第57話 風使い登場
仕事を終えて帰宅した隆太が 開店前の店に顔を出すと、カイが手招きした。
「お帰り、リュータ。待ってたよ」
隆太の背中に手をまわすようにし、奥の席へ誘導する。
サラが初めて店に訪れた時に座ったテーブルだ。
見れば、身体の大きな白人男性が 片方の足首を膝に乗せ片腕を背もたれに絡めて 尊大に座っている。
片方の手はポケットの中。
あからさまに値踏みするような目つきでこちらを観察している。
隆太にしては珍しいことだったが、一見して嫌な感じを持った。
サラのときとは違う。
危険信号などではなく、単に「嫌な奴オーラ」だ。
「リュータ。こちらは、エリック・ウィンター。アメリカからリュータに会いにきました」
「お、俺に?!」
エリックというその男性は中途半端に立ち上がり、笑顔のつもりなのか口の端をゆがめて手を差し出してきた。
「ど、どうも……」
慌てて握り返した手をとても強く握られ、隆太は少し顔をしかめた。
男はパッと手を離し、大げさな身振りで座り直すと、小馬鹿にしたように笑いながら何事か言った。
隆太はその態度に困惑しながら、カイを振り返った。
「あー、えーと……」
カイは困ったように笑いながら、自分の眉の辺りをポリポリと掻いている。
男はヒョイと眉を上げ、「言えよ」というようにおどけた仕草をした。
「あー、その……『こんなヒョロヒョロしたやつだとは思わなかった』って。あー、彼はリュータのブログを見て来たんだよ」
カイは「ヒョロヒョロ云々」を消し去りたいかの様に、急いで言葉を継いだ。
「へえ。それでわざわざ遠くから……ケンカ売りに来たんですかね?」
隆太はわざと冷めた口調で切り返した。
その口調に反応し、男が身を乗り出す。
「まあまあ、リュータ。とりあえず座って。ビールでも飲みながら話しましょう。もうすぐユキコも来るから」
カイは小声で耳打ちしながら、急いでビールと冷菜を数種類乗せたトレーを運んでくる。
隆太がしぶしぶ腰掛ける間、男は思い切り顔をしかめながら、自分の前に既に置かれた小皿の前菜のにおいを疑わしげに嗅いでいた。
(なんだか不愉快な奴だな……)
カイがエリックの隣に戻り 皆のグラスにビールを注いでいると、「こんにちは~」と有希子が入って来た。
奥のテーブルの見知らぬ外国人に気付くと、一瞬「アラ?」という表情を浮かべたが、「自分でグラスを持ってくるから」という仕草をしてみせ、厨房の方へ入っていった。
厨房では、ホアが夜の開店に向けて仕込みの真っ最中だ。
ホアと有希子の話す声が小さく聞こえる。
有希子はグラスと取り皿、箸を持ってすぐに戻って来た。
テーブルまであと数歩、というその時。
いきなり、店内に強い風が吹き荒れた。
壁に貼ったポスターやカレンダーがバタバタとはためいた。
花瓶に活けた花から、花びらが舞い落ちる。
テーブルに立てかけていたメニュー表が、あちこちで倒れた。
「きゃ!」
髪を風に煽られた有希子が立ちすくむ。
「な、なんだ?!」
隆太が店内を素早く見回すうちに、風は止んだ。
入り口のドアも、窓もみな閉まっている。
風など入ってくるはずが無いのだ。
すると、エリックが突然笑い出した。
膝を叩き、大きな声でひとしきり笑うと、得意気に何か言った。
それを聞いたカイが、驚きの声を上げる。
隆太も有希子も、思わずエリックを見つめた。
エリックは、ニヤニヤしながら「ヒュッ」と口をすぼめて息を吐き出すと、指の動きで風を操り店内を一周させた。
さっきよりはずっと弱い風だったが、またカレンダーがはためいた。
そして、表情たっぷりに肩をすくめ、カイに通訳を促した。
「彼は……彼は、風を操る能力を持っているそうです」
隆太も有希子も、言葉を失い顔を見合わせた。
有希子の顔には驚愕と困惑の表情が浮かんでいる。
おそらく自分もそんな表情をしているのだろう。
カイは、と見れば、さすがはサレンダーの親だった。
驚いた様子ではあったが、取り乱している風ではなかった。
エリックは得意気な表情で馬鹿馬鹿しい身振りを混じえ、ヘラヘラ笑いながら何か言っている。
その身振りと口調から、隆太は自分が馬鹿にされていることが分った。
目をぐるぐる回し、おどけた表情で両手を肩の横でパタパタさせる。
そして先ほどの指の動きで風を吹かせる真似をし、テーブルに崩れ落ちるようなジェスチャーをしているのだ。
おおかた、「自分の ”風の力” で、天空人など吹き飛ばせる」みたいなことを言っているのだろう。
有希子も同じように読み取ったようだ。
「……なにこのバカ」
と冷たい声で痛烈に言い放ったことから、それがわかった。
有希子はテーブルまでの数歩を靴音高くやって来て、音をたててグラスを置いた。
ドッカと腰を下ろすと、カイが手を伸ばすより先に自分で瓶を取ってビールを注ぎ、乾杯もせずにゴクゴク飲み始める。
隆太も倣って飲んだ。こんなやつを歓迎する気など、さらさら無かった。
カイは仕方なくひとりグラスを掲げ、曖昧な笑顔で「乾杯」と言うと、ひとくちだけ飲んでグラスを置いた。
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