第41話 残酷な事実


 ……認めていない? 俺が? サラを?


 有希子の言う意味がわからなかったが、隆太はそっぽを向いたままの姿勢を崩さなかった。



 だが、代わりにカイが聞いてくれた。隆太同様、有希子の真意がわからないようだ。


「認めていない? それはどういう意味だろう?」


 有希子が数回、静かに深く呼吸をしたのがわかった。気持ちを鎮めているのだろう。



 少し間をおいて、再び話し出した有希子の声は冷静だった。


「隆太君。サラと初めて会う直前に、あの喫茶店で話したこと、憶えてる?」


「え……」


 突然の問いに、隆太は思わず視線を有希子に戻した。


 少し戸惑ったが、すぐに思い出した。


「ああ。……うん」




『人の心を解放することなんて、本当に出来るんだろうか……』


 フオンの前の代のサレンダーが、自分の能力に怯えていたことを知り、

「もし特殊な能力を持つことに怯えている人がいるのなら、その人の力になりたい」

 そう思って隆太はブログを始めた。

 そのブログに、発火能力者であることに深い苦悩を抱えたサラが接触してきた。


 自分で始めたことにも関わらず、隆太は土壇場になって怖じ気づいたのだった。

 そんな隆太の弱気を断ち切ったのが、有希子の言葉だった。


『解放するのは、私たちじゃない。瞑想と、彼女自身よ』




「うん。憶えてる……けど」


 それだけ答えた隆太に、有希子は頷いた。


「あなたは、あのときと同じ間違いをしてる」


(間違い……?)


「あなたは、サラのことを一人前の大人だと認めていない。自分が守ってやるべきだった弱い者、自分がどうにかしてやらなければいけなかった弱い人間とみなしてる」


 有希子が静かな声のまま放った言葉は、今までの人生で隆太が受けたなかで最も残酷なものだった。


「あなたはね……サラを見下している」



 隆太は言葉を失った。熱いナイフで心臓を抉られたかのようなショックだった。


(そんな……俺が、どうして……)


 反論の言葉は頭の中を渦巻いているが、あまりの衝撃に言葉が出て来ない。



「だから、サラを巻き込んだのは、救えなかったのは、自分のせいだなんて思うのよ」


(違う。なんでだよ。どこがだよ。見下してなんか……)


 反論出来ずにいる隆太に構わず、有希子は冷酷にも続ける。


「もちろん、私達自身に責任が無いなんて思ってない。でもね。

 サラは、自分の意思で私たちに接触して、自分の努力で成長して、自分の判断で火災に飛び込んだ。自分の力の使い方を、自分で選んだ。だから私は、それを尊重する」



 言葉はまだ、隆太の口に戻って来ない。



「自力で脱出出来ずに、隆太君と長老を危険な目に合わせたけど。そのうえ……」

 有希子は言葉を切った。何かを飲み込むようにして、再び口を開く。


「そのうえ、自分の命を落としたけど」


 隆太はまだショックの最中に居たが、有希子の言葉にひっかかるものがあった。


「……莫迦なことをしたって言うんですか? サラは余計なことをした、って言いたいんですか?」


「違います」有希子が冷静に否定した。



「私は、どんな結果に終わったとしても、サラの選んだことを尊重するって言ってるの。同じく、隆太君のしたことも」


「……俺の?」


「そうよ。あの時、もし自分に何かあったら、って……少しでも考えた? もし自分が死んだら……って、残されるフオンたちのこと、考えた?」


「……」


 隆太はまたも言葉に詰まってしまった。

 自分が死ぬなんてことは、あのとき、いや、たった今言われるまで、全く頭に浮かばなかったのだ。


「だって俺……フオンの水が護ってくれるような気がしてたし…」



 そう。口に出して初めて気付いた。


 隆太は単に「炎に飛び込む前に身体を濡らす」というだけでなく、サレンダーであるフオンが創り出す水に、何かしらの護りの効果を期待していたのだ。無意識のうちに。


「フオンがあの時どんな思いで水を創り出したか、大量の水を飛ばしたか、考えた? あんな小さな子供が、失神するほど集中したのよ」



(ああ……)



 先ほどからの有希子の言葉への怒りも、ショックも、全て消えてしまった。




 今更ながら自分の身勝手さ、軽率さを思い知らされていた。


 カイとホアがエネルギーを加勢していたとはいえ、いきなりあんな大きな力を、なかば無理矢理引き出したのだ。サレンダーの力を失うどころか、下手をすれば身体に害があったかもしれないのだ。


 それに……


 全てが終わった後、俺はフオンの働きに心から感謝した。だが、その気持ちにまで配慮しただろうか……



 考えるにつれ、自分がひどい人間のように思えてくる。



「俺……オレ、だって……」


 隆太は自分の口調が まるで子供のそれのようになっているのに気付いたが、止めることが出来なかった。


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