第60話 理由
「エリックはホテルに帰ったよ」
仕込みを終え、夜からの営業までの短い休憩時間。
一家がリビングに集まり、少し早めの夕食をとる時間帯だ。
「ねえ、あの人何しに来たの? 何者なの? 風を操るって、何なのよ」
夕食の支度をしながら、カイが苦笑した。
「ユキコは、彼のことが気に入らないみたいだね」
「俺だって気に入りませんね。なんかムカつく奴だ」
「あら。リュータにしては珍しいわね」
ホアもクスッと笑った。
「だって、あんな態度……誰だって腹立ちますよ」
「そんなに酷かったの? 私達にはそうでもなかったわよね?」
「そうだね。まあ、礼儀正しかったとも言えないけどね」
憤然とする隆太を他所に、カイは何やら思い出し笑いをしている。
「さて、リュータ。彼は何故、リュータにだけあんな態度を取ったのだろうね?」
「……さあ。知りませんよ」
何故もなにも、初対面だったんだ。俺にわかるわけがない。
「いいかい、リュータ。今朝言ったことを憶えてるかな? これは、『自分を知る』のに、良いチャンスだよ」
「え? ……これが?」
カイは楽しそうな表情で隆太と有希子を交互に眺め、答えを待っている。
(エリックの態度の理由を知ることが、自分を知る修行……?)
さっぱりわけがわからない。
「えーと……たしか、彼は隆太君のブログを読んで、隆太君に会いに日本へ来たって言ったわよね?」
有希子は ” 自分を知る修行 ” 云々にはこだわっていないようだ。
カイの初めの問いについて考えをめぐらせていたのだろう。
「じゃあ、修行の内容やサレンダーの力より、守人・天空人に興味があるってことよね?」
必要の無いことには拘らず、サクサクと物事を前へ進める。
その切り替えの速さに感心しながら、隆太も考えてみる。
「そうですね……確かにサレンダーの力については、それほど掘り下げて聞いてこなかった気がする。ま、その前に俺たちが店を出てきちゃったからかもしれないけど」
「うん、確かに。彼がやったのは、風吹かせて人を小馬鹿にしただけだったわよね……」
随分な言い様だが、その通りだった。
カイはふたりを励ますように、うんうんと頷く。
「その調子、その調子」
店に入った時の様子から思い出してみる。
たしか彼は……紹介される前からずっと、挑戦的な目つきでこちらを見ていたんだった。それで俺は、なんだか不愉快だって……
「えーっと……あ! ……もしかして、対抗意識? ……でも、なんで俺に?」
「考えて、考えて」
カイが頭の横を人差し指でトントンと叩く。
隆太は無意識にその仕草を真似ながら、なおも考えた。
「特殊能力を持つなら、普通はサレンダーに対抗するわよね? ……イヤ、でも!……フオンの力は、まだ発達の途上だし。少なくとも、あのブログの上では」
確かに、火災の際に フオンが大量の水を飛ばして隆太達を助けた事は、ブログに書いていなかった。
いつの間にか、有希子も同じポーズでブツブツ呟いている。
「……フオンが小さな女の子だから?」
「ああ、それもあるかもしれない! アイツ、俺のことヒョロヒョロって言ってたし!」
大人達の会話を理解しようと耳を澄ませ、真っすぐにこちらを見上げているフオンと目が合う。
フオンに ” ホソナガイ ” と言われるのは構わないが、奴に ” ヒョロヒョロ ” と言われるのは腹が立つ。
「俺はたぶん彼と同世代だし、実際に空を飛ぶことも出来る」
「それに」
有希子はトントンと側頭部を叩いていた人差し指を、アンテナのように立てた。
「彼はきっと、あの火事のニュースも見てるのよね? なら、隆太君が人命救助したことも知ってるかもしれない」
「そうですね……海外でどんな風に報道されたのか、わからないけど。ブログの内容や更新が止まったことと関連づけて、何か推測したのかもしれない」
「決まりね。『特殊な力を持つヒーローへの対抗意識!!』どう?」
顔の横に立てていた指アンテナを、カイの方へ振り向ける。
その動きにつられて、隆太もカイの方へ視線を向けた。答え合わせの時間だ。
パチパチパチパチ。カイが笑顔で拍手する。
「いいですよ。私の考えと、大体同じです。でも、もう少し」
ダイニングテーブルに料理を並べていたホアが、自分の腕時計を指し示して合図している。カイはそちらへ頷くと、一同をテーブルの方へ誘った。
「対抗意識だけで、わざわざ日本まで来るかな? もう少し考えてみて下さい。これは、宿題です。夕食の準備も出来たようだし」
「はーい、先生」
しぶしぶ、といった声で、隆太と有希子が揃って手を挙げた。
テーブルの上、5つの明るい笑い声が広がった。
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