第23話 サラマンダー
サラマンダーからの返信が来たのは、2日後だった。
今度は、かなり重い内容だった。
彼女はやはり本物なんじゃないだろうか……
メッセージは、そう思わせるものだった。
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タイトル:お返事、ありがとうございました
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先日は、突然メッセージを送りつけたにもかかわらず、大変丁寧な優しいお返事をありがとうございました。
リュータさんのおっしゃるとおり、かなり勇気の要ることでしたが、告白してみて良かったと思っています。
なんだか文通のようになってしまって申し訳ないのですが、もう少し話をさせていただけないでしょうか。
お返事にありました「自分の能力を受け入れる」というとですが、私にとってそれは大変難しいことなのです。
その理由は、私の力の種類と、その発動の発端にあります……
隆太はみんなの前でメッセージの内容を説明した。
彼女の力が覚醒したのは、小学生のときだった。
彼女は猫を飼っていた。数年前に家に迷い込んできて、以来ずっと仲良しだった。寝る時も一緒だった。
だがある日、彼女が学校から帰ると家の前に猫が倒れていた。ひき逃げされたのだ。
彼女が発見した時、猫にはまだ息があった。彼女は自転車の前カゴに自分の上着を詰め込みクッションを作って、そこにそっと猫を乗せ、必死で自転車を漕いで動物病院に辿り着いた。
だが、間に合わなかった。
手の施しようがなく、猫は彼女の目の前で安楽死させられた。
悲しみより、怒りが勝った。
彼女は怒りに震えながら猫の亡骸を庭に埋め、割り箸と紙で墓を作った。
そして、墓の前に跪いて猫の冥福を祈ろうとした。
だが、祈りの言葉は出て来なかった。
ひき逃げ犯への怒りと憎しみで、彼女はいつの間にか自分が建てた墓を睨みつけていた。
そして、それは起こった。
猫の名前を書いた紙と割り箸が、突如燃え上がったのだ………
彼女が自分の力をそれほどまでに恐れるのは、自分の力が怒りと憎しみによって覚醒したからだ。
いつか、力を制御出来なくなるかもしれない。それが恐ろしくて仕方ない。
「もしご迷惑であれば、返信は下さらなくて結構です。長文、大変失礼致しました」
メッセージは、そう締めくくられていた。
「なんだか、随分と自分を押し殺してるカンジの文章ね……」
眉間にしわを寄せて言ったのは、有希子だ。
文章の中に「東京都在住の女性」とあったので、急遽来てもらったのだ。女性の心理状態については、隆太よりも(多少は)わかるだろう。
「うん。俺もそう思います。文章のみでのやりとりだから、言葉に気を遣うのはわかるけど……」
再び送られてきたメッセージには、結びの文の前にも謝辞がごまんと連ねてあったのだ。
「なにも、ここまで卑屈にならなくてもねぇ」
有希子がズバリと言った。
「リュータはどう思う? 会ったほうがいいと思いますか?」
隆太は少し悩んだ。
ブログを始めた目的は、「瞑想の方法と効果を広めること、特殊な力を持って怯えている人の助けになる」ということだった。
その目的を達するだけなら、メッセージのやりとりだけでこと足りるかもしれない。
だが、彼女の文章からは、それだけでは解決出来ないのではないかと思わせるような、深い懊悩や苦しみが感じられた。
危険はあるかもしれないが、会って話をしたほうが良いような気がする。
隆太がそう言うと、ホアとフオンが同意してくれた。
「彼女は、とても苦しんでいるように思います。私たちは、何か力になれるかもしれません」
「そうだよ。サラマンダーのおねえさん、かわいそう」
有希子は、大賛成というわけではなさそうだ。
腕組みして難しい顔をしている。
「たぶん、その人……かなり重いわよ。大丈夫なの?」
深刻な空気を払拭したのは、カイの言葉だった。
「大丈夫。私たちは、チームでしょう?」
先日のブログに、隆太はこの5人のことを「チーム・サレンダー結成」と書いたのだ。
「サラマンダーさんの心が解放されるよう、みんなで働きかけてみましょう」
「……しょうがないわね。まあ、やれるだけのことは、やってみますか」
カイの言葉にしぶしぶ頷いた有希子だったが、口元に滲んだ僅かな笑みを隠しきれては いなかった。
* * *
ある日曜日の午後、隆太と有希子はとある喫茶店にいた。
一番奥の席に並んで座っている。
この席で、サラマンダーと待ち合わせているのだ。
会ってみることは決まったものの、いきなりフオンに会わせるのは危険だと隆太は判断した。
夢に出てきた、猫のような顔をした龍。サラマンダーという名前。メッセージの内容。
冷やかしやイタズラだという可能性は低いと思うが、あのメッセージから漂う重苦しい雰囲気にフオンを触れさせたくなかった。
隆太ひとりで会おうとしたのだが、有希子が「私も行く!」と立候補したのだ。
隆太は気付いていなかったが、「チーム・サレンダー結成」と書かれたブログを読んで最も喜んだのは、実は有希子だった。
(フオンと遊んでいた時のことを書かれたのは、有希子にとって心外だったけれども)
初め、有希子はただ通訳として少し関わっただけだった。
だが、グエンファミリーの人柄に魅かれ、サレンダーの能力や修行、瞑想・思想に共感し、今では友人として付き合っている。
そんな中で、何の力も持っていない自分を歯痒く思っていた。
いくら一生懸命修行したところで、私は彼らの役に立つことは出来ない。私はサレンダーでも守人でもないのだから。
ハッキリ言って自分は部外者だ。でも、せめて少しでも彼らの役に立ちたい。
そう思って、隆太のブログの翻訳やフオンの日本語特訓などをせっせとやっていたのだ。
有希子がそういった思いを口にしたことは、一度も無かった。
もし言えば、彼らはそんなことはないと慰め、これまで以上に私を優しく気遣うだろう。彼らに余計な気を遣わせたくなかった。
だから、隆太が当然のように自分をチームの一員と考え、グエンファミリーもそれを当然のように受け入れてくれたことが、嬉しかったのだ。
でも、有希子は何も言わなかった。
彼らがそれを当たり前のこととして受け入れているのなら、私も自然に振る舞おう。
今回も、「女性が同席していたほうが相手も緊張しないだろうし、女性の気持ちは私のほうがよくわかるから」という理由をこじつけた。
サラマンダーが女性だとわかった時点で私を会議に招集したのだから、理由としておかしくはないだろう……
一方、隆太は緊張していた。
相手は火を操る能力者だ。どんな人だろう。
サラマンダーと会うことが決まった時、隆太は正直「やった!」と思ってしまった。
ハッキリとした形にはならない思いではあったが、ブログを始めたきっかけには、実は ”ただ単に、他の能力者に会ってみたい” というミーハーな思惑も僅かに含まれていた。
だが、時おりそんな考えが意識に浮上しかけても、隆太は即座にそれを無意識下に沈めていたのだ。
緊張からか罪悪感からか、隆太は不安に揺らいだ。
「人の心を解放することなんて、本当に出来るんだろうか……」
そんな隆太の弱気な呟きを、有希子はバッサリと切って捨てた。
「解放するのは、私たちじゃない。瞑想と、彼女自身よ」
喫茶店のドアから視線を外さない有希子の横顔を、隆太は感心して眺めた。
「たしかに、そのとおりですね……俺、ちょっと思い上がってたかも……」
頼りになるチームメイトだ。そう思いながら、隆太もドアに視線を向けた。
その時、重い木製の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
「来た。きっと、彼女よ」
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