第51話 帰り道の死闘
有希子を送るために 駅へ向かう道。
フオンはカイの背中に背負われて、スヤスヤと眠っている。
ついさっきまで、他の子供達とはしゃいで走り回っていたのに。
どうやら子供の時間の過ぎ方というのは、大人とは異なるようだ。
「この街の人たち、口は悪いけどみんないい人よね」
有希子が空を見上げながら言った。
この界隈は、ずっと以前は漁師町だったらしい。
その影響なのか 言葉遣いは乱暴に聞こえるが、実は心の温かい人が多い。
翼を持つことで異端視されてきたという歴史の中で、人の痛みを察することが出来る人が多いのだろうか。
「そうですね。でも、水沢さんも負けてませんよ」
「……どういう意味かしら?」
「だから……いい人だけど、口は……」
すぐ前を歩いているカイとホアがクスクス笑った。
「なによお」有希子が怒ったフリをして頬を膨らませる。
「うちの夫もさー……」
一歩歩くごとに膝で自分のバッグを蹴る真似をしながら、有希子が何気ない素振りで呟く。
「すごくいい人なのよね。私がサラと会って帰りが遅くなっても、文句ひとつ言わなかったし。それどころか、ずっと応援してくれてたの」
「へえ」
世間話のような口調だが、有希子が何か伝えようとしているのがわかった。
「サレンダーの力もサラの力のことも知ってるからね、とても協力的でね。晩ご飯が出来合いのおかずばかりになっても不平なんて言わないし、時にはご飯作って待っててくれたりね」
「優しい方なんですね」
「うん。そうなの。自分の仕事だって忙しいのに、車で送り迎えしてくれたりね。
だからさあ……サラがあんなことになったからって、落ち込んでる姿なんて見せられないじゃない?」
「……そういうもんなんですか?」
「うーん……私が勝手にそう思ってるんだけどね」
有希子はため息混じりに笑った。
「たぶん彼は、私が嘆き悲しんだら慰めてくれると思う。一生懸命、寄り添ってくれると思うんだ。でもさ……」
バッグを蹴りながら、淡々と話し続ける。
カイとホアも、背中で話を聞いている。
「散々協力してもらって、迷惑かけて、挙げ句泣きわめくなんて、あまりにも甘ったれてるじゃない?」
でも……だって、夫婦じゃないか。
そう思ったが、口には出さなかった。
結婚の経験が無い自分には、そういう機微はわからない。
「甘えちゃ、いけないんですかね?」
隆太なりに精一杯、言葉を選んだつもりだった。
有希子は「うーん……」と唸り、夜空を見上げた。
「自分でも、ちょっと他人行儀かなと思わなくもないんだけどね。でも私、そういうの苦手なの。他人に寄りかかるようなこと」
「でもね、」フフッと笑う。
「彼は、私のそういうところも全部わかって、黙って見守ってくれてると思う。だから、私は結局甘えてることになるのよね」
「……素敵な関係ですね」
「うん。とてもありがたいと思ってる……でも正直、けっこうしんどかったんだ」
「……」
「甘えてるって自覚しながら、明るく振る舞うのがね。まあ、素直に泣けばいいんだけど、それが出来ないのよね。性格が屈折してるのね。アハハ」
何を言っていいものかわからなかったので、隆太は黙っていた。
「だからさ、私……隆太君に八つ当たりしたかもしれない。閉じこもっていられる隆太君が、羨ましかったのかも。……ごめん、ねっ!!」
そう言いながら、有希子は隆太の臀部に膝蹴りを入れてきた。
「イッテ! ちょ、ちょっと水沢さん。言葉と行動が合ってないんですけど!」
「わははは! これも八つ当たりじゃ~! 屈折キーック!!」
「く、屈折キックって……」
大げさに逃げ回るふりをしながら、隆太は少し救われたような気持ちになり、同時にまたもや後悔していた。
自分が「謝罪か、行動か」などと迷っている間に、有希子に先に謝られてしまった。
本人の言葉どおり多少屈折してはいるが、謝っていることには違いない。
グエン夫妻の前方にまわり込み、夫妻を盾にして有希子からの攻撃を防いだ隆太は、反撃を開始した。
「お返しだ! 喰らえ! ネガティブビーム!」
腕をクロスさせ、夫妻の隙間からビームを繰り出す真似をする。
有希子は思わず吹き出し、グエン夫妻も声を上げて笑った。
「ふたりとも子供みたいだね」
「どうりでフオンと気が合う筈だわ」
3人が笑ってくれたので、隆太の心は少しだけ軽くなった。
直接言葉にしなくても、彼らは自分の気持ちを汲み取ってくれる。
先ほど、有希子は自分の甘えを自覚していると言った。
隆太もいま初めて、それを自覚した。
そして、ありがたく甘えさせてもらおうと決めた。
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