第39話 嵐到来

 水沢有希子がほとんど喧嘩腰で乗り込んできたのは、その数日後の午後だった。


 仕事は休みだったが、隆太は何もする気が起きず ただボーッとしていた。



「隆太君、居るんでしょう? 私よ。水沢です。開けて」

 そう怒鳴るようにして、ドンドンと何度も玄関のドアを叩く。



 面倒くさそうにしぶしぶドアを開けた隆太を、有希子は睨みつけた。


「……お久しぶりです」


 隆太は会釈するふりをして、有希子のそんな視線を避けた。



「……何してんのよ」


 低い声でそう言った有希子は今や、腕を組んで片足に重心をかけて仁王立ちだ。


「何がっすか……」


 目を合わせないまま耳の後ろをポリポリ掻いたりしている隆太を、有希子は依然睨みつけたままだ。


「何がじゃないわよ。まだ瞑想に出てないそうね。ロクに顔も合わせないらしいじゃない? ……フオンが心配して、私に電話してきたのよ」


 そう言われて顔を上げかけると、有希子のスカートの陰に隠れてこちらを窺っていたフオンと目が合った。


 怒られると思ったのか、フオンは走って逃げてしまった。


(余計な事を……)

 隆太は思わず、ため息をついた。


「まだウジウジしてるわけ? いつまでそうしてるつもりなのよ」


 高圧的なその口調に、さすがの隆太もカチンときた。


「……瞑想は強制じゃなかったはずですけど」



 数秒の間があった。爆発の前の一瞬の静けさだ。有希子が怒りを抑えているのが伝わってくる。


「確かに、そうね。……でも、瞑想の事だけじゃない。フオンにまで心配かけるなって言ってるのよ!」



(別に、心配してくれなんて頼んだわけじゃない……)



「……俺は大丈夫ですから。放っといて下さい」

 そう言いながら隆太はドアを閉めようとした。


「ちょっと! 何なのよ、それ! いい加減にしなさいよ!」


 有希子は大声を出し、力ずくで無理矢理ドアを開け放った。


 騒ぎを聞きつけたのか、それともフオンが呼んだのか、階上からグエン夫妻が急いで降りてきた。


「ユキコ、少し落ち着きなさい。ほら、そんな怖い顔をしないで」


 上へ行きましょう……そうホアに促され、有希子は憤然としながらもそれに従った。


 ドアを閉めようとした隆太に、カイが静かに声をかけた。


「リュータ。私たちには、少し話し合いが必要ではありませんか?」


 いえ。けっこうです。そう言ってドアを閉めてしまいたかったが、隆太には出来なかった。

 頼んだわけじゃない、などと心の中でうそぶいてはみたものの、やはり心配をかけてしまっている事を申し訳なく思っていたからだ。

 


(話し合いか……)


 隆太は暗澹たる気持ちで曖昧に頷くと、カイの後について階段を上がっていった。





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