第40話 火花
3階にある、グエン一家の住まい。
そのリビングに最後に通されたのは、およそ2ヶ月前。
サラの亡くなったときの様子を聞いた時以来だ。
うなだれた隆太が座っていたそのソファに、今は有希子が座ってこちらを睨み据えている。
隆太はリビングの入り口で回れ右をして帰ってしまいたかったが、その後どうなるかを考えると 大人しく座った方が良さそうだった。
ノロノロとソファに腰掛けた隆太に、有希子はきつい口調で詰問する。
「もう一度伺いますけど。一体いつまで、そうやって逃げてれば気が済むわけ?」
「別に、逃げてなんか……」
……なんで俺がこんなことを言われなきゃいけないんだよ。
隆太は舌打ちしたい気分だったが、なんとか堪えた。
「逃げてるわよ。いい加減、悲劇のヒーロー気取りは止めたら?」
いくらなんでも、これは聞き捨てならなかった。
隆太は有希子を正面から睨みつけた。
胃がカッと熱くなる。こんなに腹が立ったのは、生まれて初めてかもしれない。
「何よ。文句があるなら言ってみなさいよ」
有希子も隆太を睨み返し、腕を組み足を組んで背もたれにふんぞり返った。
隆太は怒りのあまり歯ぎしりするような気持ちだった。
だが、出てきたのは「アンタには関係ない」という押し殺した声だけだった。
有希子が大きく息を吸った。怒鳴られる、と思ったその瞬間、絶妙のタイミングでホアがお茶を運んで来てくれた。
「ほら、ふたりとも。そんな顔しないで。肩の力を抜いて」
穏やかに微笑みながら、テーブルの上でお茶を注いでくれる。
カイもお茶菓子の鉢を持って現われた。
こちらは少し落ち着かない様子で隆太の隣、有希子の正面に座る。
「これ、昨日いただきましたよ。しろねこ亭のかりんとう。いつもタイヤキを買ってくれるお礼だって」
そう言って、自らかりんとうを食べはじめた。どうやら間が持たならしい。
その間も、ホアは落ち着いたものだ。
しばらく沈黙が続いた。
有希子は組んでいた足は解いたものの、まだ固く腕組みしたまま隆太を睨んでいる。
隆太は自分の膝を見つめ、黙って爪を弾いているばかり。
有希子への怒りが収まらず、絶対に自分から話の口火を切ったりするものか、と決意していた。
カイはホアに助けを求めるように目配せするが、ホアは悠長にお茶を飲んでいる。
とうとう、有希子が口を開いた。
「で? なんで瞑想に来ないわけ?」
「別に……仕事が忙しくなったから……」
嘘をついたわけではなかったが、完全に正直というわけでもなかった。
忙しくなったのは、隆太が自発的にシフトを増やしたからだ。
仕事に集中している間は、いくらか気が紛れる。
ゴールデンウィーク中の今は ただでさえ人手不足なので、隆太のシフト増は喜ばれた。
「ふうん……」
有希子はお見通しだとでもいうように鼻を鳴らし、隆太はまたそれにイラついた。
「じゃあ、誰ともロクに口をきかないのは、どうして?」
何もわかってないくせに………誰も、何も……
「別に……」
そう呟いたきり口を噤んでしまった隆太に、とうとう有希子も声を荒らげる。
「何よ! 自分ばっかりが悲しいとでも思ってるの? 皆、頑張って乗り越えようとしてるんじゃないの。なのに、何なのよ。ひとりだけいつまでもウジウジウジウジ……」
見かねてカイが口を挟む。
「有希子。人にはそれぞれのペースがあります。急がせるのは良くないよ。リュータだって……」
そう言って、リュータに視線を向ける。が、隆太はそっぽを向いて押し黙ったままだ。
「そんなこと、わかってます」
有希子が今度はカイを睨む。その勢いに、カイは続く言葉を失ってしまったようだ。
「私が怒ってるのは、隆太君がいつまでも自分を責めてるから。そして……」
と再び隆太に向き直る。
「隆太君が自分を責めるのは、サラのことを認めてないから。
だから、腹が立つのよ」
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