一目惚れも三階の音楽室で
3年5組とかかれた紙に記入されている、〝彼方 春〟と〝月岡 愛〟に目がついた。
「愛ちゃん、クラス一緒!」
「え~ぇ。」
「なんなん。」
「じょーだんやって。じょーだん(笑)」
クラス替え発表の紙が決して広くないところに五クラス分張り出されている。ぎゅうぎゅうで狭い中、いろんな声が飛び交っていた。
私は、彼方 春。ここ
そして月岡 愛とは、ななてぃーのファンとして一番有名。去年も一緒のクラスで仲はどちらかと言うとよかったし、部活も同じ吹奏楽だけど、一緒のグループではなかった。けど、多分今年は同じグループになると考えられる。
「ってか、また担任はるはるやで(笑)」
「まあ、悪くなくない?ごぼうとかと比べたら。」
「ほんまごぼうのこと嫌いよなぁ(笑)」
「うん、生理的に無理だわ。」
私たちは二年連続五組。二年連続はるはること
生徒からも結構好かれていて、身長が高く、優しくて、いつも笑顔で。体育の先生だから、運動もできる。そして体育の先生のくせに頭もいい、ザ・いい人という感じ。
ただ一つ、残念なところは満二十九歳にして見事にハゲている…。一つとはいえ、その一つの影響力は高いものだ。とてもかわいそうに見えてくる。しかも、頭を隠せば顔はジャニーズレベルなのに…。
そして、ごぼうと呼ばれてるのは数学科教師の八木。年は満三十四歳。生徒の九割八分くらいからキモがられ嫌われていて、私の一年のときの担任だ。だがその時、担任絡みの問題を起こしすぎて私たちが二年になった時、副担任に落とされた。はるはるの頭もかわいそうだが、こいつもなかなかかわいそうなやつだ。
ちなみに名前の由来は細いからってだけだけど、私たちが1年生の時から定着してるあだ名。だが本人の前で言ったら怒鳴りに怒鳴られる。なかなかめんどくさい教師だ。
始業式を終え、クラスで大量のプリントを配るという一日。このために学校に来たのかと思うととても勿体無い一日だなと心底思う。
「はるはる〜、副担誰?」
はるはるは、はるはると呼んでも何の問題もない。それは、はるはるとごぼうの人柄の違いなのか、あだ名に悪意があるかないかの問題なのかはわからない。
ちなみにはるはるも、私たちが一年生の時からあるあだ名だが、由来はきっと下の名前の春也だからというだけだし、定着しすぎて付けた人も誰かわからない。
「田鍋先生や。」
「おお!たあなべ!」
放課後まで話に出なかった副担をはるはるに聞くと、やはり去年と同じ副担であった。たあなべこと田鍋先生は美術科の女の先生でこちらも年齢不問。見た目すごくおばちゃんに見えるけど、たあなべの子供の年齢を聞く限りまだ三十代だと思う。ただ、はるはる同様に見た目はさておき、可愛らしいおばあちゃん感漂う優しい先生だ。
「ん、じゃあねー。」
「ばいばい〜!」
愛ちゃんと手を振りあい、私は一緒に帰る友人の元へ向かった。
帰るグループは私入れて七人いるが、そこにも二人ななてぃーのファンが存在する。悔しいけれどなかなか人気だ。
三年生という名の受験生の今年。去年は濃く関わることのなかった愛ちゃんと同じグループになったといえ、担任も変わっていないし、何一つあまり問題がないようにも感じていた。
それから時は少し経って約一カ月後。
「愛ちゃん、ななてぃーおるで」
「愛ちゃん、社会の授業中にかっこいいって口パクで言うなよ(笑)」
「愛ちゃん、廊下廊下!見てななてぃー!」
私の身近に愛ちゃんがいる限り、ななてぃーが話題に出ることも多いし、周りから聞いたななてぃーの情報を教えることも多い。
そしてなんでか知らないけれど、好きなくせに近くにたまたまななてぃーが来たりしても、気付かない愛ちゃんにすぐ教えてあげたりとか。
三年生になってそんなことが続いた。
ただもちろんその時は、自分がそっちの立場にいくなんてもちろん思ってもいない。
「愛ちゃんがななてぃーをかっこいいって思う行動って、うちにとったらただの優しい行動だよ?」
「えぇ〜?かっこいいしぃ〜いい!頭ポンポンされたいわあ!」
「…はいはい」
逆に愛ちゃんのその愛に呆れてもいた。
ちなみに愛ちゃんが七瀬先生に惚れた瞬間は、女子生徒が七瀬先生に頭ポンポンしているのを目撃したらしくその時に一目惚れしたらしい。
愛ちゃんがななてぃーが頭ポンポンしているのを見たのは一度だけなのだが、他にも案外頭ポンポンされたことありますって生徒は結構いたりする。そして、懇談のとき親がいる前でポンポンされた生徒がいるらしく、それを聞く限りきっと無意識にやっているものと思われる。意識してたら親の前ではやらないだろうし…。
そして、ある日のクラブ。
第一音楽室で行った合奏が終わった時、おもむろに窓に目をやると、サッカー部がパラパラと散らばって運動場でサッカーを行っていた。
「あ…」
私の視界に入ったのは、ななてぃー。
サッカー部は他のクラブと違って、顧問が生徒に混ざって一緒にやってる時があるのは知っている。休日には、顧問もゼッケンをつけて試合をやったりしていた。
もちろんこの時は、愛ちゃんにななてぃーいるって言いに行こうってそのことだけ思ってた。
この日は平日。いつものスーツのままポッケに両手を突っ込み、サッカーボールをスマートに蹴っていた。
決してかっこよくないあの顔は三階からじゃ見えないし、さらに背を向けているから、長身のサッカーうまい男の人が、サッカーボールを蹴っているように見えて、私は人が徐々に少なくなっていく音楽室で窓をしばらく見つめてしまっていた。
すると、今まで派手に蹴ってなかったサッカーボールを、思いっきり蹴りゴールした。その時に持ったことない感情を初めてななてぃーに抱いた。
私は息を小さく吸ったあと、ボールを取りにゴールへ歩いていくななてぃーを目線でずっと追いかけている気持ち悪い自分がいた。
これが…私の一目惚れした瞬間だった。
「愛ちゃん…」
「ん?」
自分たちの荷物が置いてある第二音楽室に楽器を片付けてから戻り、愛ちゃんに話しかけた。
「かっこよかった。運動場…」
「え?運動場がかっこいい?」
「あれ」
窓に向かって指をさす。
そこにはまだ、夕陽の色に染まる運動場でサッカーボールを蹴るサッカー部とななてぃー…
「わぁー!サッカーしてる!!」
窓に手をつけ張り付く愛ちゃん。だけど何かにこの時ふと気付き、後ろにすごい勢いで振り返ってきた。
「え?!春ちゃん、七瀬先生の事かっこいいって言った?!」
「…うん。」
「なんで?!」
「いや、一音でさ、窓たまたま見たら目に入って…その時ボール蹴ってて。普通にかっこいいなって思ってもうた…(笑)」
「まじで?!」
「まじ…」
まだ自分でも、なに教師のことかっこいいとか思ってるんだよと戸惑ったけど、それは悪いことばかりではなかった。受験生という今年、これを勉強に活かせた。
私の五教科の点数は、約250点くらい。得意科目は60点台。苦手科目は30から40点くらいだ。もちろん、一年生の時からこんな点数というわけではなく下がってきたというのはある。
そして、社会にすごく力を入れてみた六月にある夏季テストの社会のテスト返し。
「彼方」
結構頑張った。だからこそ結果に出て欲しい。でも、結果に出なかったら…いや、あれだけやったから大丈夫…とかネガティヴなことからポジティブなことまで頭のことを巡らせながら、ななてぃーがいる教卓の元へ向かった。
「おめでとう」
「…へっ?あ、え?」
「桑名。」
「…あ。」
真顔でおめでとうと言われ、焦って受け取ると、そのあとは何もふれず私の次の人の名前を呼ぶ。相変わらず冷たい人だ。
「うわっ、ちょっと!見て!愛ちゃん!」
点数は92点。約2年ぶりの90点台だった。前回のテストと比べると26点アップ。
「えー!凄いやん!!」
「月岡」
「あー!呼ばれたっ。」
慌てて行ってテスト用紙を持って帰ってきた愛ちゃん。愛ちゃんは教師にキュンキュンしてたりするけど、成績優秀である。
「待って、勝ったし(笑)。てか、おめでとうって言われた!」
「うっそ、いいなあ!言われへんかった…。」
元々私が社会が苦手科目ではないというのと愛ちゃんが社会が苦手というのもあるけど、きっと勝つなんて奇跡だ。
でも…今の私にとって「おめでとう」と言われた方が嬉しかった。本当に変わってしまったものだ。
「プリント返すぞ、座れー。」
今から返すプリントは、授業で使っているものだ。七瀬先生の授業は教科書を使わない。
そのプリントの裏は約半分白紙。そこの白紙に自主勉強制度がある。やるかやらないかは自分の自由だが成績には影響する。どういう成績のつけ方をされるかというと、五段階評価。普通レイアウトと文字数で決められるが、七瀬先生を唸らせるような個性的なプリントの裏にすれば五を付けてくれる可能性もある。
私はそれを狙った。すると。
「彼方、お前個性的。」
「え?」
返されたプリント。表には〝5〟という文字が書かれていた。
なぜこんなに五は喜ばしいのかというと、五はクラスに一人しか付けないというルールだ。
「まじかよ!」
教卓で人をいじるかのようにニヤニヤしてる七瀬先生。
「それ、本人はOKしてるの?」
「うーん…実はまだ」
「そうなん(笑)今度、面白いのあったら
「は、嫌やわ」
「無駄な抵抗はやめたほうがいいよ」
少し笑いながら、こういう言葉をさらっと言うドS教師。なかなかここまでのやつはほかに居ないと思う。
「天羽天羽天羽天羽天羽天羽天羽天羽!!!」
「うえええっ!なに!」
「五とった!天羽のおかげ!」
「五?五って社会の?春が?ありえねえ(笑)春そんな真面目じゃないやん。」
「どうせ、そう言うと思ったから持って来てん!社会のプリント。」
表に〝5〟と書かれたプリントを堂々と渡す。そうするともちろん裏を見られた。
「いやいやいやいや!なにこれ?!」
「んー?天羽キャラ」
「えぇ〜…」
「これからも描いていい?七瀬先生お気に召してんねん!」
「なにそれ。まぁ…いいけど…」
「さっすが天羽!」
順に説明すると、天羽とは本名、天羽 美留。苗字で呼ばれているが女子。私が「苗字可愛いから天羽って呼ぶな」と中学一年生の時に天羽に言って許可をもらってから、どんどん周りに広まり、今や9割の人に苗字で呼び捨てされている。短期で、人に冷たく当たる時もあるしやけにデレデレするときもある。要するにツンデレ。さらにいじられキャラなうえドM。だけど、友人をよく褒めたまに名言のようないい言葉をぽろっといったり…涙もろかったり。結果、結構いいやつだ。
そんないじられキャラな天羽の簡略にキャラ化し、社会の裏に描いてユーモア溢れさせた。ちなみにキャラ化した天羽を描くのは三秒あれば十分なくらい簡単だ。
今、社会の裏に天羽キャラを描くのに許可を本人にもらってなかったから、もらったところだ。
「まあ、そういうことで!これからもよろしく!」
「あぁ…うん。」
苦笑いで手を振る天羽に満面の笑みで手を振った。
社会の裏に革命を起こした気分だ。とても気持ちがいい。
清々しく廊下をダッシュして自分のクラスに戻っていると、
「ああ!すいません!」
人に思いっきりぶつかった。調子乗ってダッシュしてたのは自分。完全に悪いやつじゃないか。
「いえいえ」
「あ…」
よりによってぶつかったのは七瀬先生。いい言い方するとこれは完全な運命とも言える。七瀬先生は「あ…」とつい言ってしまった私の目を見て首を傾げて立ち止まっている。私はこの場の奇跡に挙動不審そのものだ。
「なに(笑)」
「あ、いや…今ちょうど天羽のとこおって!」
「あぁ。そう。」
普通の人間なら、笑顔で「そうなんや、なにしてたん?」くらい言うだろう。今ぶつかってる二人と天羽は関係してる人物なのだから。なのにこの人は相変わらずの冷たさだ。ちなみに今は興味なさげに向こうにもう歩いて行っている。
この時はまだなにも思ってなかった。この軽く描いてみた天羽が恋のキューピットになるなんて。
…恋のキューピットというか〝禁断の〟恋のキューピット。
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