固体でも、あまりに小さいものの内部では長時間存在できない。土壌への感染については不明な点が多いが、水分をある程度含むものであれば感染しないと考えられている。

 JR九州の科学部門によると、構造遺伝界の実態についてはDNAのような分子性物質ではなく、固体物質内に存在する量子状態と考えられている。正確な拡大範囲はまだ分かっていないが、瀬戸大橋爆破作戦の時点ではすでに香川沿岸部に構造遺伝界が侵入していたとされる。

 いずれにせよ、この時点で四国を本州から分断することは不可能となった。現在、しまなみ海道を含む三箇所で横浜駅の食い止め活動が行われているが、四国全体は今世紀中に横浜駅化するものと予想されている。この事態を受けて、JR九州では四国の難民受け入れを決定した。しかし避難において最大の懸念事項となるのが、構造遺伝界の九州への感染であった。

 先述のとおり、横浜駅はほぼあらゆる固体物質に伝搬する。ただし固体サイズがあまりに小さいと安定して存在できない。また、人体など液体を多く含む物質には感染しない。したがって問題となるのは、避難における船自体への横浜駅感染である。

 たとえばここに大型トラックが一台あるとしよう。このトラックを九州に持ち込むにあたって、横浜駅に感染していないかを確認する必要がある。方法は簡単だ。鉄球をぶつけて破壊し、数日放置して勝手に直れば横浜駅である。簡単だが、およそ最も役に立たない確認方法といえる。必要なものは破壊され、持ち込みたくないものだけが直ってしまうのだ。

 筆者は先月、避難船管理局への取材を行った。彼らは愛媛・佐田岬から出港した船を大分・佐賀関で受け入れると、すぐにその船を解体してしまう。その状態で海水に一週間ほど浸しておき、構造遺伝界を十分に散逸させると再度組み立て作業を行う。船は高度にモジュール化されているため分解・組立は迅速だが、それでも月に二往復が限度だという。避難作業がいっこうに終わらないのは、まさにこの物理的な輸送能力の限界にある。

 この手続は多分に安全マージンを見込んでおり、数十年にわたる避難作業にも関わらず九州への横浜駅感染はごく僅かな例外(参考リンク2)を除いて発生していない。しかし市民団体からは、安全性に対する批判の声が強い。管理局の職場の周辺でも月に数度はデモ行進が行われ、避難した四国の子供が学校でいじめに合うなどのトラブルも多く報告されている。避難民との間には経済格差の問題もあり、彼らの多くが関門海峡の防衛線に送られているという。

 関門海峡防衛線は九州を横浜駅から防衛する、最初にして最後の拠点と考えられている。瀬戸大橋の「悪夢」が報告されてすぐに関門海峡大橋を破壊し、防衛体制を確立したJR九州軍部の判断は有能であったといえよう。感染可能性のある物質を極力排除した木造の要塞は、2000年前のモンゴル帝国襲来もかくやと思わせる。

 しかし、現在の我々の敵は騎馬力を主体とした帝国などではない。拡大を諦めるという概念をそもそも持たない無機的な建築物である。防衛戦が終わる可能性があるとしたら、それは関門海峡が突破され、九州が横浜駅に呑まれること以外にありえないのではないか。

 実際、四国のみならず九州の住民にも、SUICAを体内に入れて横浜駅を受け入れるべきという声も多い。拡大する横浜駅は確かにこの美しい日本の大地を全く別物に作り変えてしまうが、内部の経済は豊かであり、一人あたりGSP(駅内総生産)は四国住民の数倍であるという。何より、自動改札と呼ばれる機械兵士により治安が完全に維持されているという点が大きい。

 かの兵士たちは「横浜駅構造の破壊」「SUICAを持つ住民への暴力行為」「SUICAを持たない人間の不法侵入」以外には一切の関心を持たない。一方、JR九州の統治する地域では、軍と民間人の衝突による流血沙汰が絶えない。

 このような状況を踏まえて筆者は改めて問いたい。横浜駅と終りのない戦争を続けることが果たして正義なのか。人類はその歴史のはじまり以来、人間による統治に何度も失敗してきた。統治に必要な暴力は、ごく些細な心理的きっかけで暴走を起こす。冬戦争などはその最たる例だ。横浜駅は人類史上はじめての、人類の意思によらない暴力を用いた統治形態なのだ。これこそ人間社会の至るべき姿だという横浜駅肯定派を退ける理念を、果たしてJR九州は持っているのだろうか?


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