第35話 空白
隆太は、2週間入院した。
あの時はほとんど熱さを感じていなかったのだが、軽症ではあるものの、かなり火傷を負っていたのだ。
入院当日、遅い時間に両親が慌てふためいて見舞いに来ていたらしいが、その時隆太はまだ眠っていた。
目覚めてから再び現われた両親に、隆太は何故かこっぴどく叱られた。
だが息子の身体を気遣った彼らは、詳しいことを聞き出すことも無く、隆太の無事を確認して帰って行った。
街の人達やサラが命を救った家族が続々と見舞いに来たが、その対応は全て、交代で来てくれているグエン夫妻や有希子がこなし、病室へは入れなかった。
隆太にはそれがありがたかった。
サレンダーの能力については、その現場を見た者に長老がその場で箝口令を敷いたらしい。
それでも噂は広まるだろうと一同は覚悟していたが、そうはならなかった。
長老が一軒一軒をまわってサレンダーの力を説明し、口外しないよう念を押して歩いてくれたのだ。
グエン夫妻は、隆太の怪我が早く治るようにとエネルギーを注ぎ込もうとした。だが、隆太はそれを断った。
サラを巻き込んでおいて救えなかった自分は、なるべく長く痛みを感じて苦しまなければいけないような気がしていたからだ。
しかし皮肉にも、日頃の瞑想で免疫力が上がっていた隆太の回復ぶりは、医者も驚くほどだった。
退院当日、グエン一家と有希子が店を休みにして迎えに来てくれた。
帰宅した一同は、3階のリビングに落ち着いた。そこで隆太はようやく、サラの臨終の様子を聞く心の準備が出来たのだった。
サラは病院に運ばれてから数時間、昏睡状態が続いた。
一度だけ意識が戻り、助けた子供を連れて先に病院に到着していた有希子が呼ばれた。
グエン夫妻は、眠っているフオンのベッドにつきっきりだったのだ。
サラは隆太への伝言の他に、「パパとママに、ごめんねって……」とかすれた声で言ったそうだ。
有希子に手を握られ、サラはまた眠った。
しばらくして、彼女は静かに息を引き取った。
彼らは、サラの葬儀にも出席した。
また、天空人達も多くが葬儀に出席したのだった。
サラの両親は、中学時代から友人を全く作らなくなった娘の葬儀に大勢の人が参列してくれたことに驚きつつも、涙ながらに喜んでいたそうだ。
隆太は膝に肘をつき、両手で顔を覆いながら黙って全てを聞いていた。全てを聞き終えても、そのまま動かなかった。ホアの淹れてくれたお茶にも手を付けなかった。
やがて、「少し休みなさい」というカイの言葉に頷き、礼を言って部屋に戻りベッドに潜り込むと、丸まって眠った。
実は、有希子は葬儀のあと、サラの同僚という女性グループに声を掛けられていた。
彼女達は、有希子のブレスレットに目を留めたのだそうだ。
有希子はサラとお揃いのブレスレットを外す気になれず、葬儀の席でも着けたままだったのだ。
「太田さん、最近とても明るくなって……年上のお友達が出来たって言ってました。お姉さんみたいなんだって」
「よく笑うようになって、毎日が楽しくなってきたんだって言ってたのに……」
「そう。それに、急に綺麗になったから『好きな人でも出来たの?』って聞いたら、赤くなって『そんなんじゃない』って言ってました」
そう言って、彼女達は泣き笑いしていた。
有希子は、そのことだけは隆太に言わなかった。どうしても、言えなかった。
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