第43話 隠された恐怖
「大変なことだったわね。とても怖かったでしょうね」
……怖かった?
思いがけない言葉だった。ほとんど愕然としたと言ってもいいほどだ。
「俺は……」
驚きのあまり、隆太は自分でも知らぬうちに呟いていた。
「そうか、俺は……怖かったんだ……」
炎の中で親子を抱えきつく目を閉じているサラの姿が、頻繁に浮かんでくるのも。
そのくせ、サラのことやあの火事のことを考えようとすると、心が麻痺したように止まってしまうのも。
夜中に何事か叫びながら目覚め、それなのに夢の内容を全く憶えていないのも。
あの時は無我夢中だった。
今までに飛んだことのない距離を飛ぶことに対する怖れは無かったし、炎の熱ささえほとんど感じていなかった。
でも、俺は。本当は……そう、とても怖かったんだ……
ホアに言われるまで、隆太はそのことに全く気付いていなかった。
そして、自分の怯えを発見した途端、緊張していた身体中の筋肉がほどけていく気がした。
突然、頭の中にイメージが現われた。
”サレンダーのお守り” のチョーカーが切れ、足元に落ちる。
視点が切り替わり、隆太自身の後ろ姿が見えると、背中の翼がポロリと落ちた。
頭の中に浮かんだイメージは 一瞬でかき消えた。
最後に隆太が見たのは、守人でもない、天空人でもない。
若干心許なげな、ただの隆太だった。
「ちょっと……『そうか』って、隆太君。まさか、自分でわかってなかったの?
火事の中に飛び込んだのよ? ……そんなの、誰だって怖いに決まってるじゃない!」
有希子の声には、驚きと混乱が混じっていた。涙はなんとか飲み込んだらしい。
「いや、ワタシにはわかるような気がするよ。……一度恐怖を押さえ込むと、再びそれに向き合うには時間がかかる。無理矢理押さえ込んだ恐怖は、消えてなくなるわけじゃない。少しの間見えなくなるだけ。
でも、ちゃんとそこにあって、私たちをずっと苦しめる」
カイの口調は慰めるようなものだったが、口先だけで言っているのではなく、確信をもって話しているのがわかった。
「そうね。だからね、ユキコ」
ホアは、再び有希子に向き直った。
「リュータに、もう少し時間を頂戴ね。急ぐ必要は無いの」
有希子が何か答える前に、隆太は思わず立ち上がった。
様々な感情やショックに、続けざまにぶん殴られもみくちゃにされ、満足に呼吸も出来ない。頭の中がグワングワンと音をたてている。
今は、ここを離れたい。少しだけ……
「すみません。俺、ちょっと……ちょっと、外の風に当たってきます……」
誰も、何も言わなかった。
だが、俯いたままの隆太にも、彼らが頷いた 柔らかな気配を感じられた。
リビングの扉を開けると、フオンが自分の部屋に駆け込むのが見えた。
こっそり隆太達の様子を窺っていたのだろう。
隆太は声をかける事をせず、玄関を出て階段を下りはじめた。
途中、自分の部屋に続く短い廊下を意識し、そのまま部屋に戻ってベッドにもぐりこみたい誘惑に駆られたが、歯を食いしばるようにして それを無視した。
……このまま また閉じこもってしまえば、俺は本当の馬鹿だ。
薄暗い階段を下りきると、隆太は明るい日差しのもとへ踏み出した。
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