第一章 ~『エスティア王国と襤褸衣の少女』~


 エスタウンは中央に位置する城を囲むように都市計画された城下町である。煉瓦造りの建物が並ぶ景観は近隣諸国の中でも随一の美しさだと評価されている。


「人も多いな」


 目抜き通りは老若男女を問わず、大勢の人たちが買い物を楽しんでいる。エスタウンはエスティア王国で最も市場が発展している街でもあった。


「まずは頼まれていた仕事を済ませるか」


 山田はメモに記されたパンの材料を求めて、目抜き通りから少し外れた位置にある小麦屋を訪れる。店主は突然現れた山田を不審がったが、アリアの紹介だと話すと、すんなり小麦を売ってくれた。


「アリアのやつ、エスタウンの人たちからも信頼されているんだな」


 山田は店主の対応を思い出す。まるで貴族や王族の遣いに対するような恭しさが態度に含まれていた。


「家が金持ちだと話していたし、本当に貴族の娘だったりしてな」


 山田が独り言を漏らしていると、女性の悲鳴が耳に入る。悲鳴を無視するわけにもいかず、彼は声のする場所へと向かう。


「なにやってんだよ、あんた」


 路地裏で人相の悪い男が襤褸衣を着た少女を殴りつけていた。見ていられないと、山田は止めに入る。


「部外者はすっこんでろ!」

「待てよ。相手は女の子だぞ」

「それがどうした! こいつは俺の店から商品を盗んで逃げたんだぞ!」

「なるほど、そういうことか」


 少女の腕にはパンとリンゴが握られていた。


「どれだけの商品を盗まれたんだ?」

「銀貨一枚だ」

「ならこれで勘弁してやってくれ」


 山田が銀貨一枚を手渡すと、男は納得したのか、少女の顔に唾を吐きかけて、その場を後にした。


「あ~、綺麗な顔が台無しだ」


 山田はポケットからハンカチを取り出し、汚れた顔や髪を拭いてやる。磨いた先から銀色の髪と青色の瞳が姿を現した。襤褸衣を身に纏っているせいでパっと見ただけでは分からなかったが、どこか気品ある顔つきだった。


「……私のこと、気持ち悪くないの?」

「気持ち悪い?」

「髪とか汚いから……」

「ん? まぁ確かに洗った方が良いとは思うが、素材だけで判断するなら綺麗な髪質だと思うぞ」


 ハンカチで髪を拭いてやると、ベルベットの織物にでも触れているような感触が返ってくる。いつまでも触れていたい。そんな髪だった。


「これに懲りたら、もう盗みはするなよ」

「でもお金がない……」

「親戚はいないのか。両親はどこにいるんだ?」

「家族は……いないの」

「なら生まれ故郷は?」

「ずっと向こうの国……」

「帰るための路銀は……金貨二十枚ほどあれば十分か……」


 山田はコンソールから金貨を取り出すと、少女に手渡す。遠慮がちに受け取った少女の手は震えていた。


「……どうして私に優しくしてくれるの?」

「俺もこの世界で倒れていたところを救われたからな。幸せのお裾分けだ」

「……この恩は絶対に忘れない」


 少女は受け取った金貨を大事そうに抱えると、走り去っていった。彼女の目尻からは涙が零れていた。

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