第四章 ~『平和のための噂』~
山田は談話室でいつものように新聞を読んでいた。目を通すのは芸能欄でも放送の番組欄でもなく、魔王領の経済政策に関する解説欄だった。そこには魔王領のブルータス地区がとうとう公定歩合を下げると記されていた。
「思い通りに事が進んでいるな」
「うふふ、旦那様が嬉しそうで私も嬉しいです♪」
イリスが慣れた手付きで山田のために紅茶を入れる。今朝の紅茶はほんのり甘いミルクティーだった。
「時は来た。魔王領へ行くぞ」
「駄目ですよ、旦那様。我々は戦争中なのですよ」
もし戦争になれば軍を率いる山田の存在は必要不可欠だ。彼の不在にブルースが進軍してくることがあれば、戦うまでもなく敗北を喫することになる。
「……そもそも戦争になれば俺たちは勝てない」
エスティア王国の軍隊と魔王領の軍隊では大人と子供ほどの戦力差がある。結果は火を見るより明らかだ。
「だから俺たちが勝利するには進軍される前に勝利する必要がある」
「ですが……私は心配で……」
イリスはエスティア王国の姫である。彼女が国を心配する気持ちは当然だった。
「安心しろ。手は打ってある」
「何か策が?」
「既にリーゼたちが戦ってくれている」
「リーゼ? ですが彼女の戦闘力はないに等しいはずですよ」
「知っているさ。リーゼには情報戦をお願いしているんだ」
山田はリーゼにお願いし、コスコ公国がブルースを裏切る準備を進めている飛言を流布させていた。
「その噂を信じてくれるのでしょうか?」
「説得力は十分さ。まず一つにライザックの敗北だ。魔王領最強の男が敗れたのだから、手の平を返してもおかしくはない」
「王の強さは資金力の証明になりますからね。エスティア王国の軍隊が過大評価されても不思議ではありませんね」
「それと魔王領はコスコ公国に戦費の負担をさせているそうだ。そのことを公爵が恨んでいると噂を広めてある。裏切る要因はいくらでもあるんだ」
和平条約は破ると賠償金を支払う義務が生じるものの、裏切ることが不可能なわけではない。可能性があれば人は警戒せずにいられない。
「コスコ公国とエスティア王国による挟撃のリスクを恐れて、しばらく魔王領は動けませんね。さすがは旦那様。見事なご慧眼です♪」
「そう褒めるな。この方法での平和はいつまでも続かない。調査すれば、必ず真実に辿りつく。それまでに手を打たないとな」
「その手とは……以前教えて頂いたサブプライムローンですか?」
「その通りだ。ブルース地区で楽しいことが始まるぞ」
山田は喉を鳴らして笑う。彼は国を破壊するような一撃を放とうとしていた。
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