サレンダー 〜風使いと音使い〜
第38話 憂鬱な朝
鳥のさえずりが聞こえる。
未だ夜も明けきらぬ5月の早朝、隆太はベッドの中で目を覚ました。
薄闇の中、目覚まし時計を見てみると、アラームの鳴る時間の1時間も前だった。
「ハア……」
うんざりしてため息をつきながら、隆太は再び布団にもぐりこんだ。
もう眠たくはなかった。が、起き上がる気になれなかった。
(アラームが鳴るまでゴロゴロしてよう……)
布団の中で膝を抱え、丸まって目を瞑った。
(仕事、行きたくねー……)
ここは暗く暖かく、心地いい………
* * *
もう眠れないと思っていたのに、いつの間にかウトウトしていたようだ。
階上から微かに物音が聞こえる。
グエン一家が朝の瞑想に出掛けるのだろう。
今日は神社と屋上、どちらに行くのだろう……
そんなことを思いながら、隆太は息をひそめた。
身動きしたら、既に目覚めている事を彼らに知られてしまいそうな気がしたからだった。
この2ヶ月間近く、隆太は瞑想に参加していない。あの火災でサラを喪って以来、一度も。
だがやはり、癖で早朝に目が覚めてしまうのだ。
グエン一家が階段を忍び足で降りていく音が聞こえる。
彼らが隆太を気遣ってくれているのはわかっていた。
それでも、瞑想に参加する気持ちには、まだなれずにいた。
彼らの足音が去ってしまうと、隆太はのそのそとベッドから降り、滑り落ちるように床に座った。
俯いたままの姿勢でじっとしている。
なんだか無性にイラつく。
(うるっせーな……)
外でさえずっている鳥に毒づいてみたが、本当は自分自身に苛立っているのだという事を、隆太はわかっていた。
サラが死んでしばらくの間、隆太は一種の思考停止状態にあった。
心の中が真っ白になって何も考えられず、何かを感じる機能が遮断されているかのようだった。
全ての出来事は自分と無関係に進んでいて、自分は閉ざされたビルの窓からその光景をぼんやりと眺めている……そんなカンジだ。
この状況から逃げ出したい、何も無かった事にしたい……
無理だと知りつつも、隆太はそう願ってばかりいた。
徐々に思考停止状態から脱すると、今度はひたすら自分を責めた。
サラの死には、自分に大きな責任があると考えずにはいられなかったからだ。
自分がした事、あるいはしなかった事のせいで、サラは未来を失ってしまった。
これからやっと、幸せになる筈だったのに。
明るく楽しい日々が、待っている筈だったのに。
美しい世界を、美しく生きていく筈だったのに。
そう思うと隆太は、とても瞑想などする気にはなれないのだった。
自分ばかりが宇宙と繋がり世界の美しさを享受するなど、許されない事だと感じた。
そんなの、あまりにも不公平だ。
(まさか、こんなことになるなんて……そんなつもりじゃなかったんだ……)
もう何度目になるのかわからないその言葉を、声には出さぬまま隆太はまた呟いた。
ピピピピ、と目覚まし時計のアラームが鳴った。
隆太は思わずビクッとして、そのことにまたイラついた。
目覚まし時計を蹴り飛ばしてやりたい気分だったが、物に八つ当たりするタイプではなかった。
隆太は手を伸ばし、静かにアラームを止めた。
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