第33話 天空人
隆太は長老に先行して部屋に入り、まっすぐにサラの元へ向かう。
「サラ!!」
サラは気を失ったままの女性を抱きかかえている。
再び現われた隆太に気付いて安堵したサラの、意識が遠のいた。
炎が一気に勢いを増して押し寄せてくる。
隆太はサラの頬をパシパシと叩いた。「サラ! もう少しだ! 頑張れ!」
長老が追いついた。「急げ、隆太」
* * *
フオンは震えながら隆太の入っていったあたりを凝視していた。
カイとホアは一心に祈り、エネルギーを隆太に注ぎ込んでいる。
周りの人達も、そんな夫妻の姿を見て一緒に祈った。
両手を組み合わせ、祈りながら火災を見つめる。
今まで1カ所だけ抑えられていた炎が、急に勢いを増した。隆太達の入っていったあたりだ。
人々の口から、悲痛な溜息が漏れた。
「リュータあああああああ!!!」フオンが絶叫した。
ギュッと目を瞑り、小さな両手を握りしめる。歯を食いしばり、集中する。
そんなフオンに気付き、カイとホアはフオンに加勢した。
有希子は救出した子供をホアから受け取り、救急車に乗せるべく走り去った。
親子3人のエネルギーがひとつになって渦巻く。目に見えない力が増大していく。
周囲で祈る人たちのエネルギーをも僅かに取り込みながら。
「ぅぅぅぅぅぅ……」
集中するあまり小さな唸り声を発するフオンの髪が、自らが発するエネルギーに呷られて逆巻く。
やがて、あちこちからカタカタガタガタと音がしはじめた。
「ぅぅぅうああああああああああ!!!」
フオンの絶叫と共に、近くにある数カ所のマンホールの蓋が飛び下水が吹き出した。
近くの用水路からも水が飛び出した。
それらがうねりながらひと塊になり、一斉に燃える家に向かって飛んで行き降り掛かった。
一瞬の出来事だった。大量の水の塊が屋根に降り注ぎ、炎はその勢いを鎮めた。
フオンは気を失って倒れた。
* * *
隆太がもう一度サラの頬を叩く。「サラ! 起きろ!」
目を開いたサラを長老に託す。「サラ、長老を頼む。ここから出るまで、炎を抑えてくれ」
「いや、全員固まって行こう。そのほうがいい」
長老はそう言って片腕でサラの脇腹を抱え、もう片腕で隆太の腕を取った。
隆太は頷き、気を失っている女性の腹に片腕をまわし、もう片方で長老と腕を組む。
「サラ、この人を抱えられるか?」
長老に抱えられたサラは苦しそうに頷き、女性の腹に両腕をまわし両手の指を組み合わせた。
「よし、隆太。行くぞ」
そのとき、窓から大量の水が飛び込んで来た。少しだけ、炎の勢いが弱まった。
フオン、ありがとう。隆太は心の中でそう呟き、炎の中を長老と共に踏み出した。
サラが目を細めて窓の方向を睨むと、燃え盛っていた炎が道を開く。
これ以上煙を吸わないよう息を止めたまま、4人は窓から飛び出した。
長老の力強い羽ばたきに、隆太は随分助けられた。
長老に引っ張られるように隆太は飛んだ。
フオン達の元にようやく辿り着いた隆太に、うまく着地出来るほどの体力は残っていなかった。
降り立った隆太は足から崩れ、抱えていた女性を庇って転がるように着地し背中で路面を滑った。翼が路面に擦れ、千切れた羽根が舞う。
隆太が抱えていた女性は、隆太の身体の上でバウンドして地面に投げ出された。
長老はなんとか持ちこたえ、ぐったりしたサラを抱えたままふわりと着地していた。
見守っていた人達が4人を取り囲む。
口々に「よくやった」「救急車がもうすぐ来るから」などと叫ぶ。
女性が彼らに介抱されるのを確認し、隆太は這うようにしてサラの元へ行った。サラは長老に支えられ、ようやく上半身を起こした姿勢で力なく横たわっている。
サラの肩を揺する。
「サラ! サラ! 目を開けろ!」
サラは薄く目を開いた。
「隆太さん……繋がったよ………出来たよ…」
熱と煙で喉をやられているのだろう、ようやく聞き取れるほどのささやき声だ。
「うん。わかったよ。よく頑張ったな」
隆太は、頷いてそう言うのが精一杯だった。
サラは弱々しく微笑むと、空を見上げた。
「見て。すごく……キレイ……」
サラの視線を追って、隆太も空を見上げる。
炎に染められ火の粉の舞う夜の空を、手に手にバケツを下げた無数の天空人達が、真っ白な翼を広げて飛び交っている。
恐ろしくも美しい夢のような光景に一瞬見蕩れた隆太が、サラに目を戻した時には、彼女は意識を失っていた。
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