第二章 ~『エドガーとの決闘』~
山田はエドガーと決闘をするために、王国内にある闘技場を訪れていた。円形で囲われた観客席の中央に位置するリングの上で、対戦相手が到着するのを待っている。
「旦那様、凄い観客の数ですね」
「だな」
闘技場の観客席は空席が見当たらないほどに大勢の人で溢れていた。観客の多くは魔王放送局や魔王闘技場の従業員たちだ。彼らは新しいオーナーが誰になるのかを見届けるために集まっていた。
他にはエスティア王国の国民たちの姿もある。彼らは新しい国王の雄姿を一目見ようと駆けつけたのだ。
「この決闘は世界中に放送されるからな。もし負ければ、これからの人生を敗北者として生きることになる」
「旦那様……私、心配です」
「心配しなくても大丈夫さ。俺の実力は知っているだろ。万に一つも負けるはずがない」
山田は自信に満ちた態度でエドガーの到着を待つ。そして試合開始の三分前になった頃、エドガーは闘技場へと姿を現した。
「随分と遅い到着だな」
「始まる前から私の勝利が決まっている戦いだ。余裕になのも当然だろう」
「余裕はすぐになくなるさ」
「人間の分際であまり調子に乗らないことだ……命乞いをした時に私の慈悲が期待できなくなるぞ」
エドガーは声こそ落ち着いているものの、眉根を吊り上げて怒りを露わにしている。内心では買収の危機に晒されたことが悔しくて仕方がないのだ。
「怒りを感じるのは筋違いだ。なにせ俺はルールに則って経済活動をしているだけだからな」
「不意打ちのような真似をしたくせに何を言うかっ」
「違法ではないんだ。文句を言われる筋合いはない」
エドガーは黒い羽をピンと張る。彼は吸血族という種族で、怒りのボルテージが頂点に達すると、羽で威嚇する特性がある。
「降参すれば命だけは許してやる……」
エドガーは鋭い目つきで山田を威嚇するが、彼はその威嚇に対し失笑で返す。上から目線な彼の提案に怒りを通り越して笑いが込み上げてきたのだ。
「何が可笑しいのだ!?」
「自分より格下の相手に脅されるのが、こんなにも滑稽だなと思わなくてな」
「馬鹿にするなよ、人間!」
エドガーは掌に魔力の球体を作り出し、それを空中に向かって放つ。魔力の球体はレーザーのように飛んでいき、青い空を魔力の闇で黒く染める。
「見たか、人間! これが種族の差だ! 我々魔族が魔法を使えば低位魔法でさえこの威力となるのだ!」
さぁ震えるが良いと言わんばかりに、エドガーは哄笑する。だが機嫌が良いのは山田も同じだった。彼は鑑定スキルで調べておいたエドガーの能力値を思い出す。
エドガーは魔力だけ突出して高いが、それ以外の能力値は山田の半分以下にすら達していない。赤子と大人ほどに能力値は差が開いているにも関わらず、エドガーは「これが種族の差だ!」と粋がるのだ。山田は下唇を噛みしめて、何とか笑いを噛み殺した。
「人間。私の力を見ても恐れていないようだな」
「恐れるはずがないさ。同じようなことは俺にもできるからな」
山田はエドガーがしたように魔力の弾丸を空中に放つ。青空へと高く昇っていく魔法の弾丸は、空で炎の爆発となり、疑似的な太陽を作り出す。遥か遠くにいるはずの炎が、地上の観客たちを熱気で包み込んだ。
「見たか、魔人。これが人間の力だ」
「まさか……人間にこんな力が……」
エドガーは驚きのあまり、目を見開いて驚く。それは彼だけでなく観客たちも同じであった。
観客たちは魔王領でも有数の実力者であるエドガーが当然のように勝つと信じていた。だがリングに上がるエスティア王国の国王はそんな彼に匹敵する力を示した。試合はどちらが勝つか分からないからこそ面白いのだ。観客たちの割れるような声援が闘技場を埋め尽くす。
「さて場も盛り上がったことだし、試合開始といこうか」
二人の対決が始まり、全世界への放送も開始される。エドガーは額に汗を流しながらも、鋭い視線を眼前の山田へと向ける。
「魔力が優れているからと粋がるなよ、人間」
魔力で負けても体術なら負けないと、エドガーは山田へと接近し、腕を振り上げる。しかし山田の動体視力の前では、彼の一挙手一投足が隙だらけに映った。
「ほれっ」
山田はエドガーの振り下ろされた拳を指一本で受け止める。圧倒的な力は絶望を生みだす。エドガーは防がれた拳を再度振り下ろすが、それもまた呆気なく防がれる。自分の全力が相手にとって蚊ほどの脅威にもならない現実は、エドガーの目尻を涙で濡らした。
「泣いても遅い。俺はお前を許さないと決めていた」
山田は拳を握りこむ。死なないように手加減しつつも、気が晴れるくらいには思いっきり力を籠めると、エドガーは迫り来る脅威を感じ取ったのか、ガタガタと歯を震わせる。
「俺の嫁をブス姫呼ばわりしやがって。反省しろ!」
山田はエドガーの腹部を殴りつけると、殴られた衝撃が嵐を巻き起こし、観客席に突風が吹き荒れる。
山田の拳が突き刺さったエドガーは宙を舞い、闘技場の外、遥か彼方へと吹き飛ばされる。その様子を眺めていた観客たちは驚きで目を見開き、イリスは「さすが旦那様」だと尊敬の眼差しを向ける。
「俺の勝ちだな」
山田が勝利を宣言すると会場内に割れるような歓声が響く。魔王闘技場や魔王放送局の従業員たちも新しいオーナーの誕生を認めるように拍手を送る。
「おめでとうございます。旦那様♪」
イリスも山田の勝利を祝い、彼に拍手を送る。彼は照れ臭そうに頬を掻くと、彼女をしっかりと見据える。
「俺が勝つのは当然さ。なにせ俺は外資系投資銀行の――ではないな。三国一の美女、イリス姫の旦那様だからな」
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