第二章 空想郷~メンシュの国~

第3話 怪奇

夕暮れは闇にまれていき、そこに僕の作る白い雲がポッカリと浮かぶ。


冬のこの時間帯が、僕は一年の中で一番好きだった。


空を見ながら足は勝手に動き、一つの公園に辿り着く。


人気のない寂しげな公園の端にある小さなブランコに腰掛けながら、僕は首が痛くなるのも忘れて、ただボーッと空を見続けた。


オリオンや双子などの様々な星座を見つめているだけで、時間は簡単に過ぎていく。


――このままずっとこうして星を見つめながら、いつの間にか死んでいたなんていう素敵なシチュエーションは無いもんだろうか


思わず大きく溜息を吐くと、再び口から大きな白い雲ができ、そのままふわりと空で消え去った。


――何もかもを忘れて、無になれたら…


そしたらどれだけ楽になれるだろうか…と思った瞬間だった。


「紫苑?!」


不意に思考を邪魔してきたその声と人物に、僕は座りながら不快感を丸出しにした睨みを送った。


「…なんだよ」


その声と睨みに気圧されることなく、その人物は僕に近づいてきた。


――成瀬なるせ 翔馬しょうま。僕の幼馴染だ。


そして、僕が今、一番会いたくない奴の一人だ。


「…久々だな。つっても、お前が避けてるだけだけど」


「何か用?」


要件は解っていながらも、僕はそっけなくそう聞いた。


「お前さ、いい加減部活来いよ。皆、心配してる」


「心配してる?清々してるの間違いでしょ?」


淡々とした口調の僕に、翔馬は更に詰め寄った。


「んなわけねぇだろ!…なぁ、一度話しあおうぜ?星哉せいややあっぴも話したいって言ってるしさ――」


「話したいことなんて無いでしょ。それとも、あぁ、そっか、そうだよね。僕しかいないんだっけ?ベース弾ける人。それならそこまで必死なのも解るけど、お生憎様。僕はもう楽器はやらない」


「そうじゃねぇって!!あのなぁ、あの後あいつらがどんだけ自分たちのこと責めてるか解ってねぇだろ?來奈らいなはあんなことになっちまったし――」


「だから僕が悪いっていうんだろう?來奈がになったのも何もかも!!…実際悪いのは僕だしね?否定はしないよ。だから悪者は消えるって言ってるんだ。何か文句でも?」


「大有りだ馬鹿野郎!!お前そうやって逃げてるだけだろう?!いい加減向きあえよ!!」


「向き合うも何も!!あんな言葉を聞くのは、一回で沢山だ!!!」


せっかく無になっていた頭が怒りで埋め尽くされた僕は、勢い良くブランコから立ち上がって出口へ向かった。


「おいちょっと待て――」

「何あれ…………」


無理矢理腕を掴んできた翔馬を振り払うことも忘れ、僕は出口の先を凝視した。


出口を出て目の前の、横断歩道のその先に、不思議な格好をした素足の男の子がいた。


僕は目は悪くない…いや、寧ろ良い方な筈なのに、そんな遠くない距離にいるその子の顔はまるで見えない。


「おい、紫苑?おい?何処見てんだ?」


翔馬が僕の顔を覗き込んだり、手を目の前で振ったりするが、何故か僕は、何かに取り憑かれたかのように、その男の子から目を離せなかった。


「――――…」


不意に男の子のものと思える声が、僕の頭の中で響く。


次いで男の子が僕に向かって手招きをすると、もう僕の体は勝手に動き出していた。


「いって?!あ、おい紫苑?!」


女とは思えない力で勢い良く振り払われた翔馬は尻餅をつきながら僕の名を呼んだ。


でも僕に、そんな声は届かなかった。


行かなくてはいけないという義務感と、不思議な男の子から感じる引力に、抗えないまま走っていた。


――最後に聞こえたのは、翔馬の叫び声と何かが急ブレーキを掛けるような耳障りな音だった。

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