第34話 遺したもの


 隆太が目を覚ましたのは、病室だった。


 フオンが隆太のベッドの足元に突っ伏して眠っている。

 隆太がボーッとしながら自分の腕や肩に巻かれた包帯を眺めていると、看護士がやって来た。


「大原さん、わかりますか?」


「ええ……ハイ……病院です……ね」まだ意識がボヤけている。


 看護士はテキパキと隆太の脈を確認し、額に手を当てたり点滴の具合を見たりしたあと、「先生を呼んできます」と出て行った。



 フオンはまだ眠っている。


 ぼんやりとだが徐々に記憶が甦ってきた。手を伸ばし、眠っているフオンの頭をそっと撫でる。


 彼女はあの時、初めて何も無いところから水を創り出した。

 そして、練習ではまだ出来なかった水の移動。それも、大量の水を一気に燃えている家へ向けて投げつけたのだ。


 自分とサラを救うために。こんな小さな身体で。



 そこへ、有希子とグエン夫妻が駆け込んで来た。


「リュータ!」

「良かった……」


 ホアが隆太の包帯の巻かれていないほうの手を握る。

 カイはホアの背後に立ち、涙を溜めた目で笑顔を隆太に向けている。

 有希子は眠っているフオンの後ろで唇を噛み、立ち尽くしていた。


「サラは……?」


 隆太の問いに、3人は俯いた。



「俺のせいだ……」


「リュータ……」ホアが手を握る力を強めた。


「俺が、あんなブログなんか始めたから……」隆太はきつく目を瞑った。


「リュータ。責任なら、私たち5人みんなにあります」カイが言った。


 目を瞑って何も答えないままの隆太に、有希子が静かな声で報告した。



 隆太は全く憶えていなかったが、サラが救急車に乗せられるのを見届けると、自力で別の救急車に乗り込んだらしい。


 サラが救った親子は、子供は軽症、母親は重症だったものの一命を取り留めた。


 現場を見ていた者の話では、帰宅した父親が妻子が家の中にいると叫び、それを聞いたサラがいきなり駆け出して家に飛び込んで行ったのだという。

 突然の事で、止める隙も無かったらしい。


 その後、隆太と長老が燃え盛る家に飛び込んで行くのを見た天空人達は、次々に服を脱ぎ捨て空に舞い上がった。


 その姿を見た天空人達が、街中から集結した。

 女性達も服の背中をハサミで切り裂き、加わった。


 遠くまでバケツを運び、水を調達するもの。

 人だかりのせいで整理の進まない不法投棄の自転車を、空を飛んで運んでは遠くへ放り捨て、消防車の通り道を確保するもの。

 怪我人を病院へ運ぶもの。

 翼を持たないものは、ベランダへ出て空のバケツを受け取り水を満たして手渡した。

 長い距離を飛べないものは、家の近くを飛び回りバケツの受け渡しに協力した。

 空中でお互いに伝令し合い、電話で家族をも呼び出し、力をあわせて鎮火に取り組んだのだという。


 やがて消防車が入り、火災は鎮火された。

 被害は予想されていたよりずっと小さく済んだそうだ。


 フオンは丸一日眠ったままだったが、身体に異常はなかった。

 長老も、軽い火傷を負ったもののピンピンしているらしい。


 最後に有希子が涙混じりの声で言った。


「隆太君、サラからの伝言。『またいつでも繋がれる。ありがとう』って。微笑ってたよ」



 歯を食いしばった隆太の頬を 涙が伝った。



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