第二章 ~『リーゼとの再会と奴隷商人』~


 山田がファンドを設立すると、すぐにニュースが広まった。エスティア王国の政府系ファンド。新しい王の政策に国民たちの関心が集まっていると報道されている。


 だが最も注目しているのは国民ではなく投資家たちの方だ。世界中の金の亡者どもが、ファンドの行方を伺い、投資する価値があるかの品定めをしているはずだ。


「投資は集まっていますか?」


 イリスが心配そうに訊ねる。


「少しだけな。まだまだ目標金額までは足りない」

「やはり投資家の人たちに信頼してもらえていないのでしょうか」

「金に聡い奴らは実績がないファンドに投資なんてしないからな」

「ではお金はどうするのですか?」

「当面は国庫金からの運用になるな。あとはLBOでもしてみるか」

「LBO? 何の略なのですか?」

「レバレッジド・バイアウトの略だ。企業買収の資金調達法の一種だな」


 LBOとは買収先企業の資産を担保に金を集めてくることを指す。魔王闘技場のように豊富な資産を保有している企業を買収する際には有効な一手だ。


「悪魔のような手法ですが、本当にうまくいくのでしょうか」

「俺のいた世界だと、金貨三億枚相当の会社をLBOで買収している」

「金貨三億枚ですか……」


 イリスがゴクリと喉を鳴らす。LBOの実施例で世界最高のものが、アメリカの投資ファンドK〇R社によるナ〇スコ買収事件だ。


 買収に必要だった資金三〇〇億ドルの内、二五〇億ドル近くをLBOで集めたのである。

国家予算規模の資金を動かすのがファンドの仕事なのだと知り、責任の重さをイリスは実感していた。


「早速だが魔王闘技場の株を集めよう」

「市場から株を買えばいいのですね」


 この世界でも株式市場は存在した。市場にはたくさんの企業の株が売られており、それを投資家たちが配当金目当てで買うのである。


「その通りだ。だが市場に売られている分だけだと足りない。市場外の取引でも株を集めよう。そのためには手足となって動く人間が欲しいな」

「でしたら人を採用してみては如何ですか?」

「ファンドの仕事は秘密が漏れるとすべてがご破算になるビジネスだ。あまり第三者を採用するのはなぁ」

「でしたら奴隷を購入してはどうでしょうか?」

「奴隷か……」


 山田はエスティア王国で奴隷の売買が行われていることを以前から知ってはいたが、元の世界にいた頃の倫理観があるせいか、今一歩踏み出せずにいた。


「まずは奴隷たちを見てから判断されてはどうですか?」

「そうだな」


 イリスの提案に従い、山田たちは城下にある奴隷商店を訪れた。周囲と比べて一際大きな商店は儲かっている証拠ともいえた。店前には「奴隷、売ります」との暖簾が立っている。


「ここが奴隷商店か」


 店内に入ると、山田たちを歓迎するように美男美女たちが出迎えてくれる。店員かとも思ったが、首輪が嵌められており、ネームプレートには値段が記されている。


「奴隷といってもあんまり悲壮感はないんだな」

「お父様の方針で、エスティア王国では奴隷でも人権が保証されていますから」

「人権?」

「購入者は奴隷の食事・住居・生命の保証をする必要があり、違反すると罰則を受けます」

「職を選べない労働者と雇用主といった関係か」


 ちなみに奴隷の扱いは国によって異なる。例えばスカイ帝国では人権はないに等しいが、対照的に魔王領の一部地域では奴隷制度そのものを全面的に禁止していた。


「これは国王様! 本日はどのような奴隷をお探しでしょうか?」


 中年男性が店の奥から姿を現すと、揉み手をしながら、サービスさせていただきますよと、媚びを売る。


「そうだな……」


 欲望のままに生きるのなら、美少女を買い漁ってハーレムを形成するのだろうが、山田が欲しいのは優秀なスタッフであり、都合の良い恋人ではない。


「能力の高い者ですか、それなら――」

「いや紹介して貰わなくても問題ない。自分で探すから」


 山田は鑑定スキルを使用し、奴隷たちのステータスを確認していく。能力の高い奴隷をピックアップしていく。


「最低でも十人は集めたいな」


 外資系投資銀行の投資部門は四つの階級が存在する。


 アナリスト。若手の新入社員で、上司から奴隷のように働かされる存在。データ集めやプレゼン資料作りを行う。年収は基本給が七〇〇万円程。ちなみに山田の初年度の年収はボーナスが八〇〇万追加され、一五〇〇万円だった。


 アソシエイト。アナリストが集めたデータの中で必要な情報をまとめたりしている中堅社員。MBA(経営学修士)を取得している者がほとんど。アナリストを三年経験すると、会社の金でMBAを取得させて貰え、その後アソシエイトになる者が多い。年収は基本給が一〇〇〇万円程。ボーナスが加算されれば二〇〇〇万円を超す者も少なくない。


 ヴァイスプレジデント。普通の会社の課長に相当する役職。この階級になるとノルマが課せられることが多くなる。だいたい一年間に純利益で五億円稼がないとクビになる。優秀な人材であれば年収五〇〇〇万円を稼ぐことも夢ではない。


 マネジングディレクター。天才だけが到達できる投資銀行界のアイドル。いろんな会社の社長と一緒に仕事をする機会が多く、年収は億越えが当たり前。稼ぐ奴なら年収一〇億。トップクラスになると百億稼ぐ者もいる。


 奴隷を購入するなら、アナリスト六名、アソシエイト三名、ヴァイスプレシデント一名の構成で採用したい。


「こいつとこいつをくれ。あとこいつも」


 山田は奴隷を指さし、次々と購入していく。だが奴隷たちをまとめるヴァイスプレシデントを任せられる人材が見つからない。


「奴隷はここにいるだけなのか?」

「優秀な奴隷はここにいるだけです」

「優秀でない奴隷はここ以外にもいるのか?」

「はい。ただ性格や外見に難ある者ばかりなので、見てもお気に召す商品はないかと」

「一応見せてくれ」


 店主に連れられ、奴隷商店の二階へ移動すると、特売セールの暖簾と共に、男女が屹立して並んでいた。一階のように若い男女だけでなく、老若男女、さまざまな奴隷がいる。ステータスを確認していくが、説明された通り、能力の低い奴隷が多い。


「あ!」


 山田は金髪のエルフを見つける。その顔には見覚えがあった。一度アリアのパン屋に客として訪れたリーゼである。彼女も気が付いたらしいが、口に猿轡が咥えさせられているため、話ができないようだ。


「あの奴隷なんだが、なぜセール品なんだ?」

「人ではなく、エルフだからです」

「エルフだとなぜ安いんだ?」

「エルフはステータスが高く有能なのですが、主だと認めない者には強い拒絶反応を示します。この国では奴隷にも人権が認められていますから、無理矢理従わせることもできませんし、扱いにくい商品なのです」


 リーゼのステータスを鑑定してみると、さすがはエルフなだけあり、この店のどんな奴隷よりも能力値が高い。


 山田はリーゼやフランクにドーナツを買って貰った恩があることを思い出す。その時の借りを返すべく、山田はコンソールから金貨を取り出す。


「このエルフが欲しい」

「よろしいので? 返品は受け付けていませんよ」

「構わない」


 山田は店主に金を払い、リーゼの猿轡を外す。すると彼女は鋭い視線を店主へと向けた。


「よくもお父さんを殺したなっ!」

「……フランクを殺したのか?」


 店主は戸惑いながらも首を横に振って否定する。


「殺していませんよ」

「嘘! お父さんをどこかへ連れて行ったじゃない!」

「私は奴隷商人です。奴隷を売るのが仕事なので、買い手がついた商品を売却しただけですよ」


 リーゼと店主、二人の話を聞くと、どうやらフランクは奴隷として売られ、現在居場所が分からなくなっているのだそうだ。


「フランクを買い戻したい、いくら払えば手に入る」

「申し訳ございません。売った相手は魔人でして。連絡も取れない状況なのです」

「魔王領は奴隷が違法な地域もあると聞いたが……」

「エドガー地区など多くの地域はそうですね。ですが魔王領の十三地区の内、ブルース地区などでは合法です。そもそも魔人はエスティア王国でも暮らしています。王国在住の魔人が奴隷を所有するのも違法ではありません」

「そうか……」

「国王陛下がお求めであれば、私の人脈で探し出しましょう」

「頼んだ。リーゼもひとまずはそれで抑えてくれ」


 リーゼはフランクが見つかるかもしれない希望に落ち着きを取り戻す。


「そもそもなぜリーゼが奴隷に堕ちているんだ」

「パン屋からの帰り道、盗賊に襲われたの」

「だがエスティア王国におけるエルフは奴隷としての価値が低いんだろう。なぜ山賊はわざわざリーゼたちを襲うんだ?」

「人間の中には遊び感覚で私たちを狩る奴らがいるの」


 リーゼは人間の中に反魔人派と呼ばれる者たちが存在することを説明する。彼らは魔人であるというだけで無実の人たちを襲い、奴隷として売っているのだ。


 だが本来なら無理矢理奴隷として売却するのは違法である。例えばエスティア王国では三種類の奴隷しか認めていない。犯罪奴隷と戦争奴隷と借金奴隷だ。


 犯罪奴隷はその名が示す通り、罪を犯した者が更生のために奴隷となる制度だ。期間限定の奴隷で、服役期間が終われば奴隷から解放される。


 戦争奴隷は戦争で捕虜となった者が奴隷になる制度だ。魔王領のような頻繁に戦争をしている国には多いが、エスティア王国にはほとんどいない。


 借金奴隷はエスティア王国で最も多い奴隷で、借金を返せなくなった者が自分を売るのだ。元経営者なども多く、優秀な人材は借金奴隷であることが多い。


 リーゼも借金奴隷で登録されていた。つまりリーゼは拉致され、架空の借金をねつ造されたことになる。


 人間にこんな暴挙を行えばすぐに逮捕されるが、魔人相手だと黙認されているのだと、リーゼは語る。


「俺がフランクを救い出してやる。だから安心しろ」

「本当?」

「ああ。その代わりリーゼには俺の仕事を手伝ってもらう」


 山田は奴隷たちをまとめるヴァイスプレシデントの役割をリーゼに任せることに決めた。まだ幼い彼女には過ぎたる職責のようにも思えたが、単純にステイタスが奴隷の中で最も高いことと、父親を探し出すために必死になって働くであろうこと、そして何よりも山田が彼女を信頼していることが決断の理由だった。


「お父さんを救い出せるなら何だってするわ。どんな仕事をすればいいの?」

「リーゼに任せるのは投資家たちから株を買い集める仕事だ。できるか?」

「頑張ってみる」


 山田は購入する際の注意点を説明していく。例えば実際に株券を手に入れるのは特定の日時にすること。これは五パーセント以上の株券を保有すると、大量保有していることを相手企業に連絡しないといけなくなり、そうなれば山田が企業買収しようとしていることに気づかれ、対策を打たれてしまう。蓋を開ければ、買い占めが進んでいた。そういった状況を作り出すのが目的だった。


「では俺のために頑張ってくれ」

「うん、頑張る♪」


 リーゼの瞳は父親を助け出すという使命に燃えていた。彼女のためにも、山田自身の恩返しのためにも、フランクを探し出してみせると誓うのだった。

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