第五章 ~『現れた脅威』~


 夜の帳が落ちる頃、パン屋の閉店準備を進めるアリアは、手伝いをしてくれているイリスとキルリスを微笑まし気に見つめていた。


(まるで本当の姉妹のようね)


 赤髪と銀髪。どちらも異性から好まれる髪色ではないが、二人に悲壮感はない。イリスは山田という亭主を手に入れたことが心の平穏を生み、キルリスは売れ残りのパンを口にしては幸せそうな笑みを浮かべていた。


「……キルリスちゃんは好きな人とかいないの?」

「いるよ」

「え? いるの?」


 アリアは予想外の反応に驚くも、意中の相手が誰なのか気になってしまう。


「差し支えなければ、誰なのか聞いても良い?」

「いいよ。まずは山田さん」

「え!?」


 アリアはキルリスの意中の相手が山田と知り、驚愕で目を見開く。なんだかソワソワとした不安げな態度で手にした食器を木棚に仕舞う。


「あと兄さんも好きかな。アリアさんもイリスさんも」

「そういう好きね……ちょっとびっくりしちゃったわ。恋人になりたい人はいないの?」

「う~ん。いないね」

「キルリスちゃんは花より団子か」


 キルリスの好きが恋愛感情ではなく、友好感情だと知り、アリアはふぅと小さく息を吐く。恋のライバル出現が未遂に終わったことによる安堵のため息だった。


「あれ? お客さんかな?」


 店の扉が開かれたことを知らせる鈴の音が鳴る。店外には営業終了の看板を立てているが、気づいていない客が入ってきたのかもしれない。


「ちょっと見てくるわね」

「アリア、私も付いていきます」

「私一人で大丈夫。イリス姉様はキルリスちゃんと一緒にいてあげて」

「いえ、なんだか嫌な予感がします。ただの杞憂だとは思いますが……」

「なら私も付いてくよ」


 結局三人で夜の来訪者を確認することに決め、パンが並ぶ店内へと移動する。そこには彼女たちの知る顔が待っていた。


「あの人は……公爵さん?」


 獅子のような金色の髪と鋭い眼つきをした男が、パンのなくなった店内で視線を巡らせている。


「隣にいるのは……」

「エネロア姉さん!」


 公爵の傍には桃色の髪をした狐耳の少女がいた。訪問者がキルリスの姉であるエネロアだと知り、イリスは小さく安堵の息を吐く。


「てっきり敵かと思いましたが、私の勘は外れたようですね」

「いいえ、あなたの勘は正しいわ。私たちはそこにいるアリアを捕まえにきたの」

「え?」

「邪魔をしたければすればいいわ。でもあなたたちに止められるかしら」


 エネロアが無警戒にアリアへと近づこうとする。そんな彼女の前に立ちはだかったのは同じ赤い髪をしたキルリスだった。


「エ、エネロア姉さん。アリアさんを連れていくのは私が許さないよ」

「あら? あなたに何ができるのかしら?」


 エネロアはキルリスの間合いに入ると、彼女の腹部を殴りつける。キルリスは何もできないままに膝を折り、そのまま気を失った。


「あなた、妹を……ッ」

「愚かだったのよ。そして私に勝てる者はこの場にいない。諦めて降参することね」


 イリスはエネロアの前に立ちはだかると、銀色の髪を揺らしながら、朱色の瞳で敵を見据える。


「私ならあなたに勝てます」

「凄い自信ね……」

「それを証明してみせます」


 イリスは油断しているエネロアとの間合いを一瞬で詰めると、彼女の腹部を殴りつける。空気を裂くような破裂音を残し、エネロアは店の壁を突き抜けて、店外へと吹き飛ばされた。


「イリス姉様、あんまり店を壊さないでよ……」

「ご、ごめんなさい」

「でもいいわ。これで脅威は去ったし」

「いいえ、もう一人います」


 イリスは公爵に鋭い視線を向けると、彼は戦う前から勝敗を悟ったのか、「私は悪くないのだ!」と言い残して、店の外へと逃げだす。


「私は二人を捕まえるので、アリアは『転移魔法』で避難してください」

「で、でも、イリス姉様……」


 イリスはアリアの心配を背に、店の外へと駆けだす。アリアはイリスなら心配ないと思いながらも、保険を掛けるべく行動に移るのだった。


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