17.幕間

 ああ。そういうことなんだ。

 全てを聞き終えてから、私は背もたれに身体を預けて天井を見上げた。

 あなたたちは、そういう関係だったんだ。この天井のように真っ白で純粋な関係だと思っていたのに、とんでもない。愛憎がぐちゃぐちゃになったサスペンスじゃないか。

 敵わないわけだよな、と思い知らされる。知らなければよかったのかもしれない。けど、知らなければいけなかった、とも思う。こうして真実を知って、腹を決めることができたのだから。

 私にだって譲れないものはある。

 まざまざと見せつけられて、ようやく私は自分の本心を理解した。

 あの女に彼は渡せない。決して、彼を悪に堕ちる道へは進ませない。彼女と心中することが彼の本望だとしても、そんなことは私が許してやらない。

 彼女の境遇には同情もする。私なんかでは想像もできないような酷い日々を送ってきたことを憐憫にも思う。

 だけど、そんな哀れな人生に他人を巻き込むことだけは許さない。

 ふつふつと腹の底から湧き上がる黒い感情に義憤が混ざり合う。ただただ惨めで意地汚い嫉みが私の肩を抱く。

 後悔と懺悔の鎖でもって彼の手綱を握りしめる彼女が羨ましくてたまらない。そして、許せない。疚しさに縛られ続け、罪悪巻に苛まれる彼は、罪を償うことでしか彼女の側にいられない。

 過去の過ちに縋っている彼の一面だけは、唯一、知りたくなかった。幻滅しそうになって、眩暈がした。

 二人の間には、あまりにも歪な関係性が見え隠れして、とても危うい。

 録音されていた会話から窺える計画だけは、実行させてはならない。たとえ過去になにがあろうとも、犯罪に手を染めては、いけない。

 彼を魔性の女から引き剥がすにはどうすればいいのだろう。

 繰り返し、盗聴した会話を再生する。耳にこびりつくまで聞き返し、奪還の策を練る。

 どうすればいい。

 どうすれば――

『個人的な恨みだから行人を巻き込んじゃいけないことも、桂坂とは綺麗さっぱり縁を切らないといけないのにそれができないことも、復讐なんて誰も報われないことに執着してしまっていることも、私を苦しめた全員が地獄に落ちればいいなんて考えも、本当は駄目なことくらい、わかってる』

「……これって、もしかして」

 一欠片のピースを拾った心地だった。二人と桂坂は関係しているのかもしれない。仮に復讐の相手が桂坂だったとして、どんな縁があるのだろうか。

地獄に葬りたいほどの憎しみを抱くって、相当なことだ。

 桂坂は言わずと知れた学年一の不良で、どうして多摩川高校に入学できたのだろうと誰もが首を捻るようなクラスメイトだ。彼と仲良くつるむような奴に碌な生徒はいないし、大半の同級生から毛嫌いもされている。上級生の間でもブラックリストに挙げられていると聞いたことがあった。色んな人間にちょっかいを出し、暴力を振るい、夜になれば繁華街を彷徨いては暴力沙汰を起こしている、なんて噂も耳にしたことがある。

 私もその危うさは、たった少し抱けど、身を以て体感したことがある。だからこそ、関わりを持ちたくない人間であることに間違いはないと断言もできる。

 でも――

「どうしようかな……」

 悩んでいるうちにレコーダー再生が終了して、気付けば日付も変わろうとしていた。いけない。これ以上は明日の朝練に響いてしまう。

 機材を片付け、明日の準備を手早く済ませてベッドに潜る。

 眠気はあるものの、やけに頭だけは冴え冴えとしていた。とてもじゃないが、すぐに寝入ることはできそうにない。

 いつ、二人は復讐を実行するのだろう。会話からは具体的な計画や詳細を汲み取ることはできなかったけど、本気で実行に移そうとしていることだけは確かなのだ。

 その前に、止めないといけない。

「はぁ……。何やってるんだろ、私」

 大会も近いから、こんなことをしている場合ではないというのに。

かすかに眠気の混じるため息が漏れた。

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