第44話 遠く離れた場所で


「チッ……まだかよ」


 その男は、スマートフォンの画面を見ながら舌打ちした。



 照明を落とした部屋。ベッドや床の上に脱ぎ散らかした服。サイドテーブルには、酒瓶やグラスが転がっている。


 腰掛けていたベッドに靴のまま倒れ込み、持っていたスマートフォンを放り出した。




 いつも見ていた、あるブログ。


 彼が偶然そのブログを見つけたのは、2月の初めだった。


 水の力を操る少女と、彼女を見守り共に成長して行くモリビト。

 その修行の様子等をブログ風に綴る、という趣向の小説。


 彼は引き込まれるようにその小説を読み続けた。



 特に、瞑想により修行するところは何度も繰り返し読んだ。


 小説なのだから作りごとだとわかってはいたが、呼吸法も真似してやってみたりした。


 もちろん何も起こらなかった。

 それでもやはり、憑かれたかのように読み続けていた。



 だが、ある日突然更新が止まってしまい、それっきりとなった。


 最後の記事には、近所で大きな火災が起きたようだと書かれていた。

 その後は、更新はおろか、コメントの返信すら止まったまま。




 ……やはりあのニュースの火事と関係があるのだろうか。



 いつだかテレビで見た、日本のテンクウバシという街での火災。


 翼を持ったテンクウジン達が空を飛び交い、バケツで水を運び消火活動をする姿を見て、驚愕したものだ。




「小説」といいながら、あのブログにはやはり現実と重なる部分があるのだろうか。


 だとすれば、どこまでが作り話で、どこまでが本当なのか。


 少なくとも、翼で空を飛ぶ者がいることは確かなのだ。




(水を操る力……)



 男は腕枕をして天井を睨み、遠い日本へ思いを馳せた。


 日本。テンクウバシ。


 サレンダー。


 翼を持ったモリビト。




 そして……


 男は目を閉じて、思い浮かべた。



 くるくる回る、赤い風車。


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