第二章 ~『奴隷商店と大株主の理由』~


 山田はイリスと共に再び奴隷商店を訪れていた。店主の男が山田の姿を認めると、媚びた表情で出迎える。


「国王陛下、本日も奴隷を購入しに来られたので?」

「いいや。今日は違う用件できた」


 山田は周囲に控える若い男女の奴隷たちを見渡すと、ニヤリと笑った。


「実はこの店を取り壊そうと思ってな」

「え? いまなんと?」


 店主は山田の言葉が聞き間違いだと信じて復唱を求める。しかし再び彼の口から発せられた言葉は一言一句同じモノであった。


「なぜこの店を?」

「この店、いやあんたが違法行為に手を染めているからさ」

「違法行為……」

「実はな、リーゼを襲った山賊を捕まえたんだ」

「え?」

「色々と情報を聞き出してみたんだが、誘拐されて借金を捏造されたと分かっていながら、山賊から奴隷を買い取ったそうだな」

「ですがそれは……魔人に対しては許されるのが、この世界での通例でして……」

「それはあくまで業界の人間が決めた通例だ。俺が国王になったからには、そんな通例を認めるわけにはいかない。あんたを誘拐幇助の罪で拘束する」

「ま、待ってください! わ、悪気はなかったんです」

「悪気はないか……そうだな、今までは業界の常識だったわけだし、一度くらいなら許してやってもいい」

「か、寛大な処置に感謝します」

「ただし一つ条件がある」

「条件ですか?」

「あんたの持つ魔王闘技場の株を俺に寄越せ」

「え……」


 店主は驚きで表情を歪める。その顔からはなぜ店主が株券を所有していると知っているのか、という疑問が見て取れた。


「どこで知ったのですか?」

「調べれば簡単に分かるさ。こう見えても国王だからな」


 店主は持ち主が自分だと分からないようにカモフラージュするため名義を別人のものにしていた。だが第三者を介在させるということは、尻尾を出すことに等しい。


 誰がどの株券を取引したかは取引履歴を参照することで分かるため、名義人に名前貸しを誰に頼まれたかを訊ねればいいのだ。王の権力を背景にすれば、人は皆饒舌になる。店主を特定することは容易であった。


「それにあんたは一つミスをした」

「ミスですか?」

「フランクを購入したのは魔人だと言ったな」

「はい。エスティア王国に住む魔人が……」

「本当にそうなのかと疑問に思ってな。エスティア王国に住む魔人の中で、奴隷を購入できるだけの富裕層を一通り調べてみたが、フランクを購入した奴は誰一人いなかった」

「それは……」

「さらにだ。魔王領の奴隷が合法な地域への輸出リストも確認してみたが、そこにもフランクの名前はなかった。ならあいつはどこへ消えたのか」

「…………」

「答えを言ってやる。あんたは魔人に奴隷を売った。しかしそれは合法的な奴隷売買ではなく違法な売買でだ」

「…………」

「そう考えるとフランクの取引履歴がないことや、あんたが大株主な理由も見えてくる。魔王領のエドガー地区では奴隷が違法だ。現金でやり取りすればすぐに犯人が分かる。だからあんたは奴隷を売る対価として株券を受け取っていたんだろ」


 山田はフランクがパンを購入する際に金の流れを明確にする必要があると、領収書を受け取っていたことを思い出す。パンを買う金ですら金の流れが明確でないといけないのだ。奴隷のような高額な商品を買うのに、大金を動かせばすぐに違法行為が露呈する。


「あんたが今まで奴隷売買の料金代わりに受け取っていた株券をすべて頂こうか。それがあんたの唯一救われる道だ」


 山田の一言に店主は項垂れながら頷くと、店の奥から株券を持ってくる。それを受け取ると、山田とイリスは店を後にした。


「旦那様、これで闘技場買収は上手くいったも同然ですね」

「だな。すべて想定通りに状況が動いている」


 山田たちが魔王闘技場の株に対してTOBを宣言した直後から、魔王放送局も株の公開買い付けを開始した。魔王闘技場の株価は高騰を始めているが、まだ想定内の株価に落ち着いている。


「これからどうなると考えているのですか?」

「魔王闘技場側はポイズンピルをやってくる可能性が高いだろうな」


 ポイズンピルとは企業買収の防衛策の一つで、既存株主に新株を発行して割り当てることである。今回の既存株主は魔王放送局を指す。つまり分母を増やすことで、全体に対する山田の株の保持率を下げることができるわけだ。


 ただ新株発行は特定の株主を優遇するため、法的に認められないケースも多い。裁判の時間も必要だ。山田は裁判が終わるのを待ってやるほどノロマではない。


「他に可能性としてはクラウンジュエルがあるな」

「クラウンジュエル?」

「戦争でいうところの焦土作戦のようなものだな」


 有力な子会社を売却したり、有力事業のメインパーソンを別会社に転職させたりすることで、会社の魅力を落とし、買収意欲を削ぐ防衛策のことだ。


「自分から魅力になる部分を捨てるわけだから、最後の手段だな」


 やられる前に買収を成功させるけどなと、山田は続ける。


「株の保有率はどんな状況なんですか?」

「店主から手に入れた株のおかげで四十パーセントを超えたな」

「なら残り十パーセントで過半数を超えますね」

「過半数だけでは終わらさない。可能なら三分の二を超える」


 持ち株比率が過半数を超えると、役員の選任などができるようになる。つまりは自分の息のかかった人間を送り込み、会社を支配することができる。


 だが過半数では会社の合併などの重要決議を単独で決定することができない。三分の二の同意が必要だからだ。


 逆に三分の一を握られれば、こちらが通したい重要決議を否認される可能性がでてくる。

魔王放送局が株を買い集める前に、山田は三分の二を取得する必要があった。


「次の一手でチェックメイトだ」

「何か考えがあるのですね」

「ああ。奴らの驚く顔が楽しみだ」


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