第58話 対立の始まり

「で?!なんなのよ、コイツ」


 有希子は対角に座るエリックと反対側へ足を組み、半ば背中を向ける格好で座る。

 凄むように、片腕を前につきテーブルに乗り出している。臨戦態勢といったところだ。


 そんな有希子の様子がおかしくて、隆太は吹き出しかけた。


 有希子は感情表現が豊かで、とても素直だ。

 不愉快だと感じたら、それをすぐに表情に出す。

 が、必要とあらばそれを隠すことが出来るのを、隆太は知っている。



「彼は、エリック・ウィンター。隆太のブログを読んで、アメリカから会いに来たそうです」


「へえ…」

 有希子の肩がピクリと動いた。警戒したのだ、と隆太は気付いた。


 あのブログは、修行の内容を広めるために始めたものなのだが、あくまでも『サレンダーとその守人の修行の物語』という”体験記風小説”である、という体を取っている。


 それをベトナム語と英語に訳したものも、同時に発表しているのだ。



 書いている内容は本当のことだが、それをわざわざ”小説”という形にしているのは、フオンを守るためだった。

 サレンダーの力を公にすれば、それを利用しようとする者が近づいてくるかもしれないからだ。


 そのため、ブログは「ファンタジーSF小説」というカテゴリーに分類してある。



「エリック、こちらがユリ」

 何が気に入らないのか、不満げな表情のエリックに簡潔に紹介する。


「……どうも」有希子は素っ気なく会釈した。


 カイは、彼女を『ユリ』として紹介した。

 ブログの内容が本当のことであると白状したことになる。少なくとも一部分は。


 フオンの存在や、その能力のことも認めるのだろうか。


 カイがどこまで話す気なのか、まだわからない。

『フオン』や『マイ』などの名前を出さないよう、隆太は有希子に目配せした。


 有希子も当然、それは心得ていた。優秀な参謀なのだ。



 エリックが何か話している。

 話の内容はわからないが、この男は何故いつも攻撃的な口調なのだろう。


 途中、「surrender」という単語を聞き取った隆太は、即座に反応した。

「サレンダーの力は作り話だ。ファンタジーだよ」


 カイの通訳を待つまでもなく、エリックが制した。


「イヤ、それは嘘だ」


 確信ありげに話しながら、3人に向かって順繰りに指を突きつける。


「さっき風を起こした時、君たちはさほど驚かなかった。普通ならもっと驚いたり怖がったりする筈だ。君たちは、特殊な能力に免疫がある」


 カイは通訳しながらも全く動じていない。

 フオンの危機かもしれないのに。


(しまった……確かに彼の言うとおりだ。迂闊だった…)

 隆太は内心焦っていた。



「特殊な力への免疫?あるわよ。当然じゃない」


 有希子があっけらかんと言い放つ。


 隆太は一瞬ギョッとしたが、すぐに思い直した。

 有希子のことだ。何か策があるのだろう。



「天空人が周りにウジャウジャいるのよ?”多少の”(と、強調して言う)不思議な力なんて、珍しくもないわ」


 憎たらしく手をヒラヒラさせながら、鼻であしらう。


(水沢さん、スゲエ!女優だ!!)


 咄嗟に、話をサレンダーから天空人の能力にすり替えた機転とその演技力に、隆太は感心することしきりだった。


 おまけに、同志ながら全く天晴な小憎らしさだ。




 だが。


 優しくふたりに微笑みかけながら、カイは首を振った。


「いいんだよ、ユリ」


 そして、エリックに向き直り真面目な表情で話し掛ける。


 おそらくカイは、簡単な言葉を選んで話してくれているのだろう。

 隆太にも聞き取りやすかった。


「サレンダーは実在するが、いま君に会わせることは出来ない。それから、いま名乗った私たちの名前はブログ上のニックネームである」


 おおよそ、こんなところだった。



 隆太には信じられなかった。


(よりによって、こんなヤツにサレンダーのことを話すなんて!)


 チラリと有希子を盗み見ると、彼女はまったくの無表情だった。

 黙って取り皿の料理を突ついているが、耳は会話に集中しているのがわかった。


 エリックは不満げにカイの話を聞いていたが、サレンダーに会えないとわかると隆太に矛先を向けた。



「ああ…リュータ、彼が翼をみせてくれって」


「嫌ですよ」隆太は即座に首を振った。

 カイが訳さなくて済むよう、エリックの目を見て。


「『さっき俺の能力を見せたのだから、今度は君の番だ』って」


 その言い草に、隆太は思わず鼻で笑ってしまった。

 先ほどの有希子の態度に引けを取らぬ憎たらしさだったろう。



「そんなの、アンタが勝手にやったんじゃないか。俺は頼んでない。そんなに見たきゃ、近所をウロついてみたらどうですか?運が良けりゃ、誰かが飛んでるかも」


 そう言いながら立ち上がる。

 これだけ失礼な相手なのだ。こちらだって失礼な態度をとっても構わないだろう。おあいこってやつだ。


「カイ、ビールごちそうさまでした。俺、明日も仕事なんで戻ります」


「あら、じゃあ私も帰るわ。あ、そうそう。商店街の雑貨屋で、『天空人Tシャツ』売り出してたわよ。背中に翼のイラストが描いてあるの。お土産に買っていったら?」


 有希子も半笑いで席を立った。


 カイが通訳している間に、ふたりは「ごちそうさま~♪」とわざとらしい笑顔で手を振って店を出た。

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