イケナイコト

「おーい。彼方ー。」


「ん…?わああっ!」


「なんでそんなリアクションすんねん(笑)」


ぱちっと目を開ければすぐそこに七瀬先生。


寝顔見られたのが一番ショック。というか結局寝てたんだ私…。


「大丈夫か?」


「う…うん。」


「何(笑)なんか緊張してる?」


「はい?」


そんな会話をしていると


「なあ彼方」


さっきまで微笑んでいたのに、急に真顔で名前を呼ばれる。


「な…に…?」


そう言っても言葉は返ってこない。


すると…。


「え?」


肩の下に手を入れて起こされた。


「今から言うこと誰にも言わんって約束してくれる?」


「何言うの?」


「普通教師が言わないこと言うよ」


「え?あ、あぁ…わかった」


「絶対だよ?」


「うん…」


とりあえず聞くっきゃないと思って、うんとか言ってみるけど…妙に変な汗が出てくる。


ドキドキする。


とても…ドキドキする。


「好きかもしれない」


「…え?」


当たり前のように即聞き返す私。


「だから、好き」


「なにを…」


当たり前のように現実逃避する私。


「お前を。彼方を。」


だけど、しっかり耳に入った代名詞と私の苗字。


本当にこの教師はなにを言ってるわけ…?


なんで…なんで好きとか言われてるの?


「何言ってんの…っ。」


「だから、普通教師が言わないこと言うって言ったじゃん」


涙が零れた。


私の涙を七瀬先生に見せるのは二回目…そうだあの時の。


「ハンカチ…」


「え?今?(笑)」


「うん。今日返そうと思って持ってきててん」


「ははっ(笑)」


そう笑いながらまたそのハンカチで涙を拭かれた。


〝今?〟って言われたって、今、話逸らさないともたないわ…!


「俺にそんなこと言われるの嫌やった?」


「嫌じゃないで?」


「じゃあどういう涙?」


「その質問より先に聞かせて…?その好きはどういう好き?生徒として気に入ってくれてるん?」


「最初はそうだったけど。そうじゃないよ今は」


やっぱりなに言ってんの?


やっぱりこの人なに言ってんの?


「今は…。俺、お前に恋してる」


恋してる?なに言ってんの?


生徒へのいじりが加速してる?


そうだよ。ありえない。


だって左手には…。


「はずせばいい?」


「もうなに言ってるん…(笑)」


このいじりに騙されたらただのバカじゃん。


私は肩にある先生の手をゆっくり離した。


「俺は本気」


「なに言ってんのって(笑)」


「好きって言ってんの」


また真剣な顔でそう言われて、なにも返せない。


「仕方ねえなあ」


困ってる私の顔を見て、左手薬指のあの輝きを外してポッケにしまった。


「まぁ、仕方なくもなんともないんだけど。好きって思ってるのはこっちだし」


「生徒いじりすぎやでさすがに…」


「いじりじゃないよ。本当のこと言ってんの」


「なに変な嘘言ってんの?」


「嘘じゃないよ」


「信じへん」


「信じろ」


「信じれるわけない」


「信じて」


「無理」


「こっちもそんな簡単に引けないよ?お前が俺のことどう思ってるかはなんでもいいけど、信じろ」


「そんなこと信じれるわけない」


「信じて」


「無理…うあっ!」


ぎゅっと両腕に包まれた。


私の顔の横にはすぐ七瀬先生の顔があって。


体は完全に触れ合ってて…。


「せんせ…」


信じるか信じないか…そんなの信じないに決まってるけど…。


「先生…っ」


今のこの状況を私が幸せと感じてる限りは…騙されてもいいのかなってそう思った。


そして、私も背中に腕を回す。すると少し強く包んでくれる。


「卒業したら付き合おう?」


耳元でそう呟かれた。


「卒業するまで付き合われへんの?」


「今からは立場的に難しいかな?」


そう言われながらゆっくり体をはがされる。


「今の立場上、こうなってるんもおかしいんやからいいやん(笑)」


「確かに(笑)じゃあいいけど、言わないでね?クビなるから(笑)」


「言わんよ。クビなってほしくないから(笑)」


「よし(笑)じゃあ教室戻ろ?五組までおくるから」


「うん!え?いいん?五組四階やけど」


三年校舎は一組・二組が二階、三組・四組が三階、五組が四階である。ちなみに一階は図書室だ。


「お前と一緒に居れる時間が長くなるなら俺は構わん」


少し前を歩く先生にそう言われる。


「恥ずかしいからやめて」


「俺の方が恥ずかしいわ(笑)」


笑顔でそう言って立ち止まり振り返る先生。


私もつられて立ち止まる。


「なんでお前も立ち止まんねん(笑)」


「え?先生はなにしたくて立ち止まったん?」


「いや別に…」


「え?(笑)」


そう言って進んだ私と横並びになった時、自分も歩み始める七瀬先生。


ポケットに手を入れ俯いて、全く喋らない。


こういう実はシャイなところも人気の秘訣なんだろうな…。


そして少なくとも、私はそんなシャイなとこが好き。


「ん、じゃあな。お大事に。」


「うん。ありがとうございました。」


「いえいえ」


頭をポンポンっとして去っていく。


その背中が見えなくなるまで教室のドアの前で待ち、見えなくなった時教室に入った。


「春ちゃん!」


「お、おお(笑)」


掃除中の教室。ほうきを一応持った愛ちゃんが私に飛びついてくる。今、一番顔を見るのが複雑な人物だ…


「大丈夫やった?!」


「うん全然大丈夫」


「そんでそんで??」


「え?」


「七瀬先生となんかなかったん?!」


「あ…うーんと…連れて行ってくれて、今教室に送ってくれて…最後頭ポンポンしてくれた」


「え〜またぁ?!いいなあ!紳士やあ!まじ紳士やあ〜!」


「ふふっ(笑)」


ごめんね愛ちゃん。


そう心の中でつぶやいた。



そしてその日から数日後。


「ね!ね!」


社会の授業中、小さな声で話しかけてくる愛ちゃん。


「なに?」


『ゆびわ』と口パクで伝えてくる。


まさかと思ってパッと見ると左手薬指の輝きはなくなったままだった。


「うっそ…」


「なんやねん、彼方」


「え、いや…なにも」


思わず声をあげた私にいつも生徒をいじる時のニヤニヤした感じの表情を見せながら言ってくる。


絶対うちがなににびっくりしてるかなんて予想出来てるくせにわざわざ…とか思いながらも少し喜んでる自分もいる。


「ちょっと!なあにやってんの先生」


授業が終わって愛ちゃんにトイレに行くという嘘をつき、次の授業場所に向かう七瀬先生の背中をバンバン叩きながら話しかけた。


「え?あの一瞬だけ外すのもおかしいだろ?(笑)」


「家帰ったらどうしてんの」


「やり過ごしてる」


「は?」


「というか…最近…あ、いやなんでもない」


「ちょっと!」


無視して歩き始め背中を向けたままひらひらと手を振る先生。


仕方ないから教室に戻ろうと身体の向きを変えると


「なに」


後ろにまたニヤニヤした徳田がいた。


「うわ、こわ。声低く」


「は?なにって言っただけやん。ってか失礼な。これ地声ですけど」


「七瀬先生と喋る時のトーンと全然ちゃうやん」


「逆になんで同じトーンで喋らなあかんわけ?」


「え、やっぱりそこは七瀬先生は特別な存在なんや」


「うるせえよ。まずなんで違う学年の教師がこんなとこおんの?暇人か。あ、そうか副担か」


「めっちゃバカにされるやん…ショック…。確かに副担やけどさ…」


「はいはい」


なんなんだあいつは一体


というかまず名前くらいしか知らないし…かなり謎だ。


「教師に恋なんてするなよ~」


「せ、せーへんわ!」


恋…し済みだけど。というか付き合ってるけど。でも、やっぱりこれはイケナイコトしてるんだな…徳田の言葉でそう気づく。


そもそもなんでダメなのか…そのコト自体、ちゃんと私は分かってない。


結婚するのに年齢は決まってるけど、付き合うのに年齢は決まってない。ということは年齢に問題はないし…ただなんて教師と生徒はダメなのか。ちゃんと説明できない。


ただあの人、一応不倫。というか相手に奥さんがいる時点で私も不倫。だけどこれ犯罪ではないもん。


「はぁ…」


大丈夫なのだろうか…そんな想いは日に日に大きくなっていく。


「春ちゃん最近なんか変やな」


「あ、そう?」


「恋の悩み??」


「は?!んなアホな」


何で当てられるんだよ…と焦る。


ついに愛ちゃんに様子が変と気づかれたのは付き合って一か月後の話。


あれから、あれほどの甘いコトはしていない。というかする暇も隙間もない。誰かに見つかればただ事じゃないからだ。


ただ、気さくに話しかけてくれたり特別なことはしてくれてはいる。


「春ちゃん何やってんの~先クラブ行くで?もう。」


「ん~」


放課後、机で突っ伏してる私に呆れた愛ちゃんが先に教室を去っていく。


教室は私とはるはる二人になった。


「どうしたん。彼方」


「病める女子なのよーん…」


「なんやねんそれ(笑)」


「教室の鍵もう閉めるぞ?」


でも結局我慢できず、


「…なあ」


顔をあげて真剣な感じで話しかけてしまった。


「なんや?」


なのに、次へ進めない。


「どうしたん?」


柔らかい表情を浮かべながら、心配してくれるはるはるを見て


「…っ」


涙をこぼすのを止められなかった。


「えっ?どうしたん?そんなに悩んでんの?」


「はるはる…うち今イケナイコトしてもうてる…」


「なに?どうしてん」


「ねえ…はるはる…」


「なに?」


「教師と生徒の禁断の恋…とかよく話であるやん?よくよく考えたら、教師に恋って…なんでしたらあかんの?」


「えっ?」


「答えてっ!」


かなり困らせたと思う。でも、自分じゃどうにもできなかった。


「…してもいいと思うけど。恋くらいなら。」


「え?」


「恋するのは仕方ないやろ?人対人なわけやし。でも、法律で大人は未成年に手を出したあかんって決まりがあるねん。だから、交際とかはアウトやな。」


「なんで?」


「交際してる限りは、大人が未成年に手を出さないっていう保証がないからや」


言ってることに間違いなんてなくて…この時やっと確かにそうだなと思えたのだ。


「そっか…。ありがと。クラブ行ってくる」


「おう」


ありがたいことに、なんでこんな質問したかは聞かないでいてくれた。


ただ…完全犯罪にもあたる交際。もし向こうに迷惑をかければ…この職業でいれなくなる。


「はぁ…」


こんなこと忘れたほうが相手にもいいのかな…


でも、そう思った時に来るんだ。


「どうしたの」


「先生…」


「元気ないじゃん。クラブももう始まってる時間帯なんじゃないの?」


「大丈夫。なんもない」


「そう?なんかあったら言えよ」


「うん…」


またいつもみたいに頭をポンポンして去っていく。


そんなことするから…好きでいちゃうんだよ…。


そして結局そのあと


「先生」


「ん?」


遅れてクラブに行ってから、自分の楽器パートがいるところに向かう時、一組の教室に電気がついてるのが見え、我慢できなかった私はクラブを抜け出し一組へ向かった。そしたら、教室の中はプリントをチェックしてる七瀬先生のみ。都合が良かった。


「クラブは?」


「抜けてきた」


「そうなん。入る?」


「うん…」


靴を脱いで中に入り、しっかりとドアを閉めた。


「先生…」


「ん?」


「あんな」


「別れないよ?」


「え?」


「いや、お前が俺のこと好きじゃないなら別れるけど」


そう言われ、一生懸命に首を横に振った。


「なら別れんよ」


「なんで、何言いに来たかわかったん?」


「さあ」


話し始めてから一度も目が合わない。ずっとプリントをチェックしながら喋っていた。


いつもの七瀬先生じゃなくて…怖くなった私は何もできず、ただ無言で隣に佇んでいた。


なのに


「ふっ」


「え?」


鼻で笑ってからこっちを上目遣いで見てくる先生。かっこよくないとはいえ上目遣いはあざとい…


私は余裕がないというのになんなんだこの人は…!


「何笑ってるんよ…!」


「いや、どうすればいいかわからんとでも思ってるんだろうなと思って(笑)」


「それのどこがおもろいんよ!もういいっ!クラブ行くから!」


「はいはい(笑)」


恥ずかしいのも色々混ざって、早く去ってやりたくなった。でも、一応確認しておきたいものがあって。


「あ…」


「ん?」


「先生…一応これ犯罪ってのはわかってはいるんよな?」


「うん。そりゃね」


「いいの?」


「ばれんかったらいい話。なんでもなんでも世の中の言う通りになんかなりたくし。まあ、ばれたら損なのは俺らだから、ばれないようにはするんだけどね(笑)」


「へぇ〜。そんなにうちのこと好きなんだ?」


いつもいじられてばかりではいられないと、ちょっと責めたこと言ってみる。


「…。」


「ちょい、黙らんといてよ」


「俺、好きじゃないやつと付き合わん主義やから」


「好きじゃない人と付き合う主義の人おらんわ(笑)」


「そうだね」


「そんなシャイシャイせんといてよ」


「シャイシャイってなに」


「そのまま」


「うるさい。早よクラブ行け」


「はあい(笑)」


私が出ると同時に七瀬先生も教室を出る用意をし始めた。


「変なこと気にするなよ。気遣いすぎるんだよお前」


「そう?」


「人生疲れるぞ」


「疲れへんし、なんやねんそれ(笑)」


二人きりで他愛のない会話。


こんなことをいつまでもしてたいと、いつも思う。


でも、教師と生徒っていう壁があるだけで自由は少ない。


そして時間もない。


でも、わがまま言ったって自由も時間も増えない。


だけど


「じゃあな」


「うん!」


手を振り合う。


生徒に手とか降るようなフレンドリーな教師じゃないのに、私には手を振ってくれる。


生徒と教師だからこそ、普通なら味わえないこと味わえる。普通ならそこまで喜びに感じないこと喜びに感じれる。


悪いことばっかじゃないな。

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