プレゼント
「お前、引退いつなん?」
「明日」
「あ、マジか」
「うん。マジ」
引退式前日。
社会の授業前の休み時間に喋ってたら、たまたま引退前日に引退の話を持ちかけられる。
吹奏楽部の引退は十二月。うちの学校で一番引退が遅い部活である。
「引退式あるよな?見に行こっかな」
「教師って案外暇なもんやな」
「全然暇じゃないよ。俺今、プリントチェックしてないの三百枚はある」
「いや、はよせーよ(笑)」
「いや、見に行く」
「どーぞ見に来てくださいまし…チケットないと無理やけど」
「えっ?マジで?」
チェックしてたプリントから目を離し、こっちを見てくる
「マジやけど」
「くれ」
「もう余ってない」
なんて嘘をついてみる
「マジかよ」
「マジ」
そう言いながら、カバンから譜面を入れている黒いファイルを出す。
今日、朝練の時に部長がチケットを部員に配るはずだったのだが、休みだったため私がチケットを配った。
事前に部員に聞いて必要な枚数はわかっていたのだが、それより少し多めに顧問に渡されたため、あまりのチケットは私の譜面のファイルにとりあえず入れてある。
その数、約二十枚。とても大きな嘘だと思う。
「チケット欲しい?」
「もらえるん?」
「顧問にねだったらもらえるかも」
「マジ?」
「マジじゃない。うそ」
「は?どっから嘘やねん」
「チケット余ってないってとこから」
そう言って私は譜面のファイルから約二十枚のチケットを出し机に広げた
「めっちゃあるやんけ!(笑)」
「うん(笑)はいあげる」
「どうも(笑)」
そこでちょうどチャイムが鳴った。号令をかけて授業が始まる。
「まあ、今やってる授業公民やけど、歴史の話するとさあ、歴史の人物って賢いからこそずるいことする人とか多いんだけど、それでまあ戦いに勝ったりするわけじゃん。多少の嘘とかつかないとならないじゃん。だから昔の人は嘘ついたりする性格悪い人も少なくなかったんだけど、今さっきある人に結構な嘘つかれたんだよね。はい…まあ、現代人の皆さんは嘘はほどほどにしてくださいね。はい、じゃあ授業始めます」
「だれだれー!」
『授業始めます』と言ったのにも関わらず、クラスのムードメーカー的な男子がそう叫ぶ。
この教師は本当にこういうことをニヤニヤしながら言うのが好きな人なんだな…。
「さあ。誰だろうね。ちなみに明日吹奏楽部の引退式あるんだよ。とっても楽しみだね」
「ふっ…」
思わずふいた私。パッと顔を見るとバッチリ目があった。
「なんでお前が笑ってるか俺は知らんけど」
「ああ、彼方か」
さっき『だれだれー?』と叫んでいた男子が静かにそう呟く
「もし彼方やったとしたら、不満あんのか」
「いや、どうせ彼方かなって思ってたから。よく喋ったりしてるもん」
いや、何言ってんだこの男子は。ちなみに隣の男子である。
「…。まあ、いいや切り替えよう」
そう言って無視して授業を始める先生。なのに隣のやんちゃボーイは話しかけてきた。
「なあ、なんで仲いいん?」
「誰と?」
この流れ的に誰となんてわかってる。わかってるけど…
「いや、ななてぃーに決まってるやん」
「別に仲良くないわ(笑)」
「絶対なんか気に入られてるやん」
「そんなことないわ」
こういう会話は聞かしちゃいけないタイプの教師。人のこといじるけど自分のこと聞かれたりいじられたりするのは大の苦手。教師ってよく生徒に笑われたりいじられたりしてるし、それを相手するのが一つの仕事な気もするけど、七瀬先生だけはそうじゃない。
だけど、社会科の授業は基本的に静かだ。社会科…というか七瀬先生の授業は。盛り上がる時は盛り上がっても笑っても構わないが、話を聞かなければならない時は静かにしろという圧迫感が凄まじい。中学生にもなれば教師に普通に反抗したりするが、この教師だけは誰からも反抗されない。
だから小声で喋ってた…のに。
「聞こえてるぞ。あだ名で呼ぶな」
とか低い声で言われた。地獄耳な気しかしない。
そしてその日の授業が終わり
「先生来るん?」
「行くよ」
「そ」
「行ったらあかんの?(笑)」
「いやいいよ。ちょいちょい」
手招きして身長を私に合わせてもらう
「先生来たら頑張れる」
そう耳打ちで言った
ちょっとくらいは彼女らしいことたまにはしたいし、言いたいから…
なのに
「アホか。行かなくても頑張れ」
と普通の声量で言われる
「え、まじ雰囲気壊した今!!!」
私はそれに大声で返す
「そんなもん…しるか…っ」
クルッと方向転換して帰っていく。
なーんだ照れ隠しか…
冷たいこと多いけど、すべて照れ隠しとして許してあげるしかない。
とか思ってあげてる私の心の広さを自分で感じたまま、次の日をしっかりした体調で迎えるため早めの睡眠をとった。
「ちょっと、春起きて春春春!」
「なにっ…」
引退式含む定期演奏会当日の朝。
起きる時間は十時でよかったのに、お母さんに起こされた時、ぼやける視界にはいった時計の時刻は八時半。
「先生から電話。担任の先生」
「ん?はるはる?」
「うん。はい」
寝ぼけたまま電話に出る。
「もしもし?はるはる…?」
「あだ名で呼ぶな」
「へっ?七瀬先生っ?!」
一気に目が覚めた。
『あだ名で呼ぶな』の低い声。昨日の授業中の声と完全に一致した。
「いや、俺からかけたらお母さんおかしいって思うだろ?だから、一ノ瀬先生に協力してもらった。まあ、さっきの『へっ?!七瀬先生っ?!』でばれたかもしれんけど」
「…いや、多分大丈夫。ばれてたらなんか言い訳する」
「そうか(笑)」
「で…なんなん?」
「いや、頑張れよって言いたかっただけ」
「え…」
「それだけなん?って言いたい?(笑)」
「うんん」
朝から幸せだった。
いつもなら一時間半も早く起きちゃったら、なんでこんなに早く起きたんだゆっくり寝れる日だったのに…とか言って凹むけど、全然気持ちがいい朝だった。
「嬉しい」
「…あ、そう(笑)相変わらず変わってるな」
「別に?」
「そ、じゃあまた二度寝するか知らんけど、頑張れよ。見つけて声かけれる状態やったら声かけて。」
「うん。わかった。ありがとうございます」
「いえいえ。じゃあな」
「はあい…」
プツンと電話が切れる
寝れないよ…こんないい起き方過去にないし、多分未来にもないよ…
「ママー!あとで髪の毛セットしてー!」
「いいけど、なんでそんなノリ気なん?てか、二度寝せーへんの?珍しい」
「いーの!」
いつもより美味しく感じる朝ごはんを頬張り、軽い足取りで家を出た。
「なーんか、緊張せえへんくなったよな。演奏会とかって」
演奏会開演十分前。
「でもさ、いっちゃん初めの発表会、緊張せーへんかった?」
「したした!!」
「でもそれ以来してないわ(笑)」
「コンクールは?」
「それはするっしょ(笑)」
舞台裏で今までのことを同じ楽器のメンバーでなんとなく語り合っていると
「春ちゃん春ちゃん!」
「ん?」
後ろを振り向くと、愛ちゃんが必死に私を呼んでいた。
「七瀬先生来てんねんけど!やばいめっちゃ緊張してきたってっ!」
「あぁ(笑)うち来るの知ってた。チケットあげたんうちやし」
「そうなん!?だからさぁ、そういうことは言ってよな!心の準備が…」
「はいはい(笑)」
カーテンの間から客席を見てみる。
「どこにおるん?」
「前から五列目の愛らからみて左端!」
言われた通りのところに視界をやると確かに座っていた。
「え・・・ってゆーか横はるはるやで」
「え?マジ?そっち気付かんかったわ(笑)」
「ひど、担任やぞ(笑)」
そんな会話をしていると
「みんなもう並んで~!」
もう開演の時刻。
舞台では部長のスピーチが始まり、まだ暗い中、静かに私たちは表舞台に出る。
「それではどうぞ!」
部長がそう言うと、ぱあっと舞台が明るくなり、演奏が始まった。
「やっぱ緊張せーへんかったわ(笑)」
午前の部が終わり
「ほんまに!」
「えー愛は、春ちゃんが七瀬先生情報教えてくれへんかったから心の準備できてなくて、心臓吐くレベルに緊張したしぃ~!」
「わかったから(笑)ごめんごめん」
「まぁ…いいけ…ひゃあぁぁぁぁっ!あ、あれは…あれはっ!」
愛ちゃんが指をさす方向…そこには
やっぱり七瀬先生だった
「ななせせんせー」
言われた通り、声がかけれる状態だったから声をかけ、手をひらひら動かす。
「え、そんな簡単に声かけれる存在?!いや、手振るなっ」
声に反応した七瀬先生がこちらを振り向いて、手を振り返す。
「やば、振り返してくれるの?!やば、かわいいっ!ひゃっ、こっち来たっ!」
可愛い…だけは否定したい。ここまで深い関係になっても未だかつて可愛いという感情をあの人に抱いたことがない。
「あ、差し入れ持ってきてん。一ノ瀬先生と一緒に」
「マジー?嬉しい、ありがと!」
「マジですか?嬉しいです、ありがとうございます!だろーが(笑)」
ポコっと七瀬先生に頭を叩かれる。
すると昨日と逆で耳に顔を寄せられ、耳打ちをされる。
「あとでお前だけに差し入れやるよ」
「ほんま?!」
「ばっか、声でけえよ!」
「昨日の仕返し〜〜!じゃあ、またあとで!昼休憩行ってくる!」
「おう、午後も頑張れよ」
「うん!」
特別扱い…というのがすごい嬉しくって。
彼氏とかできたことないし、まず恋自体にあまり興味がなかったから、こんな感覚初めてで胸が踊った。
昼ご飯を食べ終え、再び明るい舞台に向かう。
午後からは引退式がメインだ。
「早かったな」
「ほんま。そう思う」
きっと…吹奏楽部じゃなかったら七瀬先生に一目惚れなんてものもしてなかっただろうな…。
なんて…こんなときでもそんなことを考える。
部活はどちらかというと好きではなかった。
だけど、こういう雰囲気になると涙くらいはでる。例え、引退したくないと思っていなかったとしても。
「イヤ~、春が泣くとかやば、似合わんわ~」
「うちのことなんやと思ってんねん(笑)」
「こういうのって、可愛らしい女子が泣くもんやろ?」
「うるせ(笑)」
副部長も勤めれて良かった。正直面倒だったけど達成感だよね結局。
引退セレモニーで受け取った花束を持って外に出て、写真撮ったりなどで大変賑わったあと、三年生だけ流れ解散だった。
「春~ななてぃー呼んでるけど」
「ん?どこ?」
「ホールのなか」
「OK。ありがと」
言われたとおり、ホールの中へまた戻ると、一人でスマホをいじる七瀬先生の姿が見えた。
「なあに?」
「お、来たか。これ俺から」
そう言われると急に私の首の後ろに七瀬先生が腕を回す。
フワッとスーツから柔軟剤の香りがした。
「可愛い」
「えっ、なにこれ」
「見たまんま」
ネックレスだった。
「ありがと…」
「いいえ」
「お礼何がいい?」
「生徒からお礼とかいらんわ(笑)」
「え~…なにもしないってのもなあ」
そう言うと、「ん~」と言いながら黒目を左上に寄せなにか考え始める七瀬先生。
「じゃあ、なにしても怒らない券、今ここ誰もいないからちょうだい?」
「いいよ?」
そんな券ないけど、前に出してきた手の上にパンっと手をやり、券をあげる風の仕草をした
その直後。ほんとにその直後。
「ん…っ!」
唇を塞がれた。三秒ほど。
「ネックレスよりこっちメインにしよ。差し入れって言ったけどこれ完全なプレゼントになっちゃったね(笑)」
「青臭くね?(笑)」
「そんなの知ったこっちゃない」
これが人生のファーストキス
青臭いけどロマンチックなファーストキス。
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