第五章 ~『エネロアとの決闘』~
イリスがエネロアを吹き飛ばした方角へと進むと、噴水が置かれた広場で桃色の髪を逆立てるエネロアと彼女の陰に隠れる公爵の姿があった。
「私を傷つけるなんて、思ったよりも強いのね」
「課金していますからね」
イリスは仕事で手に入れた金をすべて山田に献上している。しかし彼は事あるごとにプレゼントと称して、遠回りに返金していた。
イリスは数々のディールで稼いできた金を課金することで、エスティア王国でも山田に次ぐ実力者へと成長していたのだ。
「でも私の敵ではないわ」
エネロアの姿がイリスの視界から消えると、まるで瞬間移動したように彼女の眼前に現れる。イリスは動体視力に自信があったが、彼女の目でもその動きを捉えることはできなかった。イリスは戸惑いながらも迫り来る脅威を予感し、腹筋に力を入れる。
エネロアはイリスの腹部に拳を突き刺す。殺さないように加減されていたこともあり、イリスはその場で何とか耐えきる。臓器にダメージが入ったのか、口の端からは血が溢れていた。
「その動き……速さの次元を超えていました。不可解ですね」
「…………」
「旦那様から桃色の髪をした剣闘士が『時間魔法』を使うと聞いたことがあります。もしかしてあなたがそうなのですか?」
「…………」
エネロアは何も答えないが、イリスは瞬間移動の正体が『時間魔法』だと確信を抱く。彼女は記憶の奥底に眠る『時間魔法』に関する情報を思い出す。
『時間魔法。時間に特定の操作を行える。操作内容により消費魔力が異なり、時間停止・時間加速は消費魔力が比較的少ないが、時間逆行・時間進行は消費魔力が膨大である。操作できる時間は魔力量に応じて変化する』
「魔法は精神が安定していなければ使えません。使う暇を与えないほどの連撃であなたを倒します」
イリスが両手を前に構えると、驚異的な身体能力で間合いを詰める。そして勢いをそのままに拳を振り下ろす。しかしエネロアは口元に浮かべた笑みを崩さない。イリスの拳を遮るように、硝子細工のような透明の盾が出現したのだ。
「忘れたの。私は一人じゃないのよ」
魔法の盾を出現させたのは公爵だった。彼はエネロアのサポートをするためにここにいるのだった。
「今度は少しだけ本気を出すわ」
エネロアはイリスの腹部に再度拳を突き刺す。単純な力だけでなく、『時間魔法』により加速された拳は、イリスの意識を刈り取るのに十分な威力だった。イリスは膝を折って、その場に倒れこむ。
「これで邪魔者はいなくなったわ」
「いいや、まだ俺がいるぞ」
気を失ったイリスを見下ろすエネロアは、敵意を感じて身体を硬直させる。敵意を発していたのはイリスの旦那であり、エスティア王国の国王である山田だった。
「な、なぜ、山田様がここに?」
「アリアは『転移魔法』が使えるんだ。イリスが敗れた場合の保険として、俺に助けを求めていたのさ」
魔王領最強の一角ライザックを倒した山田の出現は、エネロアにとって想定外の事態であったが、現れた以上は戦いを避けられないと知り、臨戦態勢に入る。
「わ、私は、盾で防御に徹する。エネロアよ、頼んだぞ」
公爵は自分の周囲に魔法の盾を生み出し、空中に展開させる。付け入るスキのない鉄壁だと公爵は不敵な笑みを浮かべるが、山田はそんな彼の自信を打ち崩すように、公爵の眼前へと一瞬で移動する。
「無駄だ、私の盾の前では!」
「無駄なのはその柔い盾の方だ」
公爵は空中に浮かぶ盾を幾重にも重ねて防御を強化するが、山田は構うことなく盾の上から拳を叩きつける。
硝子が割れるように魔法の盾は粉々に破壊されていくも、拳の勢いは止まらない。一枚、二枚と、盾が割れ、山田の拳は公爵の顔に突き刺さる。
公爵は振るわれた拳の威力に耐えきれず遥か彼方へと吹き飛ばされる。彼は顔への痛みに悶えながら、「エスティア王国に関わるんじゃなかった」と後悔で涙を流すのだった。
「さて残るはエネロアだけだな」
「や、山田様、わ、私は……」
「キルリスの姉だからな。可能な限り手加減してやりたいが……イリスを傷つけられた怒りが、俺の理性の邪魔をする」
山田はエネロアとの間合いを一瞬で詰める。エネロアは『時間魔法』を発動させることで、彼の動きを予想する。
(わ、私の魔法ならどんな攻撃も躱せる……ッ)
未来予知が見せた光景は、エネロアが吹き飛ばされている瞬間だった。未来を予知しても躱せない速さの一撃。エネロアは口元に笑顔を浮かべる。
「これでこそ私の好きになった山――」
エネロアの腹部に山田の拳が突き刺さる。あまりに速く、あまりに強い一撃は、彼女を遥か彼方へと吹き飛ばす。予知した光景と同じように彼女は山田に敗北したのだった。
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