第59話 わるいひと

「そういえば、天空人Tシャツって なんですか?」


 フオンの宿題を見ながら、隆太が訊ねた。

 店を出た有希子は、帰らずに隆太と一緒にグエン家へ上がってきたのだ。


「ああ。雑貨屋の軒先に『新発売』ってかかってたのよ。ゴールデンウィークに入ってから、観光客がたくさん来てるんですって。……ほら、ニュースになったから」


「へえ……なんか、みんな逞しいですね」



 2ヶ月ほど前、あの火災で天空人達が空を飛び交い消火活動する様子が、全国のニュースで流れた。

 日本のみならず海外でも話題になったらしく、海外からの観光客も増えているのだそうだ。


 Tシャツだけでなく、ストラップなども売られ始めているらしい。



「あのブログ、閉じた方がいいのかな‥‥」


 ブログを始めた時点では、ここ天空橋がこんな風に大々的に取り上げられるなんて思ってもみなかった。が、あの火災がニュースになってから、『翼の守人』のアクセスは飛躍的にアップした。


 これからも、エリックの様にサレンダーのことを探りにくる者が現れるかもしれない。



「うーん……どうかしらね。教えを広めるという点では、目的に適ってるからねえ」


「でも、フオンが危険な目に遭ったら……」



 結局、日本語版のブログは閉じ、ベトナム語と英語のブログはそのまま残したらどうか、という折衷案が出された。

 エリックの場合は 自身も特殊能力を持っていたから、あの物語が真実の話であるかもしれないと考えたのだろうが、そうでなければわざわざ日本までやってくる物好きは、そういないだろう。


 もちろん、最終決定は全員の会議で決まるのだが。



 仮決定とはいえ一旦話がまとまったので、ふたりの話題はエリックのことへと移っていった。



「それにしてもさ。なんなのよ、あの態度。あんな失礼なやつ、生まれて初めて見たわよ!」


「うーん……あそこまで攻撃的な人も珍しいですよね。少なくとも日本ではねえ」


「なあに?誰のこと?」


 宿題をほぼ終えたフオンが、興味を示す。



 隆太と有希子は、かわるがわるエリックの傲慢な態度について話して聞かせた。

 もちろん、風を操る力のことも。


「風かあー。すごいねえ。こいのぼり、パタパタできるねえ」

 フオンが夢みるような表情で呟く。


 隆太と有希子は一瞬顔を見合わせ、大笑いした。


 フオンは日本の鯉のぼりを珍しがって、自分にも欲しいとおねだりしていたのだ。

 なんでも、「赤いのとピンクのとしましまのがいい」らしい。

(「しましまの」とは、吹き流しのことだ。)



「あいつはきっと、鯉のぼりを吹き飛ばしちゃうよ。すごく嫌なヤツなんだ」


「ふーん。わるい人なの?」


 あまりにもストレートな問いと そのまっすぐな瞳に、隆太はたじろいだ。


「え…えっと……わるい人かどうかは、まだわからないな。会ったばかりだからね。うん、まだわからない」

「そうね。そうね。すごく失礼な人ではあったけど……まだわからないわね」


「……ふーん。シツレイだけど、わるくはないのかあ。難しいねえ」



 フオンの前で他人の悪口を言ってしまったことを反省しつつ、ふたりには同じ疑問が浮かんでいた。



 そういえば、彼は何をしに日本へ来たのだろう……?

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