第50話 変化の兆し

 カイ達のところへ戻ろうと庭に降りてみると、さっきより人が増えていた。

 これから祭りでもあるのかと思うほどだ。


 人混みをすり抜け暗くなった庭を横切る。

 フオンをはじめ子供達は、人の多さに興奮気味で庭中を走り回っている。



「すごい人出ですねえ」


 席に戻った隆太に、酒屋の奥さんが呆れ顔で訴えてきた。


「ちょっと聞いてよ、隆ちゃん。この人ったらさ、店に酒取りに行って、会う人会う人に『長老の家で宴会やってる』って言いふらしてさあ。それでこんなに集まっちゃったのよ」


 指を差された酒屋の店主は、下を向いて頭を掻いている。相当怒られたのだろう。

 一緒に行ったショウちゃんは、退散してしまったようだ。


「まあまあ、賑やかで楽しいですよ。お祭りのようです」


 カイが笑顔でとりなす。


 酒屋の店主は、ありがたいとばかりにその話題に飛びついた。


「オイオイ、日本の祭りってのは、こんなもんじゃねえよ?」



 急に元気を取り戻し 祭りについて熱く語り出すのが可笑しくて クスクス笑っていると、有希子が小声で話し掛けてきた。


「ね、ね。住宅街の放置自転車のこと、聞いた?」


 首を振る隆太に 有希子が勢い込んで説明したところによると、

 道を塞いでいた放置自転車の撤去や見回りを 地元の中高生たちが自発的に始め、

 それを見た大人達が、駐輪場の設置と自転車の放置への対策を 市に要請するべく動いているというのだ。


 最初に放置自転車の撤去を始めたのは、火災の被害を受けた家の子供のクラスメイト達だったらしい。



「みんな、動いてくれてるのね……」


 有希子が感慨深げに言った。



 隆太は「天空人のことも責めない」と言っていた、有希子の言葉を思い出した。


「……消防車も救急車も、これで通れるようになりますね」


 隆太は努めて明るく言った。


「それにしても水沢さん、すごい情報網ですね。俺、全然知りませんでした」


「情報網?」


 一瞬キョトンとした有希子だったが、ああ、と笑った。


「違うわよ。さっき長老に聞いたばかりなの。

 あの放置自転車、なんとかしなくていいんですか、ってねじこんだ時」


「ね、ねじこんだんっすか……」


「ふふ。ウソ、ウソ。もうちょっとこうね、オブラートに包んだ言い方をしたけどね?」


 有希子は笑ってビールをひとくち飲んだ。


「さすが水沢さんですね。その行動力……」


「ふふ。私、『責めない』とは言ったけど、『何もしない』とは言ってないも~ん♪」


 そう言って、有希子はすっかり冷めたタコヤキをポイッと口へ放り込んだ。


 ハア……。隆太はため息をついた。


「脱帽です」


 隆太もタコヤキをひとつ食べた。

 すでに冷めていたが、とても美味しかった。



 * * *



 空はすっかり暗くなってしまった。


 宴会はまだまだ続く様子だったが、隆太達は帰ることにした。

 フオンは「まだ遊ぶ」と珍しく駄々をこねたが、夜更かしさせるわけにいかない。


 5人揃って門を出ると、門のすぐ外に着替え中の青年が居た。

 シャツのボタンを留めている最中だった。


 足元に段ボール箱が置いてあるところをみると、おそらく空を飛んで急ぎの届けものを持って来たのだろう。



 彼は隆太に気付くと、軽く会釈をした。

 見知らぬ青年だったが、隆太が会釈を返すと、彼はインターホンのベルを押し中へ入って行った。



(あんなに若い人も、空を飛ぶようになったのか……)


 たった2ヶ月の間に、こんなにも変わるものなんだ。キッカケさえあれば。



 キッカケさえあれば。



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