第46話 シカク
「サラのお花、私が持つの」
フオンがそう言い張るので、花はフオンに任せることにした。
ときどき匂いを嗅いでは、ニコニコしている。
手を繋いで歩きながら そんなフオンを見下ろし、隆太は改めて感じた。
(こうしてると、ほんとうに普通の、小さな女の子だ)
あの時のフオンを思い出す。
隆太が水を出すよう頼んだとき、こちらを見上げた怯えた表情。
瞬間的に水を増やすのに成功して 隆太に褒められたときの、泣きべそ顔……
「……フオン、ごめんな」
「ん? なにが?」フオンが無邪気に問い返す。
「あの時さ、無理させちゃって……俺、モリビト失格だな」
隆太は自嘲気味に短く息を吐いて、嗤った。
すると、フオンは繋いだ手を強く握り隆太を見上げた。
「ちがうよ! リュータはシカクじゃないよ」
そう言うとまっすぐ前を見つめ、繋いだ手をブラブラ振った。
「ん~……リュータはね、ホソナガイよ!」
ん…? ホソナガイ?
一瞬考えこんだ隆太だったが、すぐにフオンの言わんとすることがわかった。
と同時に、大笑いしてしまった。
「あっはっはっはっは! そうか、細長いか。でもね、フオン。
『四角』じゃなくて、『失格』って言ったんだ。駄目なモリビト、ってことだよ」
きっと彼女は、言葉の意味はわからないながらも「シッカク」と言った隆太の声の調子から 否定的な意味あいを察して、「シカクじゃない」と言いたかったのだろう。
それでとにかく ”四角じゃないなら……” と、隆太の背が高く痩せ形の見た目から「ホソナガイ」という言葉を選んだのだ。
隆太を慰め、励ますために。
それに気付くと、思わず胸がキュッと締め付けられ 瞼の裏がじんわりと熱くなった。
「あー、そっかあ。えへへ」
言葉の間違いを笑われて、フオンは自分も笑いながら隆太の足に軽く身体をぶつけてくる。照れ隠しなのだろう。
「じゃあ、リュータはモリビトシッカクじゃないよ。私、わかるもん」
そう言われて、一気に涙が溢れ出しそうになった隆太は 慌てて「フオン、肩車するか?」と誤摩化した。
フオンは案の定、「うん!」と両手を高く差し伸べた。
フオンは肩車が大好きなのだ。
隆太はヒョイと屈むと、フオンの脇の下を抱え自分の肩に担ぎ上げた。
(ふう。危ない危ない。心配させて慰められて、このうえ泣き顔なんか見せられるか)
街路樹の葉を触ろうと、肩の上でジタバタと暴れるフオンの足を抱え直すついでに、隆太は急いで目元を拭った。
「コラ! あんまり暴れんな。あぶねーから」
フオンは全く聞いていない。
次はあっちの樹に触る、と指令を出すフオンに「ハイ、ハイ」と従いながら、ふと気付いた。
そういえば、声を出して笑ったのは久しぶりだったな……
* * *
「あれ? ここ…」
フオンの指令に従って歩いていたため思わぬ時間を喰ってしまったが、目的地はもうすぐそこだ。
「そう。そこの角を曲がったら、すぐだよ」
あの現場を見る前に。
隆太は立ち止まってフオンを降ろした。
そっと、首元の「お守り」のネックレスに触れる。
目を閉じて、自ら強くイメージした。
少し前に、突然浮かんできたイメージの中で、切れて落ちてしまったチョーカーの紐。
しっかりと結び直し、再び首にかける。
そしてくるりと後ろを向くと、背中には小さな白い翼。
顔を上げ、前を見つめ、まっすぐに立っている自分の姿。
ヨシ。俺は、大原隆太。天空人。そして、サレンダーの守人。
(イヤ……)
隆太は小さく吹き出した。
(ホソナガイ守人、か)
フオンと再び手を繋ぎ、大きくニカッと笑う。フオンも笑い返す。
「よし、行くぞ」
気合いを入れて角を曲がった2人は、思わず「ほぅ……」と溜息を漏らした。
あの、火災現場。燃え落ちた家々。鎮火してもなお、燻っていた柱や壁。
2人の記憶にあった無惨な光景は、見違えるようだった。
再建が始まっていた。
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