第二章 ~『ドレイクとの会合』~


 山田は奴隷たちを購入すると、さっそく買収へと動き出した。裏ではリーゼたちが市場外で投資家から株を買い漁り、表では山田が市場から株を買い漁る。表と裏。両方から集めた株を合わせると、魔王闘技場の発行株の三分の一を取得することに成功していた。


 だが企業買収はこれで終わりではない。山田は過半数を取得するために、TOB(株式公開買い付け)を仕掛けようとしていた。TOBとは市場価格よりも高い金額で株を買い集める方法で、一気に株を集めることが可能な手法だ。


 このTOBを仕掛ける際に、必要なことは既存株主への周知である。地球だと記者会見を開いたり、新聞に広告を載せたりすることで売ってくれる株主を探す。今回の山田も情報を発信するために、マスメディアの力を利用するべく、記者を城に招いていた。


 三人の記者が談話室へと通され、山田の前に座る。二人は若い男で、一人は片目が潰れた中年男だ。記者は木箱のような魔道具を山田へと向けて、フラッシュを焚く。この世界におけるカメラに近い魔道具だった。


「国王、今回の買収の意図についてお聞かせ願いたい」


 ハキハキとした声で、若い新聞記者が訊ねる。


「一番の目的は我が国の宣伝だ。ご存知の通り、我が国は魔法石の採掘と賭博に頼り切っている。宣伝力を強化し、観光客を呼び込みたいのだ」

「それだけが目的ならわざわざ買収する必要はないのでは?」

「もちろんそれだけが目的ではない。我々が設立した政府系投資ファンドは、有望な会社を買収し、そこで得た利益を投資家たちに還元する責務を有しているからな」

「その有望な投資先が魔王闘技場ですね」

「ああ。魔王闘技場は有望な子会社をいくつも抱えている優良企業だ。買収しない手はない」

「なるほど、納得しました」


 山田は三人の内、二人の若い新聞記者と話を進める。買収した後の展望などを語ると、若い新聞記者たちは彼の話に納得したのか、礼を残して去っていく。


 片目が潰れた男だけが部屋に残る。彼は映像を記録する魔道具を保持せず、しかも一言も言葉を発していない。他の二人の記者が帰るのを待っていたのだ。


「あんた魔人だろ」


 山田が指摘すると、片目が潰れた男は口元を歪める。


「よくわかったな」

「ただの勘だ。ただし魔王放送局の人間がいずれ接触してくるという確信があった上での勘だがな」

「そこまで知られているなら話が早い」


 片目が潰れた男の体が銀色の体毛で覆われていく。シルバーファングという種族の魔人だ。山田はこの魔人を知っていた。魔王放送局の副社長をしているドレイクという男で、経営手腕を評価する声も多い。


「魔人の中には姿を隠している奴も多いとは聞いていたが随分と外見が変わるんだな……だが擬態していたことに意味はないぞ。わざわざ記者だと嘘を吐かなくても、あんたが相手なら俺は会っていたからな」

「記者であることに嘘はない。若い頃はいくつものスクープ映像を記録したものだ……それに私が魔人だと伝えれば、君は臆病風を吹かせるとばかり思っていた。どうやら誤解だったようだがね」


 揉めている魔人相手に二人で会う馬鹿はそういないと、ドレイクは笑う。


「私の用件は分かっているな?」

「魔王闘技場から手を引けと」

「その通りだ」


 ドレイクは口元の牙を剥き出しにして威嚇する。そんな彼の態度に山田は口元から笑みを零す。


「なにかおかしい?」

「いいや、昔飼っていた犬みたいだと思ってな」

「なんだとっ!」


 馬鹿にされたドレイクは、立ち上がろうと腰を浮かせるが、山田はそんな彼を諫めるように強く睨みつける。


「怒るのは俺のプランを聞いてからにしろ」

「プランだと?」

「話は簡単だ。社長のエドガーを追い出して、あんたが社長にならないか」


 山田がドレイクを社長にしたい理由は、魔王領との国際問題に発展させないための策だった。人間である山田が魔王領の企業の社長になれば、少なからず反発を生む。オーナーが変わるだけで、経営者が同じ魔人であれば、多少なりとも反感を抑えられるはずだ。だがそんな山田の提案をドレイクは「断る!」と一蹴する。


「調子に乗るなよ、人間。私は誇り高き魔人。仲間を裏切るようなことはしない。それにだ、私が本気を出せば、貴様の首を刎ねることなど容易いのだぞ」

「その言葉そっくりそのまま返すよ」


 山田がドレイクを挑発すると、彼は怒りを我慢できなかったのか拳を振り上げる。そのまま銀色の毛で覆われた拳を、肉眼で捉えることのできない速度で振り下ろす。


(牙で威嚇してきたのに、素手で殴るのかよ!)


 だがそんな熾烈な拳戟も能力値がカンストしている山田にとっては止まって見えた。彼はドレイクの拳を人指し指一本で受け止める。ドレイクは驚きで目を見開いて力を籠めるが、彼の指は微動だにしない。力量差は歴然であった。


「シルバーファングという種族は力にしか敬意を払えないと聞いていたが、これで力の差は理解して貰えたかな?」

「ありえない。私が人間に劣るなど……」

「もっと分かりやすい力を見せてやる」


 山田は部屋の窓を開けると、窓の外へと手を伸ばして、習得した『炎弾』の魔法を発動させる。魔力の弾丸が上空へと飛んでいく。


 数瞬後、魔力は炎となり、空を覆う業火となった。まるで太陽が空に出現したかのような炎に、ドレイクは腰を抜かして、歯をガタガタと震わせる。


(それにしてもカンストした魔力で魔法を使うと、ミサイルなんかと変わらない威力になるんだな。非現実的な力に、なんだか笑みさえ零れてくる)


 初歩の魔法である『炎弾』でさえこの威力だ。より強力な魔法であれば、国を亡ぼせるかもしれないと、山田は自分の実力に恐怖さえ感じていた。


「さて交渉を再開しよう。現社長を追い出し、君が社長になる計画に協力してくれるかな?」

「条件がある……いや違うな。この条件をクリアしなければ、買収は不可能だ」

「条件とはなんだ? 遠慮なく言ってみろ」

「一つはエドガー様より強大な力を持っていると示すことだ。魔王放送局のスタッフはほとんどが魔人だ。魔人は弱い者に付き従わない」

「いいだろう、証明してやる」

「そしてもう一つ、まだ魔王闘技場の大株主を説得していないだろう」

「…………っ」


 山田は彼自身でも自覚していた問題点を指摘される。魔王闘技場最大の大株主、エスティア王国でも有数の大商人が保持する株券。それを未だに手に入れられずにいたのだ。


「どちらにしろ越えなければいけない壁だ。もし俺がその障害を突破した暁には――」

「エスティア王国の手下になろう」


 山田はまた一歩野望に前進したのを感じながら、提示された条件を達成する方法を頭の中で描いていくのだった。


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