ハプニングでキュン

休日のクラブ。


一緒に行っている友人が体調不良でこの日はたまたま行きしなが一人だったのだ。


「なあ、陽翔の子やんな?」


「ヘ?あ、はい。」


金髪にジャージ。陽翔卒業生らしきヤンキーに門を潜ってすぐのところで絡まれる。女三人、男四人といったところだ。女なんてメイクのしすぎで顔がケバすぎる…かなりいかつい、怖い。


「今からクラブ?」


「はい…そうですけど」


「ちょっとサボりたいとか思わん?奢るからどっか行こうや」


「え?」


やばいやばいと心の中で汗ダラダラ。ただ中学校の中にはもう入ってるわけだし、誰か教師が来てくれることを願うしかない。


「ね。早く。」


そう言って男に手を引っ張れる。


「いや…ちょっと…」


ついには涙も出てきて、必死に腕を外そうとする。


その時、後ろからバイクが走って近づいてくる音がした。


「何してんの?」


バイクから降り道の端に止め、カチャッと音を立ててヘルメットのカバーをあげた。


七瀬先生だった。


「やべ…」


「待てお前ら。」


冷たい表情、さらにきつい口調。こちらまでヒヤッとさせられる。


「何やろうとしててん。まず関係ない奴らがここに入ってる時点でおかしいやろ。」


「一応卒業生っすよ?」


チャラチャラした女がそう口走る。


「じゃあなんでお前ら、こいつの腕掴んでてん。」


〝こいつ〟と言いながらグッと肩をよせられ、七瀬先生と一気に至近距離になる。


「何しようとしてたか知らんけど余計なことすんな。そのポケットに入ってる四角い箱なんやねん?タバコやろ。お前ら未成年やろ。そんな違反してるようなやつに、たとえお前らが卒業生やろうが入ってほしくない。帰れ。でていけ。」


らしくない関西弁。きっと怒っているから言葉がきつくなるとともに、そういうしゃべり方になるのだろう。


「はぁ…。」


ダラダラと仕方無しという感じで帰っていく集団の背中を見て、安心のため息が出た。


「大丈夫か?なにもされてない?」


「うん…大丈夫…です。」


前にしゃがんで私にハンカチを渡しながら、しっかり目を見て優しく問いかけられる。どちらかというと今の状況のほうが大丈夫じゃない。さっきの肩持たれた感覚もまだあるのに…距離近すぎ紳士すぎ…。


「怖かったな。」


立ち上がりながら髪型を崩すをように頭をムシャムシャっと撫でられた。


「先生…ありがとうございました…」


「いや、いいよ。別にここに違う先生が来てたらその先生だってどうにかしてくれてたんだろうし。こういうのは、たまたまだからね」


バイクを駐輪場に持っていこうとしながら、そう言われる。こうなるともう目も合わせてくれない。


「ふふっ…うん。そうやな。」


「何笑ってんの」


「いや?別に」


〝先生シャイだなって思って〟


なんて言えやしない。



「ごめん!出席うちの丸しといて!」


「うん、いいよ。てかどうしたん?」


あのハプニングで部活の出席に間に合わなかった私は、部長にそう頼む。というか実を言うと私は副部長である。


「うーん(笑)門のところで陽翔の卒業生って名乗るヤンキーに絡まれた(笑)」


「は?それマジで言ってんの?」


「まじ。信じれんかったら七瀬先生に聞いてみ?」


「まぁ、そこまで言うならほんまか…ってかそれ大丈夫やったわけ?」


「七瀬先生が絡まれてるの助けてくれた」


「へーそんなことするんや」


「まじに紳士やった」


「なんじゃそれ(笑)」


部長は春ファンじゃないから反応薄いなあ…。立派な自慢話というのに。


「あ、愛ちゃん」


一番大きく反応してくれそうな愛ちゃんを早速発見し、すぐ向かう。


「ジャーン!」


「何その布」


「布ってハンカチな(笑)しかも七瀬先生の~」


「まじ?!なんで持ってんの?!」


そう言いながらハンカチをさっと奪い取り手にスリスリしてる愛ちゃんに、さっき起きたことを隅から隅まで説明していると、周りにどんどん吹奏楽部内の春ファンが集まりみんなできゅんきゅんするという客観的に見ても主観的に見ても気持ち悪い光景となった。


「なぁ…愛って教師に恋してないよな…?」


「恋ではないんちゃう?…多分(笑)」


「多分か~…(笑)」


「さすがに教師やし…既婚者やし…そんな人に恋できるんかな?(笑)」


そう。あの人は既婚者である。


自分で「結婚してる」とか言わないし、自分で「俺の嫁が~」とか言う話も全くしない。授業中とかに自分のこと話す機会は少なくない七瀬先生だけど、自分の奥さんを話に出さないのは多分恥ずかしいからだと思う。


ただし、既婚者というのは一目でわかる。左手薬指に輝くあいつだ。


奥さんは全くどんな人か知らない。ただ七瀬先生と親しい公務員のおっちゃんに聞くところ奥さんも教師らしい。ちなみに子供はいない。


数学のこぼうは自分が結婚何年目かとかいうのも話すし自分の子供の話もよくしている。全くみんな興味ないのに。そのくせして左手薬指に輝きはない。


「素敵やんなー!男の人やのにちゃんと指輪するって!」


「そんなに珍しいん?」


「他の男の人みてたらそう思う。」


「へぇ(笑)」


七瀬先生が既婚者じゃなかったら危なかったんじゃないかと本気でそう思う。


まぁ…生徒と変なことするような教師じゃないから未婚者だったとしても大丈夫と思うけどあの人なら。


ただ


「なあ」


「ん?」


最近少し様子が変わったような気がする。


「彼方最近なんかあったの?社会の裏、真面目なったね。」


どちらかというと、何かあったの?はあなたに聞きたい。だけどまぁそんなことも言えず…。


「たまには五狙おっかなって。天羽のやつのほうがいい?(笑)」


「いや別に…そういうわけじゃないよ」


「まぁ、先生的にはアホなことしてる方がいいんやっけ?アホって失礼な気しかせえへんけど」


「そうだけど(笑)まあそれは仕事だから気にしないでって。相変わらず気遣いやなお前は」


通りすがりにわざわざ話しかけてきたと思えばこんな中身のない内容。


最後には背中をぽんぽんとしてから去っていった。


「最近、春ちゃんとななてぃーよく絡んでない?」


と愛ちゃん


「ななてぃーって春にだけ態度ちゃうよな」


こちらは春ファン確か…No.15くらいの愛宇あいらだ。


「生徒贔屓する感じの先生じゃないのにな」


こっちはただのクラスメイト。


周りの人にもよくそういう感じのことを言われるようになった。


「愛ちゃんもみんなも考えすぎ(笑)」


ただ…もちろん嬉しい。


もともと冷たい時が多い先生なのに、冷たさ見せず普段も話せてることは、もちろん悪いことではない。むしろ私にとってはすごいいいこと。


そしてそんな日が続いたある日。


「あっつい…」


「春ちゃん顔真っ赤〜!」


十月下旬に行われる文化祭の舞台発表のリハーサル。


決して少なくない人数が決して広くはない体育館の舞台に上がる。そしてその舞台にオレンジの照明…とても暑い。


「あぁ…これちょっとしんどいわ」


「やばない?休んだら?」


「いや、みんな一緒やろ」


「はるはる!春ちゃんやばーい!」


「色んな『はる』が渋滞してるけど(笑)」


愛ちゃんがそう叫ぶと、心配性な担任はるはるが舞台に駆け上がってきた。


「ほんまや。休んだ方がいいんちゃう?」


「え、平気やって」


そんなやり取りをしてると


「どうした」


そんな声が後ろからした。


「あっ」


愛ちゃんが見て声をあげたその相手は七瀬先生だった。


「彼方?」


「あ…はい」


「一ノ瀬先生、一組今リハ時間じゃないんで僕、保健室に連れて行きます」


「え?大丈夫…」


そう私が言うと


「無理したあかんから」


腕をぎゅっと掴まれ出口の方へ引っ張られる。


そういうことすると…もっと暑くなる…いや暑いというか熱い。


「あ、よろしくしていいですか」


「全然大丈夫です」


「じゃあお願いします」


はるはるがこっちを見てにこりとする。私が七瀬先生のこと好きということを知っているからだ。


「あ…ありがとうございます」


「暑かったな」


秋の少し冷たい風が頬を撫でる。体育館から外に出てやっと声をあげれた。


普段、話しかけてくれる時は普通に喋れるのに、こういう空間の時は本当に喋るのに勇気がいる。


緊張するというか…七瀬先生の人間性的に話しにくい感じ。


ただそんなことよりフラフラする…


「ちょっと待って…ください…」


「ん?」


こういう時は普段使うタメ口も使うのにためらう。


「めまい?」


出口にある階段に座った私の前に立って問いかける。私は静かに頷いた。


「わかった。ちょっと揺れるよ」


「え?いや…えっ?!」


肩の後ろと膝の下に手を回されたと思えば、目線が上がった。


お姫様抱っこ…されてる…?


「保健室までな」


「ちょっ!重いから…」


「大丈夫だよ。物理的に女子生徒二人は持てる力あるから」


なんでこういう時にいつもの性格出てるんだこの人は…物理的とか何?


「え…いや…その…」


「動くな」


その声が少し低かったから、何も言い返せなくなった。


でも…そんなこと言いながらも頼りたくなっちゃって。


服をぎゅっと摘んでいた。


「よし。下ろすよ。」


「うん…」


ベッドに降ろされ寝かせられる。


「どうしました〜?」


そう問いかけてきた保健室の先生に何やら説明して七瀬先生は出て行った。


「はい。水分とって」


「あ…どうも。」


「心配してたで。七瀬先生」


「え…?」


「あいつ、頑張り屋だから大丈夫かなって言ってた(笑)」


「そんな…」


「まぁ、チャイム鳴るまでゆっくりしてて」


ゆっくりしててって…できるわけない。


保健室のベッドなんて来るの初だ。せっかくだから眠りたいけどこんな状況寝れない。


まだ…さっきの感覚も残ってる。


「はぁ〜…」


布団に潜り込んだ。


あと数十分後にあんなことが起きるとはおもわずに。

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