第一章 ~『闘技場と鑑定スキル』~


 小麦などの材料を買い終えた山田は、紙袋片手に街を見て回っていた。街の景観や食事は中世に近いが、コンソールを操作したり、魔法の力で動く家電に似た魔道具は現代に近い。


 異世界もさほど不便ではないかもしれない。山田がそう思いながら街を歩いていると、一つの大きな鏡台が目に入った。


 鏡には傍に置かれた水晶の映像が写しだされている。現代のテレビに近い魔道具のようで、映像に夢中になっている人たちが足を止めていた。


「剣闘士の映像か」


 背丈ほどもある長剣を持つ男が、外套で姿を隠した杖を持つ男と相対している。どうやらこれから戦いが始まるようだ。


「どうです、お兄さん。一つ金を賭けてみませんか?」


 傍にいた恰幅の良い男が話しかけてくる。山田は男を観察する。身に着けている装飾品から、男が裕福であることがすぐに分かる。


「あんたは何者なんだ?」

「失礼しました。私は賭博屋のリゼロと申します。剣闘士の試合結果を賭け事にしている者です」

「剣闘士とは、この映像の二人だな。どこで戦っているんだ?」

「私は存じ上げません。王国内にある闘技場とは違うようですから、知っているのは映像を配信している企業くらいのものでしょうね」

「ならこの試合が過去に行われた映像を放送している可能性もあるのか?」


 賭け金の動きを見て、流す映像を変更する。そうすれば試合結果を自由に決めることが可能だ。


「リアルタイムで中継される映像ですよ。証拠は提示できませんが、間違いありません」

「信じるしかないのか……」


 八百長である保証がない上、必ず勝てるとは限らないギャンブルである。挑戦するのは馬鹿らしいと立ち去ろうとしたとき、彼の脳裏に閃きが奔った。


(鑑定スキルを使えば勝敗予想できるのでは?)


 鑑定スキルは他人の能力値を知ることができる。つまり剣闘士のステータスを把握し、極端に差がある場合は優れている方に賭ければよいのだ。


 それにこの方法なら実力差があるにも関わらず弱者が勝った場合に八百長を看破することもできる。


 賭博屋から少し離れ、山田はコンソールを開く。鑑定スキルを持つ者はレアなので、誰も怪しむことをしない。鑑定の結果は長剣の男の評価がD、杖を持つ男の評価がEであった。


「で、お兄さん、どうされます? 当然賭けますよね?」

「長剣の男に金貨五枚だ」

「まいどあり」


 試合はすぐに開始される。杖を持つ男が炎を放つと、長剣を持つ男が炎を躱して間合いに入る。接近の勢いで振るわれた剣は、杖の男の意識を奪い取り、試合は終了した。


「お兄さん、おめでとうございます。ビギナーズラックですね」


 金貨五枚が金貨十枚になって手渡される。必勝法を確信した瞬間だった。


「次も当たる気がするな」

「お兄さん、やる気ですね。是非買いましょう。特に次は鉄板の試合ですから」

「鉄板?」

「次の剣闘士はなんとランキング三位のサンディが出るんです」


 ランキングとは剣闘士の強さを示す指標であり、勝率と勝利数から決定する。このランキングがオッズに最も影響するのだと、リゼロは語る。


「サンディという剣闘士が強いとして、対戦相手はどうなんだ?」

「新人の女ですよ」

「ランキング三位が新人と戦うのか?」

「三位だからですよ。サンディのように強すぎる剣闘士は対戦できる相手がいなくなるんです。そのため命知らずの新人が一発逆転の下克上を狙って戦うことはよくあるんです」

「なるほど」


 鏡に次の剣闘士が写される。サンディという剣闘士は丸太のように太い腕に盾と剣を装備している。そして背中に蝙蝠のような羽を生やし、宙を浮いていた。


「あの背中の羽はなんだ?」

「お兄さん、魔人を見るのは初めてですか?」

「魔人か……エルフのようなものか?」

「ええ。魔人は魔王領の住民で、膨大な魔力と体力を持つのが特徴です。人間を遥かに超える力を有しています」


 背中に蝙蝠の羽を生やした魔人までいるとはさすが異世界だと感心しながら、山田は鑑定スキルでサンディのステータスを確認する。そこには評価Bと数えきれないほどの魔法とスキルが記されていた。


(これは対戦相手を鑑定するまでもなくサンディの勝ちかもな)


「対戦相手の新人剣闘士が出てきましたよ」


 新人剣闘士は薄桃色の髪をした狐耳の少女である。吉祥文様柄の和服を身に纏う凛々しき姿は、剣闘士というよりお茶会の方がふさわしい恰好である。


「変わった格好だな」

「剣闘の場をファッションショーと誤解する剣闘士はたまにいるんですよ」


 剣闘士になる一番の理由は金、次に腕試し、そして最後に承認欲求を満たすことだ。特に承認欲求を求めて参加している剣闘士は恰好を意識するのだという。その意識が肥大化すると、今回のような和服での登場となるわけだ。


「勝敗は見えましたね」

「そうだな」


 そうは口にしつつも、山田は念のために鑑定スキルを発動させる。そこには恐るべき評価が記されていた。


「なぁ、対戦相手の名前分かるか?」

「確かエネロアという名前です」

「エネロアに有り金をすべて賭ける」

「え? 正気ですか?」

「正気だ。一世一代の大ギャンブルだ」

「もし勝てば、オッズは万倍ですし、お兄さんは大富豪の仲間入りだ。けれど無謀ですよ。私の勘では万が一にも勝てるはずがない」

「責任はすべて俺がとる。無一文になっても文句は口にしない」

「それなら……」


 渋々ながらも、リゼロは賭けに了承する。馬鹿な人だと彼は呆れているが、山田にはエネロアが勝つ確信があった。


 実際に試合が開始される。サンディは剣と盾を構えたまま動かない。対するエネロアは興味なさそうな視線を対戦相手に向けていた。


 両者にらみ合う拮抗が続く。その拮抗を崩したのはサンディであった。彼は剣と盾を手から離すと、膝から崩れ落ちて、地面に倒れこんだ。勝敗は決したのだ。


(エネロアのステータスを確認しておいて正解だった!)


 山田はエネロアの鑑定結果を思い出す。彼女は評価Sの最高クラスのステータスに、時間停止魔法まで取得していた。今回の試合も時間が止まっている間にサンディを倒したのだと、山田は察する。


 リゼロの驚く顔を横目に、山田はニヤリと笑う。彼は現代にいた頃と同じように、異世界においても大富豪となったのだ。

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