第47話 最後の場所で

 隆太と長老がサラ達を運んできた場所には、既にいくつかの花束や飲み物が供えられていた。

 いくつかの花束は、少し古びて萎れている。


 ふたりも花を供え、しゃがんで手を合わせた。


 同じように手を合わせているフオンは、あまりに小さく丸まっていて、そのままヒョイと小脇に抱えて持ち運べそうだ。



 隆太は空を仰ぎ見た。


 あの夜。この空を、たくさんの天空人達が飛び交った。


 水をたたえたバケツを両手に下げ、消火活動のために街中から集結したのだ。

 炎に染まった夜空を 白い翼を広げた天空人達が飛び交う様子は、息をのむほどに美しかった。


 ほんの一瞬、全てを忘れてその光景にみとれたことを思い出し、隆太の胸がズキンと痛んだ。




 その能力で炎の勢いを鎮め、力を使い果たしてグッタリとしていたサラの姿。

 大量の煙を吸い込んだためだろう、聞き取るのがやっと、というほどにかすれたその声……


 隆太にとって、最後のサラの記憶だ。

 思い出すとやはり、心臓がキリキリと絞られたようになる。


 隆太はもう一度手を合わせ、サラの冥福を祈り、誓った。


(俺、ちゃんとします。君の分まで、ちゃんと生きます。)


 そして、自分が閉じこもっていた間も こうして花を供え続けてくれていた誰かに、心の中で礼を言った。



 サラに謝ることは、しなかった。


「サラを見下している」という有希子の言葉に納得したわけではなかった。

 でも、自分もサラの行動の全てを認め、受け入れようと思ったからだ。


 再び心の中に嵐が吹き荒れそうな予感がしたが、今の隆太にはそれを押さえ込むことが出来た。


 それに向き合うのは、家でひとりになってからだ。




「そろそろ帰ろうか」


 そう言って立ち上がると、フオンは頷いて黙って両手を差し上げた。


 当然のように肩車を要求しているのだ。


 隆太は苦笑いしながら、「肩車ね。ハイ、ハイ」とフオンを担ぎ上げた。


「『ハイ』は1回でしょ」フオンが隆太の両頬をペチペチと叩く。


「お、なんだ。急に生意気だな。1年生になったからって」


「リュータが言ったんでしょ!」


「あ、そうだったか」



『フオンが他所の家で恥をかかないように』と、隆太はことあるごとに日本での最低限の礼儀作法を教え込んできたのだ。


 やれ、「靴を脱いだら揃えて置く」だの、やれ、「食事の前後には手を合わせて『いただきます』『ごちそうさま』と言う」だのと、自分でもちゃんと出来ていたか定かではないような 細々としたことを。



「よし。じゃあ、ちゃんと憶えてたご褒美に、ジェットコースターで帰るぞ」


 そう言うと、フオンはきゃあきゃあ言って喜び、隆太の髪につかまった。


「いくぞ~! ビュ~ン!!」


「行けー! リュータぁ!!」


 フオンの歓声と共に、隆太は走り出した。




 ポケットの携帯電話が鳴ったのは、ちょうど隆太の息が切れはじめた頃だった。


「あ、水沢さんからだ」

 少し気まずい思いはあったが、隆太は受信ボタンを押した。



 有希子からの電話と聞いてフオンは大人しくなったが、隆太の携帯に自分の耳を近づけ、話を聞こうとする。

 頭をギュウギュウ押し付けてくるので、隆太は首を傾けたまま話さなければならなかった。


「あ、隆太君? 今どこ?」


 こちらが何も言わないうちに、有希子が話し出した。

 先ほどまでの口調とはうって変わって、なんだか楽しげな声だ。


「えーと……もうすぐ商店街の入り口です。フオンも一緒です」


「そう。あのね、今、長老の家に来てるの。みんな居るから、隆太君達も来て」


(長老の家?)


 隆太は不思議に思った。何かあったのだろうか。


「なんでまた……」と言いかけたが、「いいから、いいから。待ってるからね~♪」と電話を切られてしまった。


(なんなんだ……)



 戸惑う隆太に、会話を盗み聞いていたフオンが肩の上から指令を出す。


「行けー! リュータぁ! チョーローのうちへ~!」


 どうやら、この件に関して隆太に決定権は無いようだった。

 どちらにしても、特に断るつもりも無いのだが。


「ハイ、ハ……」と返事しかけた隆太の口を、フオンがぎゅっと握った。


「ハイは1回」


 口を握られたままし直した返事は、「むぁい」という風に響いた。


 フオンはそれが気に入ったらしく、しばらく隆太の口を握ったまま、なかなか離してくれなかった。


(そういえば、みんなって言ってたけど……3人みんな、って意味だろうか。イヤ、なんだかもっと賑やかだったような気がするな)


 わざと話し掛けてきては モゴモゴいう隆太の返事にいちいち笑う、というフオンの遊びに付き合いながら、少し急ぎ足になる。



(まあ、着いてみればわかるさ。それより、早く着かないと口が擦り切れるぞ)


 隆太はなんとかフオンの指から逃れ、また口を握ろうとするその手に 逆にカプカプ噛み付く真似をしながら、帰路を急いだ。



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