第24話 守人警報発令
店に入ってきた彼女を見た途端、隆太の頭の中に警報が鳴った。
(マズい。彼女は、駄目だ……)
何故だかわからないが、皮膚の下からザワザワした感覚があがってくる。
初めての感覚だったが、これは、間違いなく危険信号だ。
有希子が隆太の気配に気付いた。
「何?」
「わからない。でも、彼女をフオンに近づけちゃ駄目だ」
これは、守人の力なのだろうか。
不安そうな面持ちでこちらへ近づいてきた彼女を、ふたりは立ち上がって迎えた。
「キハラリュータさんと、緑川さん、ですか?」
消え入りそうな声。よほど緊張しているのだろう。
隆太は彼女の緊張をほぐすべく、精一杯微笑んだ。
「サラマンダーさんですね。はじめまして。リュータです」
「緑川です」
緑川、というのはブログの中での有希子の偽名だ。
一同が席に落ち着くと、ウエイトレスが水とメニューを置いていった。
隆太は不意に、初めてグエンファミリーと対面した日のことを思い出した。
あれからまだ数ヶ月しか経っていないのだと、あらためて気付く。
「あの、サラマンダーさん」
一瞬追憶に浸ってしまった隆太に構わず、有希子が切り出す。
「いきなりで悪いんだけど、『サラマンダーさん』って外で呼びづらいじゃない? もし良かったら、『サラさん』って呼んでも構わないかしら?」
ホントにいきなりだな! 隆太は一瞬そう思ったが、さすがだな、と思い直した。
有希子は隆太の様子を見て、サラマンダーが本名を名乗るのを咄嗟に阻止したのだった。むこうが本名を名乗れば、こちらも言わざるを得なかったろう。
「あ……ハイ。それでけっこうです」
「ありがとう。さ、まず注文を済ませちゃいませんか?」
笑顔で放った有希子のさらなる先制パンチ。
会話のペースは完全にこちらのものとなった。
注文を聞き終えたウエイトレスが立ち去ると、サラは小さな声で言った。
「あの……今日はわざわざお越しいただいて、ありがとうございます。私、こういうの慣れてなくて……どうしたらいいのか……」
「大丈夫ですよ。僕も、ネットで知り合った人と会うのは初めてなんです」
隆太は敢えて、能力者としてではなく、単なるオフ会として会っているような言い方をした。
有希子もすかさずその流れに乗る。
「サラさん、お若いんですね。私、文章の感じから、もっと年上の方だとばかり思ってました。とてもしっかりした文章だったので。ふふ」
今日有希子が同席すること、チーム全員に双方のメッセージを見せることは承諾をとってあった。
実際は、メッセージはもっと前に見せていたので事後承諾という形になるのだが、それは伏せている。
「あ、すみません……」
別に謝る場面ではなかったが、サラはそう言って赤くなった。
スミマセン、と言ってしまうのは半ばクセなのだろう。
少しの間、当たり障りの無い会話が続く。
やがて飲み物が運ばれ、会話が途切れた。
「あの、サラさん」
隆太が静かな声で切り出した。
「今日は、僕たち2人しか来られなくて、すみません。グエンさん達も来たがってたんですが……僕が断りました」
「あ……はい。構いません。それは守人さんとして当然のことだと思います」
「ああ、ありがとう。ブログ、よく読んで下さってるんですね」
「はい。とても参考になります。瞑想のこととか、チエンさんのおっしゃっていることとか……」
ブログの中で、カイは「チエン」、ホアは「ラン」、フオンは「マイ」という名前になっている。
有希子は考えに考え抜いた末、自ら「緑川ゆり」と命名した。
「瞑想して、なにか効果はありました?」
有希子が話の流れを微妙に変えた。
ブログそのものの話を続けるのを避けたのは、グエンファミリーから話題を遠ざけるためだ。
まだ、あのブログがほぼノンフィクションであることをサラには言っていない。ぼかしたままだった。
だが、このままの流れで話してグエンファミリーに話題が及べば、暗に ” 全て” 本当の話であると認めることになってしまう。
サラに対して警戒心を持っていることを極力悟らせずに、彼らを守らなければいけない。
こちらの警戒心によりサラが心を閉ざしてしまえば、彼女の心を解放することなど不可能だ。
それは、難しい舵取りだった。
「それが、よくわからなくて……瞑想をやっている間は静かな気持ちになるんですが、特に植物が美しく見えたりもしないし……」
「そうですか。ひとりでは、初めは難しいかもしれませんね。あ、でも、朝日を浴びながらだと効果的らしいですよ」
「そうなんですか」
「もし効果が無くても、腹式呼吸するから腹筋が鍛えられますよ」
隆太の軽口に、有希子が「うふふ」と笑いながら自分の腹をポンポンと叩き、言い添えた。
「私も瞑想の効果はあまりわからないけど、少なくともお腹の調子は良くなったみたい」
サラもフフ、と遠慮がちに笑った。
少し緊張がほぐれてきたようだ。さっきより表情が柔らかくなっている。
「結果を急ぐのは良くないと思うわ。これまでずっと悩みを抱えてたんですもの。ゆっくりゆっくり、進みましょう」
いきなり核心に踏み込んだ有希子を、今度は隆太がフォローする。
「そうそう。あまり急激に変わると、身体がびっくりしちゃいますよ」
サラは、「ハイ……」と小さく頷いたまましばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「あの……私のパイロキネシス、見ていただいてもいいですか?」
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