ライバル溢れるファンクラブ
もうすぐで夏休み。そんな暑い日の社会の授業。
「勉強は将来につながる。君達は今、受験生ということをちゃんとわかってるかい?まあ、正直今やっても遅いっちゃ遅いんだけど、まだ学力上げることはできるよな?受験生ということをちゃんとわかって勉強する。受験が将来の仕事、要するに給料にも関わるんだよ。高校なってからだとまじで間に合わないからね。例外はあるけど、だいたいの場合間に合わない。」
棚にもたれかかって、腕組みしながら早口で喋る七瀬先生。ちなみに早口は意図的にやっているものらしい。人は忘れるのも早いから覚えるのも早くやればいい…それに勉強すれば早くてもついていける…だとか。ただこの人の話し方はすごい恐い。脅しのように聞こえて、勉強しないと…のような気持ちに持ってかれる。そして、いやらしいお金の話を持ってくるのもよくある話だ。
「勉強は一気にやるんじゃなくて、定期的にやることが大事。そして、やる気を出すのも大事。そして、楽しむのも大事。例えば。」
パッと七瀬先生と目が合った。
ドキッと身体が震えた感覚を感じる。
「五組の彼方さんなら、プリントの裏に〝天羽にインタビュー〟とか書いて、三組の授業中、天羽の前で丸々俺に読まれるっていう…」
「えっ?」
クラスが笑いに包まれる。
「楽しむのも大事。個性も大事…はい。じゃあプリントの説明戻ります。」
読むとか聞いてない…が、確かにこの前、面白いのあったら天羽のクラスで読むとは言っていた。しかし、ほんとにやるとは思ってもなかった…いや、この人ならやりかねないのかこういうこと…。
そしてその時の授業終わり
「春~!!」
「お、天羽。どうしたん?」
「ななてぃーが春のこと褒めてたで?!うちのクラスで!名前はあげてないけど。」
「嘘?!なんて?!」
「まあ、社会の裏の話になってからの最後にポロっと『あいつ最近頑張ってる』って!!」
両手で口を押さえた。声にならない代わりに息も吸った。
やばい…
「え~、春ちゃんいいなぁ…なんか気に入られてるしぃ~。」
体をくねくねして口をおちょぼにした愛ちゃんが言ってくる。
「あの人に生徒気に入るとかいう感情なんかないやろ!他の先生やったらあると思うけど…!」
「七瀬先生だって人間やねんから、あるかもよぉ??」
「ない…ないやろ…」
その後というもの、天羽のおかげで様々な嬉しい出来事がポンポン起こった。
直接関わることはそんなにないけど、社会の裏で繋がってるなんて錯覚を起こすだけでも十分楽しかった。他の人でそんな人いないし。
だが、そんなある日。
「先生~五とかどうやったらとれるん~?!」
授業中、クラスの目立つ系の女子が七瀬先生にそう聞いた。
「このクラスで五は難しいね。五レベルに書いてくる人五人以上いるし、二十人くらい四とってるし。文字数が難しかったら、工夫してみたら?」
「え~。」
「別に、成績的には四でも十分だけどね。そりゃ、俺的にはいっぱい書かれるほどチェックは面倒くさいよ。このクラス一番時間かかるし。」
〝面倒くさい〟という文字に引っ掛かる。あの人がそんな思いしてたんだ…と。
社会の裏に特に決まりはない。しいていうなら人の悪口は書いたらダメという当たり前のことくらいだろうか。
だから、社会に関係ない話書いてもそれに返事くれたし、逆に関係ない話の方が返事が多かったうえ、返事が返ってくる確率が高かった。認められてると思ってた。でも、これじゃ先生の仕事を増やしてるだけ。でも、先生の仕事を減らしたら私の成績が下がる。
「あ、そうだ。」
社会の裏にもちろんだが関係ない話ばかりをずらずら書いてるわけではなく、社会に関係することも書いている。というか、普通はみんな関係あることしか書かないが…。関係あることとは、教科書写したり、単語帳の単語とその単語の説明を写したりなど。先生はその写してるだけのものも全て読んでいる。私が気になったのはそこだ。
教科書とか単語帳はみんな持っているもの同じだ。ということは何人もの生徒が同じものを書く。しかもそれはうちのクラスだけとも限らない。それを社会科のベテラン教師が知ってる情報を何度も読む必要があるか。
「うん。書けた。」
〝裏のチェック面倒くさいと聞いたので、もううちの裏は知ってる話と思ったら読まなくてもいいですよ!評価つけてくれれば(笑)書かんかったら成績があれなので、これ以上の配慮はできませんが…〟
これを書いて、天羽キャラはちょこちょこ端に書きながらも関係ない話を書くのはやめよう。
これが後、キュンキュンエピソードに繋がるなんて見ず知らず…私は社会のプリントをファイルにとじた。
そしてその日の昼休み。
「なぁ、春ちゃん。」
「ん?」
「七瀬先生のファンクラブ作らん?」
「はっ?!」
休み時間、唐突にそんな言葉を発した愛ちゃん。ただ、本人の目はそんなにふざけてない。
「結構おるんやからさぁ!集ったらすごいかなって!」
「ふーん…」
「よし!決まりぃっ!愛が会長で会員No.1。で、春ちゃんが副会長で会員No.2な。」
「そんなうち初めの方にいれていいん?好きになったのだいぶあとやけど…。」
「こーゆうのんは早いもん勝ちやって!」
そんなこと言いながら、机から紙を出した愛ちゃんがすらすらと書き始める。
「はるふぁん?」
「ファンクラブの名前。これからここに会員の名前書いてくから!あと、ファンクラブ会員の目標は七瀬先生に頭ポンポンされるね。」
「なんかちょっとうちの名前っぽくてやな感じもするけど…。しかも頭ポンポンて(笑)」
ただ、どうやらこの子はいたって本気らしい。のちに大変なことになるとはまだもちろん知らない。
「先生、春ファン入るう??」
「なんでお前教師に勧めてんねん(笑)」
「春ファンってなんや?」
なぜか勧められてるこの先生は理科の
「七瀬先生のファンクラブ!今、愛が作って~ん!」
「はっはっはっ!おもろいやんけ、入ったろお!」
「えっ?!なに言っとん?!」
「俺、何人目?」
「三人目!会員No.3な!」
「まじで?めっちゃ早いやん、ラッキ~」
なぜか同じ学年の教師のファンクラブに入るのにノリノリなベーちゃん。もちろん教師で入ったのなんてベーちゃんくらいだけど、それからもどんどんと会員は順調に増えてき…
「ファンクラブ、二十人突破~!」
「え?マジ?」
そんな会話を廊下でしたのはファンクラブを作って一週間程しかまだ経っていない時だった。
「なぁ、そのファンクラブってさあ。」
「ん?」
愛ちゃんと一緒に振り替える。
ニヤニヤしながら明らか興味ありますみたいな顔で話しかけてきたのは、見知らぬ教師であった。
「誰。」
「あ、知ってる。サッカー部の副顧問やろ?」
「うん。そうそう。」
愛ちゃんは普段、サッカー部を誰よりも音楽室から見下げているがためにこの正体を知っていたようだ。
ってか…
「名乗れよ。」
「こわ…!怒ってるん?怒ってんの?え?」
「うるせえ」
わざとらしくそう言うこの教師は雰囲気的に、きっと何を言ってもそんなに怒らない甘めの教師っぽい。
「徳田っす」
「ふーん。何歳なん?あ、待って当てる…」
愛ちゃんと二人で予想する。
私は三十七歳で、愛ちゃんは三十二歳と予想した。
「失礼やわ…心外やわ…」
「は?」
「二十七やねんけど…」
いつも思う。教師は八割老けている。
「うーんまあいいやん!で、なに聞いて来たんやっけ?」
「ファンクラブ。それってもしや、今ちまたで噂の春ファンっていうやつ?」
「はぁっ?!なんで知ってるん?!」
「職員室ですげえ話題なったけど」
職員室ってかなりやばくないか?
だって、七瀬先生だって普段は職員室にいるわけだし…。
「春ファンな、愛が作ってん!」
「バカ!いらん情報言わんでいいわ!」
「月岡って言うんか。」
名札を見てそういう徳田。絶対名前覚えて帰るだろ…。
「うん!」
「うんじゃないって!七瀬先生にばれるで?」
「あああぁぁ!!それはかなりヤバい!」
今になって焦る愛ちゃん。こういうところは相変わらず賢くない。
「まぁ、ファンクラブの存在自体はばれてるけどな。」
「えええ!どうしよ!愛、どうすればいいと思う?!」
「しらねー…」
ただどうやってこう広まったかは検討もつかない…まぁ、どっかの会員がどっかの教師に言ってそのどっかの教師が職員室で…としか考えれない。
「とりあえず広まったもんは広まったんやから仕方ないやろ。次社会やで?」
「ほんまやあ!!行こ!」
休み時間は残り五分ある。だが、教室に入ると七瀬先生はもう着いていて、教卓のところにある椅子に座って単語帳を読んでいる。そして、私の後ろにいる愛ちゃんはそれを見てカッコいいとひたすら小声で言っている。
「あ、彼方。ちょうどよかった。これ配ってくれない?」
「え、あ、うち?」
「うん(笑)。…ちょっと親しくて話しかけやすい生徒が帰ってくるん待ってたんだよ。」
「…え?」
「ん。」
社会のプリントを、多分クラス全員分だから三十五枚渡された。焦る気持ちをとりあえずでいいから抑えて、プリントを配る。
「あ、それ君の優しさなのは分かるんだけど、後ろの人のやつもその列の一番前に置いといてくれていいよ。ありがとう。」
「あ、はい…」
顔が暑い。火照ってる感覚をすごい感じる。横で「なになに?!やばいんやけど?!」と言っている愛ちゃんの言葉がまた余計に今の状況やばいんじゃないかと感じさせる。
「もううるさいなあ…(笑)」
「え~だってさあ!」
「もう配り終わったから座るで?」
「うん…」
一応聞こえないように小声で話す私たち。客観的に見たら絶対気持ち悪い。
けど…まだ心臓の音がいつもよりも大きい。というか汗も出てくる。かなりヤバい。
「彼方、ありがと」
歯が見えるほどの微笑みを見せながらお礼を言われる。なぜだろう…顔かっこよくもないのに爽やかに見えるのは…。
「いえ…いえ…」
今日気分いいだけだきっと…だって普段あんなに冷たい人が「親しい」とか「話しかけやすい」とか「君の優しさ」とか?さっきの微笑みとか?!
おかしいって…いや、人にものを頼むときくらいっていう礼儀かな?確かにあの人礼儀正しいし…。
そんなことを授業が始まってからも、いっぱい考えてみるがやはり謎だった。普段のキャラと合わなさすぎた。
「はや…」
授業中、時計を見なかったのははじめてかもしれない。いつも早く終われ終われと五分に一度くらいのペースで見るが、そんな余裕もなかったのが心の中の本音だ。
さらにいつもならすぐ読む返ってきたプリントの返事も見てなくて、授業が終わって休み時間にすぐ見た。
〝気にせんでいいよ。仕事だし、君の裏みたいなやつは読んでて楽しいし。〟
前のあれの返事だった。裏めんどくさかったらもううちのは知ってる内容なら別に読まなくてもいいですよみたいなやつの。
この返事もかなり嬉しいやばい…とかまた考えていると
「彼方」
「はぇっ!」
机に座ってそのプリントを愛ちゃんと一緒に読んでると、上から降ってくる声。見上げると、スーツのズボンに片手をポケットにインしてもう片手は授業するのに必要なものを入れているいつものカバンを持った、いかにも、もうこの教室出ますという格好の七瀬先生だった。
「ははっ!なにその声(笑)」
「いきなり話しかけるから…」
「ん、いや。いらんことばっか書いてるけど、おもろいし楽しいし…裏これからもよろしくな。」
ポケットに入っていた方の手を差し出される。この時代に握手って…これは完全にもてあそばれてるな…。
「ふふっ(笑)」
せっかくだから手を握る。大人の男の人…って感じの手でさらに温かかった。
「よし。」
最後にポンポンと私の頭に手を置いて去っていった。
ポンポンと…
頭に…
「「頭ポンポン…っ?!」」
二人で七瀬先生が去ってからそう同時に叫んだ。
さりげなくスマートにされすぎて、お互い気づいたのは三秒後くらい。しかもそれにプラスして、気付く三秒前時が止まっていたような時間があった気がする…要するに、私たちは六秒後に気がついたということだ。
「あ~まさかのお前が第一達成者になるとは…!」
「やっば…今日うちやばい…。ってか、超さりげなかったくね?!」
「やばい爽やか~!」
頭にはまだ少しだけ二度触れられた感覚が残っていて、手にもまだ温もりが残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます