ワンコと兄貴(2)

「お、わたる! 帰んのか?」

遼太郎りようたろうくん…」


 佐藤からプリントを貰ったその日の放課後。

 それらが入っているファイルを見ながらため息を吐く亘に声をかけてきたのは、孝太郎の兄である坂本遼太郎だ。

 肌寒い季節でも、外で半袖短パン姿の彼に苦笑する。


「美由んとこ行くのか」

「…まあ。先生にもプリントお願いされたから」

「早く仲直りしろよ!」

「うん…」


 背中をバシッと叩かれた亘は、その痛さに思わず叫ぶ。


「あははは! わりぃわりぃ」

「……ねえ、遼太郎くん」

「ん?」


 いつも周りに誰かいる。自分の意見を持っている。

 そんな彼に比べて僕は、そう考えてしまう自分が嫌だった。

 勢いに任せてあんなことを言ってしまった自分が嫌いだった。


「美由ちゃんと、どういう関係…?」


 亘の手にあるファイルが歪む。

 聞きたくないことだった。でも聞かなければ、自分はこの場から逃げるだろう。そう感じていた。

 昔みたいに逃げたくなかった。彼女みたいに強く在りたかった。


「幼馴染だよ。ただの」

「……」

「孝太郎の面倒とか見てくれる、良いやつ、っていう印象かな。普段は口が悪くないんだ。知ってるだろ?」

「うん…」

「あいつ、昔から照れると口が悪くなるんだ。だから、亘といると口が悪くなって、思ってもいないことを言うんだって」

「……」

「睨むなよ。事実だからな? あとは、そーだな…。これ言ってもいいのか? ん~~~~…」

「教えて!」

「いや、でも…………あああぁ!! 分かった、言う!」


 髪を掻きながら、遼太郎はそう叫んだ。


「あいつには言うなって止められてたんだ。でもこんなことを教えれば仲直りするなら安いもんか」

「はやく」

「あははは。――いつもあいつ、亘の前では態度とか口が悪くなるだろ? それの反省会をしてるんだよ」

「え?」

「その日やらかした自分の行動を反省して、もしこうしていれば良かったんじゃないか、とかを復習してるんだよ。それを見たときびっくりしたわ。たまたま母親の用事であいつの母親に用があるときちょうど留守でさ。借りてた合鍵で家に入った――」

「ちょっと待って」

「ん?」

「なんで合鍵持ってんの」

「親同士が仲良いからだよ」

「現代の世の中で仲が良いからって合鍵持たないし渡さないよ。何なの、やっぱり付き合ってんの、親御さん公認なの?」

「付き合ってねぇーって! あいつのことになるとお前はそうなるのか!?」

「それで、勝手に家に上がって彼女の反省姿を見たの?」

「あ、ああ。たぶん、今もやってると思うぞ。人形に向かって」

「ありがとう、遼太郎くん! 僕謝ってくる!!」


 なんだかすっきりした表情で、元気よく走って行った。

 そんな彼の姿に呆然としていた遼太郎だったが、次第に笑いが込み上げてきて腹を抱えて大声で笑い始めた。

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短編ミルフィーユ 慧 黒須 @kross_72

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