第37話 永遠の連鎖
うららかな朝。
今日はフオンの入学式だ。
おめかししたフオンとその両親。
隆太は商店街の外れまで自転車を押して彼らと一緒に歩き、分かれ道で手を振って彼らを見送った。
まるでランドセルが歩いているようなフオンの背中を眺めながら、隆太はほんの数秒、思い返した。フオンに水を出すように頼んだ時のことを。
隆太はあの時、フオンが水を創り出したものと思っていた。
だが実際は、カイの持っていたバケツの底に少しだけ残った水を握りしめて、フオンは走ってきたのだ。
そして驚異的なスピードで手のひらに水を増量し、隆太に水を投げつけた瞬間に、空中で爆発的に水を増やしたのだった。
それは、意識して行った事ではなかったらしい。
「いっぱい水をかけなきゃ、リュータが燃えちゃうと思ったの。手で水を溜めた方が出来るような気がした」
だいぶ後になって、フオンが言ったのはそれだけだった。
彼らの後ろ姿が見えなくなると、隆太は思いを振り払い、自転車にまたがり会社へ向かった。
通常の半分ほどの時間の勤務だが、今日から仕事復帰だ。
隆太の事情を知って、会社は長く休ませてくれた。
連日、あの火災の報道が続いた。
空を飛び交う天空人達の姿が、繰り返し全国に放送されたのだ。
世界中のニュース番組からも、取材の申し込みが殺到した。
隆太自身は一切取材には応じなかったが、長老をはじめ何人かが取材に応じたようだ。
天空人達の苦い歴史も、紹介された。
多くのニュース番組は「天空人達が過去に受けた苦難を繰り返さぬよう、彼らの特殊性を尊重するべきである」という論調で締めくくられた。
そんなふうに大掛かりに取り上げられても、サレンダーについては皆沈黙を守ってくれていた。
それは、隆太とグエンファミリーへの敬意を顕しての事だった。
報道を受け、隆太のブログのアクセス数は一気に上がった。
「天空橋」や「天空人」というキーワードを検索して、辿り着いたようだ。
隆太はブログを閉鎖しようかとも考えたが、サラに失礼になるような気がして、チームと相談のうえ、そのままにしてある。
職場に着くと、皆が隆太の職場復帰を喜んでくれた。
友人を失ったことへのお悔やみや、火災の被害をくい止めたことへの控えめな賛辞がおくられた。それを茶化すようなものは一人もいなかった。
ひと月ほども休んでいたのだが、ブランクはあまり感じなかった。
あの不思議な無感覚をまだ引きずってはいたが、仕事は以前と同じくこなすことが出来た。
13時過ぎ、隆太は会社を出た。
入学式を終えたグエン達と待ち合わせて、サラの墓参りに行く約束なのだ。
サラにもランドセル姿を見せるのだ、と言い出したのはフオンだった。
もちろん、有希子も一緒だ。
自転車で待ち合わせの駅に着くと、4人は既に待っていた。
* * *
サラの先祖の墓の前で、線香をあげ手を合わせる。
「宇宙と繋がるとき、私たちはサラとも繋がってる」
隆太の隣で、有希子がポツリと言った。
腕にはやはり、あのブレスレットだ。
「うん、わかってる。でも……」
佐和子の両親には感謝されたが、それで隆太の心が晴れたわけではなかった。
「わかってはいるけど、感情はまだ追いつかないわよね」
隆太が言いたかった事を、有希子が先に言ってくれた。
サラはあの時、隆太に言った。
「隆太さん……繋がったよ………出来たよ……」
極限状態の中で、サラはおそらく通常の瞑想などとは桁違いに精神を集中させ、宇宙と大きく結びついた。
そしてその膨大なエネルギーを、炎を抑えることに注ぎ込んだのだ。
一方で、親子を抱えて逃げられないこともわかっていた。
だから心の中で、必死に隆太に助けを求めたのだ。
同じく全霊でサラを思っていた隆太がサラの居場所を確信出来たのは、その念を受け取ったためだろう。
あのとき、ふたりは宇宙を介して確かに繋がったのだ。
空中を飛び回った白猫の幻影は、サラが創り出したものだったのだろうか。
それとも、死んでしまった猫がサラを守ろうと……?
それについては、隆太にはわからなかった。どちらでも構わなかった。
サラの肉体は滅んだが、魂は宇宙と一体になった。
サラとの記憶は、隆太達の魂を形作る礎のひとつとなって組み込まれる。
その魂は、隆太達の子孫や周りの人達に受け継がれ、永遠に続いていく。
隆太達の肉体が滅んでも、永遠に。
炎のような夕焼けが、彼ら5人を照らしていた。
5人の脳裏に、長く炎の尾を引いて飛んで行く猫の姿が一瞬ひらめいて、消えた。
第一部、翼の守人編 おわり
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