第二章 ~『空間魔法の習得』~


 山田たちは魔王闘技場と魔王放送局を手に入れたことで、エスティア王国に大きな利益をもたらした。前者の魔王闘技場は観光資源である賭博場の収益をすべてエスティア王国の国庫に入れることができたし、魔王放送局はその宣伝力を使うことで、他国から観光客を集めることに成功した。


 国際問題に発展する危険も、魔王放送局の社長にドレイクが就任したことと、正面からエドガーを倒した山田の実力が評価されて、上手く回避することができた。


「勝てて本当に良かったな」


 山田とイリスは談話室で報道番組を視聴していた。流れているのは山田がエドガーを倒した映像で、コメンテーターたちが「イリス姫は素晴らしい旦那を捕まえた」と称賛していた。


「旦那様が評価されたようで嬉しいです♪」

「俺もイリスがブス姫呼ばわりされなくなったようで嬉しいよ」


 パートナーが優れていると、それを射止めた相手も再評価されるのか、コメンテーターたちも「イリス姫は美人ではないものの、きちんと人間の容姿をしている」と、直接的にブスだと馬鹿にすることはなくなった。


「今回の案件で得た報酬、イリスは本当に受け取らないのか?」


 一般的なファンドでは、プロジェクトが出した利益の一割をメンバーのボーナスとして配分する。特にファンドマネージャーのように利益に大きな貢献をした者は最大五パーセント近い報酬を得ることができる。イリスは彼の業務を献身的に支えていたため、十分に報酬を受け取る資格があった。


「今回の成果は旦那様がいてこそのものですから」

「だが金額が金額だ。本当に受け取らなくていいのか?」

「私はお金を得るよりも旦那様のお役に立てることの方が嬉しいですから。どうぞご自由にお使いください♪」

「なら好意に甘えるとするよ」


 今回の案件で得た純利益は金貨二千万枚であるため、金貨百万枚が山田の報酬になる。小さな街なら丸ごと買えるだけの金を手にした彼は何がしたいかを考える。


「折角ファンタジー世界にいるんだ。他にも魔法が使えるようになりたいな」


 山田はコンソールを表示し、必要課金額が高い順に魔法を並べてみる。一番上に出てきた魔法が丁度金貨百万枚だった。


「イリスに聞きたいんだが、『空間魔法』ってどんな魔法か分かるか?」

「五大魔法の一つですね」


 魔法の中でも特に強力な五つの魔法を五大魔法と呼ぶ。『空間魔法』以外の『時間魔法』『蘇生魔法』『洗脳魔法』『神天魔法』も五大魔法に区分される。


「旦那様は魔法がお得意なのですね」

「どういうことだ?」

「金貨百万枚で『空間魔法』を購入できる方はそういませんよ」

「そういや才能に応じて必要な課金額が違うんだよな。金貨百万枚でも安いのか?」

「はい。参考までに私の必要課金額をお見せしますね」


 イリスがコンソールに『空間魔法』の必要課金額を表示する。そこに記された数字は金貨百億枚だった。他にも能力値の向上に必要な課金額をチェックすると、山田より必要金額が桁外れに多い。


 山田が能力値をカンストするのに必要な課金額は金貨一万枚だ。たったそれだけで、あの馬鹿げた力が手に入るのに、なぜ他の人はやらないのか疑問に思っていたが、その答えがそこに記されていた。


「旦那様は天才ですね。能力値をたった金貨一万枚で最大値にした者など今まで聞いたことがありません」

「前例がないほどの天才か。なんだか嬉しいな」


 山田は投資銀行時代、金融界で恐れられてきたが、その力は彼が泥臭い仕事の果てに手に入れた努力の成果だった。初めて才能と呼べるものを手に入れることができたかもしれないと、彼は頬を緩める。


「だが本当にカンストしている奴は他にいないのか? 世の中には石油でシャワーを浴びるような大富豪もいるんだろ?」

「石油が何かは分かりませんが、お金持ちは確かにいます。ただ能力値の向上は限界値に近づけば近づくほど加速度的に課金額が増えていき、才能のない者だと能力値を少し上げるだけでも金貨一億枚以上必要になるとのことですから」

「それなら十分な値まで上げたら、途中で課金を止めてしまうな」

「ただ能力値は限界値に近づけば近づくほどに加速度的に効果も発揮するんです。カンストしている旦那様と途中で妥協した者では実力に天と地ほどの差が生まれます」

「恐ろしい世界だな」


 金さえ費やせば最強になれる世界で、その限界値までの道のりが人によって異なるのだ。地球のソシャゲでそのようなことをすれば炎上間違いなしである。


「そういや課金額は個人の才能だけで決まるのか?」

「いいえ。種族によっても必要な課金額は変わりますよ」


 例えばエルフは魔力を向上させるのに必要な課金額が少ないが、それ以外の能力値を向上させるには莫大な金を積まないといけない。対照的にドワーフは魔力を中々上げられない代わりに、体力や身体能力は簡単に上がる。


「人間種に能力向上の傾向はあるのか?」

「人間は種族補正がほとんどなく、それ以上に個人に依存する部分が大きいです。例えば同じ血をひいていても、私は魔法が苦手ですが、アリアは魔法が得意ですからね」


 イリスは魔法の天才であるアリアですら『空間魔法』は習得できていないと続ける。その話を聞けば聞くほどに、山田は自分の才能を自覚していった。


(天才割引で『空間魔法』がお手頃価格で手に入るんだ……なら迷うことはない)


 金貨百万枚を費やし、五大魔法の一つである『空間魔法』を購入する。大金を費やしての買い物に手が震えるが、購入ボタンを無事押すことに成功する。山田が最強の魔法使いに仲間入りした瞬間であった。


「そういえば旦那様……」

「どうかしたか?」

「大きな仕事が一段落しましたね……」

「そうだな」

「今までは仕事が忙しく、寝るタイミングも別々でしたね」

「言われてみればそうだな……」

「結婚したばかりだというのに、夫婦の時間が取れていないと思うのです……」

「…………」

「そろそろ夜も遅いですし……一緒に寝ませんか?」


 イリスが気恥ずかしそうに、手をモジモジと動かしている。シミひとつない白い肌が、照れを隠し切れずに赤く染まる。


「先にシャワーを浴びて、寝室でお待ちしています……私、旦那様のことを待っていますから……」


 イリスが一人先に談話室を後にする。山田はリーマンショックを超える衝撃体験の始まりに胸を高鳴らせるのだった。


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